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紬実
2022-07-31 19:26:24
3422文字
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ハンボブ
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ファーストキス
ハンボブがキスする話です。
本気の恋ならしたことある。端から見れば軽薄に見えたかもしれないが、その実いつだって真剣だった。
ならばどうして別れたのか。それを説明するのは簡単だ。全員俺のペースに付いてこれなかっただけ。
空と恋人、どちらも手に出来たら最高だろうがそう上手くはいかない時もある。けっこう尽くすタイプだと思っていたけれど、パイロットとという仕事柄、会えないことに不満を抱く恋人は多かった。
相手がいるのは楽しい、しかしだんだんと距離感を考えるのがめんどうになりこのトップガンに招集される頃には珍しく特定の相手はいなかった。
そしてここで運命の出会いをする。なんてロマンチックがすぎる言い方だが実際そうだから仕方ない。
ロバート・“ボブ”・フロイド。
一見してどんくさそうでベイビーな顔立ちの男。しかし見かけに寄らず負けず嫌いでパイロットとしての技術もある。からかったところで返ってくる辛辣な言葉の数々も俺の心を揺さぶった。
教官の話に一人メモを取る真面目な姿も見ていて面白い。これまで俺の周りにいた奴らとは違う雰囲気を持つボブが俺は気になり始めていた。
「お前さ、俺と付き合えよ」
長机に頬杖をついてそう言った時のことをよく覚えている。懸命に今日の訓練の反省点を書き込んでいるボブに向かって投げかけた言葉。
ボブは「ん、ごめん今集中してるから」と言いしばらく顔をあげようともしなかった。時計が秒針を刻む音を静かに聞いた。
「あれ、ハングマンなにしてるんだ」
針がちょうど三十分ほど動いた時、やっとボブと目が合った。あいつは驚いて青い瞳を瞬かせた。
「返事を待ってたんだよ」
言ってからどうして待っていたんだろうと疑問に思う。こんなやつ放っておいて帰ればよかったんだ。
「返事ってなんの」
「俺と付き合うかって話」
「僕が君と?」
ありえないという言い方に少しばかり頭に血が昇る。それでも席を立たなかったのはきちんと答えを聞きたかったからだ。
「俺ってこう見えて優しい男なんだぜ。お前がいいって言うまで手出したりしないからさ」
安っぽい台詞を吐きながら笑えばボブはうーんと首を捻った。
「まあいいよ。僕も今相手いないし」
その返事に心が跳ねた。彼の手を取るとそっと甲に口づけをする。
「手出さないんじゃなかったの」
「これくらい許せよベイビー」
口角を上げればボブは困り顔でそれでいて恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
***
なにもかも順調で完璧。ボブと付き合い始めてからというもの俺は約束を守り、あいつに手は出さなかった。手を繋いだり腰を抱いたりすることはあるけれどキスもセックスもしていない。NOと言われればすぐに離れることもできる。
最初は信用していなかったボブもだんだんと心を開き、今では彼の方から手に触れてくることが多々あった。
「ボブ?」
「あ、ごめん嫌だった?」
「いや、俺も触っていいか」
コクンと頷かれるのを待ってから彼の手を握り、そのままこちらに引き寄せる。近くなった首筋に鼻先を埋め彼の匂いと体温を感じた。
「ねえハングマン」
迷うような口調に顔を離し彼の瞳を覗き込む。黙って続きの言葉を待つがボブは口を閉ざしては開きを繰り返し、しまいには目を伏せた。
「なにかあったのか」
「──君って本当に優しいんだね」
「ああ!」
嬉しくなり彼をギュッと抱きしめる。些細なことでも関心を向けられていることが嬉しくて堪らない。いつからこんなにこの男のことが好きになっていたのか。はじめはそこまでの感情はなかったと思う。
それでも恋人という役職を得て側にいるうちに楽しいと思ってしまったんだ。ボブといると楽しい。友人という関係でもよかったのかもしれない。そうも思うがボブから与えられる恋人としての安心感は今までの誰とも違っていた。
必要以上に求められることもなく、予定が合わないことに文句も言われない。訓練の終わりに飯に行ったり、部屋で映画を見たりはするけれど、それ以上の行為はボブからの同意がないため進んでいない。今日もソファに座りレンタルした映画を二人で眺めているだけだった。
ただそれくらいの距離感が俺にとっては心地よく、俺はボブから離れられなくなっていた。
そんな彼から優しさを認められたとあれば浮かれるのは当然で、本当に順調だと小躍りしたくなる。
「あのさ、
……
いいよ」
ボブが小さな声で囁いて、俺は「なに?」と聞き返した。なにがいいって? 一瞬でも聞き逃した唇の動きが憎らしい。
「キス、してもいいよ」
俯きながらポツリと言われ、背中に回していた手に思わず力が入る。何を言われたか理解ができないまま俺は本能的に唇を近づけていた。
「わ、ちょ、ちょっと待って!」
もう少しで触れると思ったところで彼の手で口を押さえられる。
「ほふ、はにふるんだよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ、いいって言ったけど心の準備が」
「
……
っそんなこと言ってたら爺さんになるまでできないぞ」
「
……
! わかった。でも少し待って」
ボブはするりと俺の腕の中から抜け出すと洗面台の方へと駆けていった。派手な音を立てながら水が流れ数分ののち覚悟を決めたような顔をしてボブが戻って来た。
「よし、いいよ。ちゃんと歯磨いてきたから」
「歯
……
っ? ふ、ふふっあーホント好きだよ」
気合を入れて頬を叩いたボブの手を取り、ゆっくりと湿り気を帯びた膨らみに口づける。カチャリと眼鏡がズレる音がしボブの鼻にかかった声が聞こえる。ドキドキと心臓が跳ね、やっとこの時がきたと思う。
キスなんてしなくてもこいつが隣にいればいいと思っていた。それなのに、今はもう一度触れ合いたくてたまらない。顔を寄せたところで先ほどは夢中で気が付かなかった歯磨き粉の香りがしたことでまたもや含みのある笑いが漏れてしまった。
「笑わないでよ」
「だってお前、初めてってわけじゃないだろ。こんなに緊張してさ」
体を強張らせている彼の肩をやんわりと撫でる。
「初めてだよ」
「は?」
赤くなったボブを見つめながらポカンと口を開ける。目を泳がせる俺には気が付かないのか彼は途切れ途切れに話し始めた。
「全部初めてだ。恋人ができたのも、
……
キスしたのも」
「は、だってお前“今”相手がいないって言って俺とのことオーケーしたんじゃないのか」
その言い方じゃまるで昔は恋人がいたみたいなニュアンスじゃないか。そうしたらキスだってセックスだってしたことあると思うのは当然だろ。
「まあ、うん
……
それは言い方が悪かったかもしれないけど、とにかく初めてだよ」
照れたように笑うボブに胸の奥から渇きのようなものがせり上がってきた。
俺はこいつにとって初めての男。はじめてにこだわりがあるわけではないけれど、好きなやつのはじめてを貰えるなんて幸せ以外のなにものでもない。
「目、閉じろよ」
言う通りに目を閉じる恋人に愛おしさが芽生える。素直なところは可愛いけれどあまり無防備すぎるのもよくない。よく今まで変な気を起こさなかったと自分を褒めたいくらいだ。
柔らかな唇を重ねる。本当は舌だっていれてやりたいが今日のところは我慢しといてやる。
彼の髪を掻き抱きながら何回も短いキスを繰り返した。くすぐったそうに身を捩りながらもボブは俺の口づけに応えてくれる。合わさった部分から熱が伝わり脳の先まで幸福に包まれる。
名残惜しく離れた時には息が上がりお互いなんとはなしに体に触れていた。
「俺って優しいからさ」
「うん? そうだね、待っててくれてありがとう」
クスリと笑うボブを思い切り抱きしめる。痛いよという声は聞かなかったことにし真摯にジッと春空のような瞳を見つめた。
「優しくするから」
そう言えばボブは「ははっ」と声をあげて笑った。
「うん、いいよハングマン。僕を抱いて」
柔らかな返事に彼を抱き上げる。おかしそうに笑うボブの心音がやたらと早いことに気が付き俺もつられて緊張しだす。らしくないって自分でも思うけれど彼に翻弄されているというのは存外悪い気はしなかった。
「俺から目離すなよ」
ニヤリと笑えばボブはまたもや「うん」と頷いた。
優しくしてやるさ。お前が嫌がるくらい優しくな。身を寄せ合いながらもう一度キスを交わす。運命なんてロマンチックすぎるけれど、やはり彼と出会ったことは運命なんだと、全身が震えるほど感じていた。
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