紬実
2022-07-26 19:31:33
2199文字
Public ルスボブ
 

天秤の恋

ルスボブがメインですがハンボブ要素ありです。続きはR-18の3Pになる予定です。

ほっとけないって言えばいいのか。彼も大人なのだから気にする必要はないのかもしれない。理解はしているが、物を食べこぼす姿やぼんやりと窓の外を眺める姿についつい視線を向けてしまう。話を聞いていないと思えば鋭い指摘をしてくることもあって、そのギャップに目が離せなかった。
「ボブ、帰らないのか」
「うん……
ボールペンを指の間で器用に回しながらボブは上の空の返事を返してきた。
「明日も早いからもうシャワー浴びて寝たらどうだ」
コツコツと机を叩き提案してみる。ボブはまたもやカラ返事をするだけで俺の存在に気が付いているのかすらも怪しかった。
世話を焼くのはお節介だろうか。日付が変わりそうな時間帯。明日もマーヴェリックの指導が待っている。俺だって寝なければ訓練に支障が出るっていうのに、なぜかその場に留まってしまう。
一人っ子だったから、兄弟が欲しいと思っていた。マーヴは確かに父親代わりではあったけれど、それよりも兄に近い存在だった。そうなると弟がいたらどんな風だろうと想像することは必然で、ボブを見ていると弟とはこういうものなのかもしれないと錯覚する。
「ルースター、君も寝ないと」
名前を呼ばれハッとなる。弟というフィルターをかけてボブを見ていた俺は慌てて相槌を打つ。気が付いていた、俺がいるって。当たり前と言えばそうなのだが心がフワリと踊る予感がした。
「ああ、寝るよ、寝るって」
そう言いつつも椅子から腰は上がらず、書き物をしているボブから視線は外れなかった。
柔らかそうでいて存外鍛えられた身体はビーチで担ぎ上げた時に知った。眼鏡のレンズで隠れた瞳が空のように綺麗なことももう知っている。ハングマンではないけれど控室でうたた寝をする彼の寝顔がまるでベイビーのようであることも、本人には言わないけれど知っているんだ。
可愛いな。
頭に浮かんだ言葉はそれで、振り払おうにもなかなか消えてくれなかった。でも弟を可愛いと思うのは当然だろう?
頬杖をつきながらもにゅもにゅと動く唇を見つめる。考え事をしている時の癖なのか、何かを食べているわけでもないのにボブの口はゆっくりと動かされていた。
なんでそんなことをしたんだろう。俺は少しばかり体を近づけると吸い寄せられるようにその唇にキスをしていた。
ほんの一瞬のことだった。体が離れたところで目を見開いたままの彼と目が合う。ペンを回す指の動きは止まり、時計が秒針を告げる音だけが部屋に響いていた。
「ごめん」
咄嗟に謝罪の言葉が飛び出た。頭を押さえ、やってしまったと机に項垂れる。何をやっているんだ俺は。弟だと勝手に想像しておいて、そんな彼にキスだって? もう一度「ごめん」と呟くとボブが微かに笑った気配がした。
「謝るくらい本気じゃなかったってこと?」
降ってきた言葉に顔を上げると微笑みを浮かべたボブがキスしたばかりの唇を指でなぞっているところだった。赤くなった頬に彼が照れているのだと気付く。背筋をビリビリとした感覚が走った。蛍光灯の明かりが眩しい室内で、腫れぼったい唇の赤色が妖美に映っている。
「本気だったら、もう一回してもいいの」
唾を飲み込みながら聞けばボブは躊躇いながらも「いいよ」と頷いた。
「だって君、僕のこと好きでしょ」
そう言われた瞬間、胸の奥で何かが弾けた。理性とか欲望とか、抑えていた何かが彼の一挙手一投足によって壊されていく。
ドキドキと心音が高鳴って、初めて恋をしているみたいに彼の全てが輝いて見えた。実際今の今まで恋だという自覚がなかったのなら当然の光景とも言える。
ゆっくりと膨らんだ唇に自らのものを寄せていく。
あと数センチ、ボブが目を閉じ、睫毛が長いことに気がついた。
息が、かかる。あと……
「おい! こら! ブラッドリー・ブラッドショー!!!!」
扉が開かれる雑な音がしたかと思えば、次の瞬間には耳をつんざくような大声が降ってきた。大声の主はいつものにやついた笑みを消して鬼の形相でこちらにやってくる。
驚きにより唐突に離れてしまった唇が名残惜しく、俺はボブをジッと見つめた。
「雄鶏頭! お前いま俺のベイビーに何しようとしてた」
「君のじゃないよ、というか僕は誰のものでもない」
俺に突っかかって来るハングマンを諫めながらボブは誤魔化すように溜め息を吐いた。
邪魔されたことには苛立ちを覚えるが、今の言葉でボブとハングマンが付き合っていないことがわかりホッとしている。このまま誰のものでもなければいずれは俺のものになってくれるのだろうか。
恥ずかしそうに視線を逸らすボブを可愛いと思う。
きっともう一度キスをしてしまっていたら歯止めが利かなくなっていたかもしれない。明日も早いんだ、今日はもう寝ないと。
「なあ、おい聞いてるのかルースター」
……聞いてない」
「こいつは俺の、手出すなよ」
……それはボブが決めることだろ」
鋭い視線をぶつけ合うとお互いが両端からボブの腕を取った。
「二人とも……すごく、熱いよ」
困ったように笑いながらも手を振りほどかないボブ。彼自身も迷っているように見えた。俺を選ぶか、ハングマンを選ぶのか。それとも彼は全く違う誰かを選ぶのだろうか。
何年かかってもいい。その相手が俺であればいいのに。そう願いながら微笑みかける。自覚したばかりの恋は前途多難のように見えた。