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紬実
2022-09-09 22:30:33
2196文字
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ハンボブ
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恋の香り
ボブと元カレの話。ボブとハングマンが煙草を吸っている描写があります。書いてはいますが体に悪いので煙草を吸うのはやめた方がいいと思います。
ふらりと扉を開けて外に出ると涼しい風が頬をかすめた。秋めいてきた日差しに目を細めていると遠くの方に人影が見えた。
少しだけ丸まった背中には見覚えがある。足取りも軽く近づけばやはりそれはよく知った人物だった。基地は同じだが会うことは滅多にない。ロリポップをくわえたボブはぼうっと宙を見つめていた。
「ボブ」
手を挙げて呼びかけたところで彼がくわえていたのが可愛らしい飴なんてものではなかったことを知る。ボブが息を吐くと同時に煙が口元から空へとのびていく。彼はまた煙草をくわえるとゆっくりと吸いこんだ。肺に溜まる煙に浸るようにゆっくりとした動きが繰り返される。
足音を鳴らして近づくと俺に気付いたボブがバツの悪そうな顔をする。
「体に悪いだろ」
彼の手から煙草を奪うと一瞬考えたのち口をつける。煙を吸い込んでから口を通して吐き出した。少しばかりの苦みが走りまずさを感じる。久し振りに吸ったこともあってか肺の中に独特の嫌悪感を覚えた。
「君も吸うの?」
彼から奪った煙草の火を地面に押し付けて消す。首を振ると青い瞳と目を合わせる。
「やめた。なんでお前は吸ってるんだよ。前は煙草なんてやってなかっただろ」
「うーん、ちょっと嫌なことがあって」
ボブは困ったように笑うとポケットからもう一本煙草を取り出し火をつけようとする。安物のライターに火がともり、煙草の端に赤い閃光が浮かぶ。指の間に挟んだそれを緩慢な動きで口元へ持っていく。やけに吸い慣れた仕草に心がザワリと音を立てた。
ボブは隣にいる俺を気にすることもなくまたゆっくりとした動きで煙を吸いこんだ。
「ごめん」
吐き出した煙を手で払いながら彼は謝罪を口にする。それでもくわえたものはそのままに俺を困った顔で見るだけだった。
「話なら聞くけど」
彼のやわらかな顔が強張っているのが気になった。微かに目元が赤いのも見間違いではないだろう。ボブは俺を見て少しだけ驚いたように目を見開いた。そののち、ふにゃりと表情を崩すと笑いを浮かべる。
「
……
フラれちゃったんだよねえ」
「
…………
そうか」
なんと励ませばいいのか分からなかった。茶化すこともできたはずだがその言葉が出てこない。だいたい好きな人がいたなんて話も初耳だ。
「でも、うん、しばらく会ってなかったし。彼も前から僕に飽きてた
……
みたいだし?」
カラリとした口調だったがボブの声は震えをともなっていた。
「付き合ってたのか」
野暮な質問だがボブはそうだねと頷いた。
「好きな人ができたんだって」
喉につまった声を聞き、彼を見るとその青い瞳から涙がこぼれた。煙草をくわえたままボロボロと涙を流している。
思わず口を噤み横顔を眺める。最低だって自分でもわかるほど、彼のその姿が綺麗だと思った。赤くなった目に、風で乱れた髪。袖をまくることもせずきっちりと軍服を着こなしているくせに、見えている彼の表情は無防備すぎた。このまま見続けていてもいいのかと不安になってしまう。
今にも消えてしまいそうな儚い空気をまとった彼は笑いながら、そして吐き出すように呟いた。
「
……
好きだったんだけどなあ」
俺はそっと彼の肩を抱くと短くなった煙草を手から取る。
「もう忘れろよそんな奴」
「忘れたくないのかも、
……
これもさ、彼がおいていったやつなんだよね」
ライターを太陽にかざし中身が光るのを見る。涙目でキラキラと輝くライターを見る様が気に入らない。思い出に縋り付いているこいつにも、こんなものを置いていった恋人とやらにも。
「煙草って体によくないだろ。だから悪いことを続けてたらいつか良いことが起こるんじゃないかって」
そんなわけないのにね、と疲れたように笑うボブは思考すらもまともに働いているとは思えなかった。お前はこんなやつじゃなかった。いつにも増してイライラとした気持ちが高まる。何に一番腹が立つかって、こんな弱った男につけ入ろうとしている自分にだ。
「俺なら、お前を泣かせたりしない」
肩を抱く手に力をこめ、彼の手からライターを取ると上着のポケットにしまう。なにするのという彼の声を無視して、箱ごと煙草をむしり取るとそれもポケットに押し込んだ。
「ボブ、お前は笑った顔が一番かわいい」
「なに急に」
「棘のある言葉も的確だ。空でも頼りがいがある。それに、泣いてる顔もキュートだ」
「まって、ハングマン」
頬を流れる雫を指先で拭いとる。彼の大きな瞳が揺れ、至近距離で見つめ合う。息がかかる距離にある口元がキュッと噛み締められた。
「忘れるまで待つから」
髪を撫で、ただ強く身を寄せる。ボブは何も言わなかったけれど彼の鼓動が少しばかり早いことに気が付く。俺ってやっぱり最低かもな。待つとかいいながらお前が早く俺を好きになってくれたらいいのにって考えているんだから。
「君はひどい」
「うん」
見透かされたように咎められ、ただ頷いた。そうやって生きてきたんだ俺は。
「お前をフッたやつは大馬鹿野郎だ」
「彼を悪く言わないで」
ふくれっ面をしながらもボブは体の力を抜いた。
「ごめん、ハングマン。少しだけ、少しだけでいいんだ」
抱きしめて欲しい。耳元で囁かれ、背中へと腕を回す。考えているのはかつての恋人の温もりだろうか。今はそれでもよかった。いつかお前が好きだと思ってくれるその時に、俺が隣にいられるなら。
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