こういった生活は久しぶりだった。つまり、一人ではない生活が、ということだ。隣には少しだけ疲れた顔をした青年が、スマートフォンに額をくっつけるようにしてニュースを見ていた。
「なにか面白い記事でもあった?」
「いや、僕が昨日倒したヴィランの記事が載ってないなと思っただけ」
「どっちの世界で倒したんだ。君の世界でなら載ってないだろ」
「あ~そっか。僕の記憶があいまいになってるのかと思った」
ピートは携帯を机に置くとそのままソファからずるずると滑り落ち、床にすとんと座った。
「疲れた……」
手を伸ばすと丸まった背中を伸ばすように撫でてやる。彼がこうして弱さを見せる瞬間があることが嬉しい。隠そうとしないで、見せたくないところまで見せてくれるところが、ぼくを信頼してくれている証拠に思えるからだ。
「無理にここに来なくてもよかったのに」
「君に会いたかったんだ。それに、こういう日だから」
力なく笑った彼は本当に疲弊していて、昨日の戦闘がどれほど大変だったかをうかがわせる。ピートは口を開くのもおっくうなのか、どんな敵で、どれくらい時間が掛かったかなんてことは教えてくれない。記事が見れない分、ぼくは彼の話の上でしか情報を知ることができない。
ピートがソファに片肘をつきながら身を乗り出してくる。ぼくも彼に向って身を屈めるとお互いの息遣いを感じながらキスをした。
「……ピーターの唇、冷たいな」
ソッと身体が離れると照れたように彼がそう言った。その声に含まれる優しさがぼくの胸に落ちて溶けていく。ぼくも同じように床に座ると彼をギュッと抱きしめた。
「お疲れ様」
温もりがちゃんと伝わるように、両手をいっぱいに広げて彼の背中に腕をまわす。緊張の糸が切れたのかピートの肩から力がフッと消えたのがわかった。
そのまま肩をなだめ、首から頬、頭を撫でる。掌が移動する場所、その全てに人間の温かさを感じ、彼が生きていることを実感する。
「ピーター」
耳をくすぐるこの声も、跳ねあがった髪の毛も、骨格の良い顔も、手離したくないくらい愛おしい。自己愛だと言われたらそれまでだけれど、彼はぼくでもあるのだから、この気持ちは自然なものとも思えた。
嫌なことでも言われたのか、誰かが犠牲になったのか、彼の落ち込む理由は複数個考えられる。すべてを背負う必要はないのに、責任感に追われて、彼は人一倍自分のせいだと思うきらいがあった。
「大丈夫、ぼくがいるから」
気にするな、なんてことは言えない。言ったとして、彼が素直にぼくの言葉を受け取るとは思えないからだ。それでもぼくの思いが伝わればいいと思う。ぼくがどれだけ君を大切に思っているかってことを。
熱のこもった瞳を見つめ返す。今にも零れ落ちそうな涙を拭うと、ピートは「ありがとう」と呟いた。
「ピーター、好き」
「ぼくも君が好きだよ」
また身を寄せると唇を合わせる。柔らかな感触を確かめながら湿った唇を何度も重ねた。
だんだんと荒くなる呼吸と早鐘を打つ鼓動が、ぼくだけではなく彼からも聞こえてくる。
生きている。彼がここにいる。そのことが奇跡であり、ぼくにとっては救いだった。
「ぼくも君に会いたかった」
笑ってみせればピートは知っているという風に頷いた。ぼくが君であるように君もぼくを感じているのか。心底不思議で、世界の真理で、考えるべき問題で、浮かぶ疑問は尽きないのに、彼といればどうでもいいと思えてしまう。
彼が隣にいることに慣れきった身体は、行かないで欲しいと叫んでいた。その望みは叶えられることはないのに。彼はしばらくすれば帰ってしまう。窓からあの長い手足を出して、手を振りながら元の世界へと戻っていく。
それが現実で、あるべき姿であるのに、ぼくはそうでなければいいと考えてしまうんだ。きっとこの思いも君にバレてるかもしれない。君も同じように思ってくれていたらどんなにいいか。
愛しいものを失ってしまう僕たちが、やっと手に入れた確かなもの。死なない確証なんてどこにもないのに、手を伸ばして存在していることに安堵する。
目先の快楽に逃げているだけだろうか。それでもいい。今はそれでもいいよ。
ただ君がいてくれることが、ぼくが生きている証のように思えるから。君が生きていることで、ぼくも安心して朝を迎えることができる。
もう一度、彼をギュッと抱きしめて、包み込むようなキスをする。受け入れてくれる君に感謝しながら、ずっとぼくを好きでいてと願いを込めて微笑んだ。
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