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紬実
2022-07-23 23:50:57
4159文字
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ハンボブ
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優しさへの縋り
ハンボブ
ハングマンの優しさに甘えているボブはいると思います。ボブを泣かせたかった……。
愛を伝えるのは簡単で、声に出して言ってしまえばいつだってそれは行動になって返ってきた。
俺が声をかければ大抵のことは上手くいったし、逆に言えば順調に事が進まないことの方が珍しかった。
こいつは珍しさを形にしたような案件で、今回の相手は超が付くほど身持ちが固い。
「ボブ、愛してるぜ」
今日も俺は肩を寄せながら想い人に愛を囁く。何度目かの求愛か、彼は俺を一瞥するとすぐに読んでいた本へと視線を戻した。
「ハングマン
……
もういい加減聞き飽きたよ」
ボブは呆れた顔を見せながら俺の体を押しのける。拒絶されるのも慣れたもので、十回を超えてからは数えるのを止めた。思い通りにいかないという苛立ちも今ではとうに消え失せ、ただこの男を落としてやりたいプライドだけが残っていた。
「デートしようぜ、今週末の十四時に──」
「しないよ、しない。そんな暇ないって君でもわかるだろ」
すり寄せた頬を鬱陶しそうに叩かれる。じんとする頬を押さえながら「ふん」と息を吐くとボブは上目遣いでこちらを見上げた。
「ごめん痛かった?」
「
……
! いーや、赤ちゃんの握力じゃこれくらいたいしたことないね」
ポケットから楊枝を出すと口に咥えた。
「また明日口説くから待ってろよベイビーちゃん」
不服そうなボブの背中を叩くとそのまま手を振り宿舎へと戻る。ベッドに頭からダイブすると浮かんだ心がスプリングによって飛び跳ねた。
「なんだよ、おい、あれ! 可愛すぎるだろ!」
枕を抱きしめゴロリと寝返りを打ちながら叫ぶ。反則過ぎる上目遣いを思い出しニヤニヤとした笑みが止まらなかった。
「ベイビーベイビーベイビー、ぜったいに俺のものにしてやる」
天井に向かって宣言し、透き通った瞳に思いを馳せる。今日はいい夢が見られそうな気分だ。
***
「えー! まだボブと付き合ってないのかよ!」
耳元でファンボーイに叫ばれさすがの俺も耳を塞ぎたくなった。
「まだって言うな。これからなんだよ」
「一途なのは知ってるけど、お前がそんなに追いかけるなんて珍しいな」
キューを持ち直しながらボールを狙うコヨーテにも驚いた顔をされる。「あー」と適当に相槌を打ちながらビールを呷った。
これからだ。まだ時間はある。任務は終わったけれどこれからだって会えないわけではないし連絡先も一応は知っている。
しばらくは休暇を言い渡されたもののパイロットとして機体に乗っていない時間があるのはそれだけで遅れをとる。
マーヴェリックのあんな指導を受けた後では誰もがそう思っているようで、身体と記憶で覚えるようになんとなくこの基地から離れがたくなっていた。
ボブがまだここに留まっているのはせめてもの救いで、これはもう俺の運命なんだと思う。
「しかしボブもすごいよなー、毎日好き好きって言われてそろそろ嫌にならないのかな」
「慣れてるんだろ、同じことを何回も言われちゃあな」
ファンボーイとペイバックが顔を見合わせ「さすがボブだな」と繰り返す。俺は愕然として思わず落としそうになったビールを椅子の上に置いた。
「は、ま、待てよ。嫌になる? 好きって言われたら嬉しいに決まってるだろ」
「あ、あーまあ嬉しいだろうけどさ。それは人によるっていうか」
ファンボーイは腕組みをすると小さく唸り声をあげ「難しいな」と呟いた。
「ねえボブの話してるの」
ビール瓶を片手にフェニックスがこちらにやってきた。少しばかりほろ酔い気分の彼女は「ボブねえ、ボブボブ」と相棒の名前を繰り返す。
「フェニックスはどう思うんだ。こいつとボブがまだ付き合ってないこと」
コヨーテに問いかけられ彼女もファンボーイのように唸り声を上げた。
「うーん、そうね。私は正直言ってあんたみたいな奴と付き合わせたくない。でもそれはボブが決めることだから」
グビリとビールを呷ると彼女はふふっと楽しそうに笑った。
「大変ねハングマン。簡単に私の相棒は譲れないよ」
「譲ってもらおうなんて思ってないからな」
バチリと一睨みした後、コヨーテが大きく手を打った。
「なあじゃあこうしたらいいんじゃないか。しばらくは何も言わないでボブの様子を見るんだよ。少しでも気に掛ける素振りがあればあいつもお前のことを少なからず思ってるってことだろ」
名案を思い付いたように提案され、隣でペイバックも「いいアイデアだ」と頷いていた。
「こっちもいい加減見てられないしな
……
っいて」
フェニックスに小突かれファンボーイが口を閉ざす。
「これだけやって振り向いてもらえないならやり方を変えるしかないだろ」
ペイバックが指差す方を向くとそこにはカウンターに座りチビチビとコップに入った液体を飲んでいるボブがいた。しかもその隣には雄鶏頭が座っていやがる。ボブはルースターの話に頬を緩め時折くしゃりとした笑みを見せていた。
皆が一斉に視線を向けていたからか、しばらくするとルースターがこちらに気付き、二人ともなってビリヤード台のところまでやって来た。
「気付かなかった。さっき来たばかりなんだ」
「ルースターと途中で会ってね。君たち目立つのに気が付かないなんて、話が弾んでたからかな」
「ほ~う、具体的にどんな話をしてたんだ」
こめかみに青筋が立つのを必死に堪えながら聞けば横からコヨーテに「何も言うなって」と囁かれる。グッと口を閉じた俺を不思議そうに見ながら「まあマーヴの話だけど
……
」とルースターが呟いた。
「大佐と付き合ってるんだっけ」
「うん、最近オーケーもらって」
「ずっと気にかけてたもんね。いいじゃないお似合いよ」
フェニックスにそう言われルースターは照れたように頭を掻いた。おいおいおい、なんだその態度の違いは。俺とボブは付き合わせたくないってのに、こいつと大佐はお似合いだって!?
素面でない不死鳥になにを言っても無駄だとわかってはいるが沸々とした怒りが湧いてくる。それにボブに対してもだ。俺とは一対一でバーになんて行かないくせにこんなアロハシャツの男とは飲みに来るってそんなことがあってたまるか。
「みんなは集まってなんの話をしてたんだ」
ルースターは浮かべた笑みをそのままに首を傾げ問いかけてくる。
「お前には関係ないだろ」
口をついて出た言葉には棘があり、ルースターは表情こそ変えないもののムッとしたのは確かだった。いい気味だと思うと同時にやってしまったと後悔が押し寄せる。ルースターの隣に立つボブが口をへの字に歪め険しい顔をしたからだ。
「言い方ってものがあるよね。彼はただ質問しただけなのに。君は会話もできないの」
ボブの言葉に今度は俺が口を歪める番だった。コヨーテが「おい」と止めるのを無視してボブの方へと一歩近づく。
ルースターが正義の騎士よろしくボブの前に手をかざしたのも気に食わなかった。その手を払いのけると至近距離で彼と向かい合う。
「会話ができないのはお前だって一緒だろ! いっつも冷めた目で見てきやがって、俺のことが嫌いならそう言えよ!」
怒鳴り散らしてからバー全体が静かになったのを感じた。ボブは青い瞳を見開いて俺のことを見ていた。眼鏡から覗くその瞳が大きく揺れ、一瞬ののちにボロリとした涙が零れ落ちた。大粒の涙がボブの目から溢れ出し頬を一直線に伝っていく。
「は、あ、なに泣いて」
慌てたのは俺だけではなくルースターもギョッとした顔を見せ、フェニックスは手を叩き店内に騒がしさを取り戻させた。
「ぼく、うあ、ごめん」
手の甲で眼鏡を押し上げ涙を拭くボブはグズグズと鼻を鳴らしながら扉の方へと駆けて行った。
「ボブ! 待てよ!」
客を掻き分けながら彼の後を追いかけた。「あの二人まだ付き合ってなかったのか
……
?」というルースターの声を背中に聞きながら閉まったばかりの扉を開け放つ。
「ボブ! おい、ボブ!」
彼の腕を掴むとこちらに向かせる。ビクリと震えた肩が拒絶を見せ、胃がもたれるように重くなった。しかし今は答えを聞くまでこの手を離したくはない。
「離してよ
……
僕のこと嫌いになったんだろ」
「はあ!? もうなんなんだよお前、なんでそんな話になるんだ!?!?」
掴んだ腕に力を込めればボブは「だって──」と言い淀む。
「さっき怒ったじゃないか、会話ができないって。僕が君に煮え切らない態度取るからだろ」
その言い方はわざとそういう態度を取っていたことを認めているのか。認めているとしたらその態度の裏にある思いはなんなのか。
「
……
それって俺のことが好きってことか」
「え、どうかな、そう、だと思うけど」
ここまできてもなおハッキリとしない物言いに腹が立つ。それでもこれは十分な進展と言ってよかった。
「好きかは、まだわからない。けど、きっと過信してたんだ、君は僕のことずっと好きでいてくれるって。
……
毎日言われてたら勘違いするだろ」
充血した目をこすりながらボブはそう言う。今度は胃がひっくり返るかと思うほどの衝撃が全身を走った。
「ボブ、お前それ自分で言ってて意味わかってるのか」
「え、ごめん、いま頭まわってなくて、わかってないかも」
まったく、これで自覚がないっていうんだから怖すぎる。早鐘を打つ心臓の音を隠すようにボブの髪をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。乱れた髪の下で潤んだ瞳がまるで空のように輝いている。喉の奥が歪な音を上げ、そのままギュッとボブを抱きしめた。誤魔化しきれない心音にもう全てを曝け出した気分になる。
「勘違いしたままでいいんだよ。それに勘違いじゃない、お前のことずっと好きだ」
だから安心しろって。耳元で囁くと「ハングマン」と名前を返される。
「ん?」
「僕、君を嫌いになったことは一度もないよ」
腹が立つことはあるけどね。困ったように笑われ、その笑い声が俺の胸をくすぐった。抱きしめる力を強くしても逃げて行かない想い人に幸福の目覚めを感じた。
***
「うまくいったんじゃないか」
「だといいけど」
「あいつって意外と鈍感なのね。ボブが本気で嫌がったら今頃命はないわ」
「でもボブも相当鈍いだろ」
「じゃあお似合いってことだな」
トップガンの精鋭たちは顔を見合わせるとやれやれと肩をすくめた。
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