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suu
2024-09-24 13:27:47
3768文字
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心像放映
20240901に発行した『Starting Over』の後日談です
読後にどうぞ
月クロですが研磨くんと黒尾さんしか出ません
約束の時間通りに鳴ったチャイムと共に玄関から顔を覗かせた幼馴染は、手土産に俺の好物を携えて満足気に笑っている。やけに機嫌が良さそうなのが珍しくて、言葉を選ばずに言えば不気味なくらいだった。
「そんな、気持ちわるって言いたげな顔しなくてもいいでしょうよ」
「
……
クロがなにか企んでる」
「風評被害だって」
ほい。渡された紙袋の中身はやはり俺の好物で、しかもほんのり温かい。昼寝から覚めたばかりで全く働いていなかった頭が、これは今すぐに食べるべきだと主張し始める。「クロも食べる?」と訊けば、「メシ食べたばっか」と返ってきた。もう夕方だけれど。
「仕事は?」
「ん、今日はいいの」
「サボりだ」
「アポイント一件ってのが今日の俺のスケジュールだからさ」
「ポロシャツに短パンで」
振り返りながら大目に見てよ、というクロは、キッチンで自分で買ってきたらしい缶ビールを開けて、溢れそうになったのかすぐに口をつけている。コンビニのビニール袋の中には炭酸水とエナドリ、チンするだけで食べられる惣菜、洗わずに食べられる野菜パックなんかが数個ずつ入っていて、まあ多分俺用なのだろうけれど、思わず眉間に皺が寄った。そしてそういう時に限って、俺の家の冷蔵庫は冗談みたいに空っぽなのだ。
勝手に冷蔵庫を開けて、「あなたはほっとくとこれだから」と言いながら惣菜を庫内に整列させるクロに、「たまたまだってば」と返すけれど、どうしても言い訳じみてしまう。別に苦し紛れでも何でもない、今日にでも宅配スーパーで頼もうとは思っていたのだ、本当に。
自分の分のアップルパイを皿にのせ、残りを包んでジップロックに入れる。翌日までには食べてしまうだろうから、冷凍まではしなくていいだろう。
購入品をあらかた仕舞い終わったらしいクロは腰に手を当て、いかにも一仕事終えました的な姿勢で立ったまま缶ビールを流し込んでいる。
「
……
なんかクロ、おっさんくさい」
「はあ!? どこが!?」
「突然めちゃめちゃうるさいじゃん」
「あなたが聞き捨てならんこと言うからでしょうが!」
「おっさんにおっさんって言ってなんで驚かれなきゃいけないわけ
……
」
切られたくない方向にバッサリ切られたらしいクロは、わざとらしいため息をついた。でも俺にこう言われたって仕方ないだけの要因はある。いつものピシッとしたスーツでもないし、無精まではいかないけれど今朝は剃ってないんだろうなぁくらいの髭が残ってるし、相変わらずお節介だし、なんかヘラヘラしてるし。
「最後らへんは関係なくない?」
「あるよ。なんか楽しかった飲み会のあとのおとーさんって感じだもん、雰囲気が」
「あ、そう
……
」
何かを諦めたのか、クロは俺の発言を飲み込んだきり黙った。
なんだかんだでクロがここに来た理由ははっきりしていて、とうとう再来年の頭に開催が決定したコラボマッチに関する諸々を確定させるためだった。販促動画の依頼先の確定、撮影スケジュールと出演人員の確保、(どちらもクロによって根回しは済んでいる)それにまつわる諸々の日程の最終調整。撮影の依頼先を絞るのに、大きい画面でサンプル動画を見た方がいいという点で俺とクロの意見が一致したので、わざわざうちに来てもらったのだった。早速先方から二組ずつもらっている資料をクロに渡す。紙系のサンプルなので、重たいが手渡しするより仕方がない。
これでクロはまた、全国どころか海外にまで飛び回る生活がしばらく続くことになるだろう。そのうちいくらかは俺もついていくけれど、ほとんどは一人で。
「楽しみだね、クロ」
「そーね、本当にね」
そう言って心底楽しそうに笑う。実際クロにとっては楽しいんだろうけど、本当にタフじゃなきゃできない。一度海外に行くと、ある程度の期間滞在しつつ一気に何カ国も回ってきたりする。自分の家を数ヶ月にわたって空けるのも平気で、そういう時は大家に連絡しておけばいいのだと事もなげに言っていた。俺は長く自宅を離れると禁断症状が出るから、とてもじゃないけれどそうはいかない。
「今回は最長どれくらい家空けるの?」
「どうかな、今回はまめに帰国するようにしようと思ってる」
「へえ、クロなのに珍しい」
「研磨クンの言う通り俺も歳だしね、体調崩さないようにしないと」
すでに飲み終わったらしい缶ビールを軽く洗ってシンクに置き、クロは資料をパラパラと捲った。
「協会でやんなきゃいけないことも結構あんのよ」
「月島にある程度任せとけば?」
もう三年目とかじゃなかった? と訊くと、少し押し黙った後に「部署違うしあいつ部下につきっきりだからなあ」と若干的外れな回答が返ってくる。後輩につきっきり? あの月島が? そもそも販促系の部署にいるのに?
違和感は覚えたけれど、ふーんと言って流した。ここでモロにつっこんでしまったら、クロはそれ以上を喋らなくなるとわかっているから、あえて泳がせるために。
「そんな危なっかしい仕事する奴なわけ? 月島の部下」
「いや、仕事は別に問題ない」
「え、じゃあ月島にちょっかいかける系?」
「
……
まあ、そうと言えなくもない? みたいな?」
「相性悪いわけね」
「
……
相性、は本人によるといいらしいんだけど」
うわ、これめんどくさいやつかも。頭の片隅でそう思ったが、もうここまで聞いてしまった以上後にも引けなかった。聞けるとこまで聞いておこう、と思い直す。そう、クロに恩を売る数少ない機会だと思って。
「これってさあ、嫉妬なのかな
……
」
「知らないよ。クロはただ後輩が手離れしたのが寂しいんでしょ、前みたいにお節介焼けないから」
「そっかあ。
……
そうかも」
クロはいかにも納得しましたという顔でわざとらしく頷いて笑う。俺ははあと溜め息をついて、話題を変えたくてサンプルディスクをPCに取り込んだ。これも、さっさと決めなければならないことには変わりない。
スクリーンに端正に編集された映像が流れる。ひとつはどちらかというとスタイリッシュで高級感があり、もうひとつの方はぐっと親しみやすさが先立つ雰囲気の編集が得意なようだった。クロはたぶん、二つ目の方が好きだろう。俺は最初のほうのナレーションを柔らかくするだけでも全然違うと思うけれど、まああとは先方の担当とのやりやすさで決めた方がいいかもしれない。
「そうね、こっちのカメラマンのほうがいい」
「そう?」
「うん、多分だけど」
やっぱ画面がデカいって大事だわ。クロは独り言のように呟いて、麦茶のボトルに口をつけた。大事なのは画面の大きさというよりは解像度じゃないだろうか、と思うけれど、そういうことじゃないのも分かっているので口を噤んだ。
「いろんなプレゼンがさ、めんどくさいのよ」
「はあ」
「こう、思ってることパッとモニターに映せりゃいいのにとか、つい思うわけ」
「でもクロって色々言いつつ頭の中で全然違うこと考えたりしがちなタイプじゃん。映すもの取捨選択できないと死なない? 社会的に」
「死ぬな、確実に」
「クロ、口下手じゃないじゃん。なんでそこで突然めんどくさくなっちゃったわけ」
「
……
なんでだろうな。多分、うまく説明できてる気がしないんでしょ、俺が」
言語化できないクロ、レアだな。そんなに深刻でもなさそうなので、サンプル映像を何度か再生し直しながら依頼先を絞り込む。
結局俺とクロの意見は一致したけど、選んだ理由はそれぞれ違う。俺たちはだいたいいつもそうで、本当に幼い頃からの付き合いだけれど、大きな喧嘩をした記憶がほとんどない。気に食わないことも、戦うよりも受け入れることを選んだだけの日もたぶんあって、でもそれは、互いを諦めたわけじゃなかった。ただ、わざわざコスパの悪いことはしないだけ。
「当ててあげようか」
「は?」
「月島と喧嘩したんでしょ」
「
……
なんで?」
「当たりだ」
俺はにっと笑い、クロはげんなりした顔をした。当たってるなら今度なんか奢ってと言えば、諦めたようにわかったよ、とだけ返ってくる。
クロはモゴモゴと何か言い訳をしたそうな雰囲気だったが、やはり言語化を諦めたらしい深いため息を吐いただけだった。
「
……
べつに喧嘩でなくてね」
「喧嘩でもないのにそんなに言うに困ることある?」
「
……
」
「まあクロはさ、口より行動派じゃん。態度でいずれは伝わるよ」
「俺ひょっとして口下手って言われてます?」
「ウン、下手だよ。人をおだてるのは上手いけど、自分がああしたいこうしたいってはっきり言えないタイプじゃん」
言えば、クロはグッと言ったきり黙ってしまった。自分で気づいているのか微妙だけど、クロは本当に自分の話をするのが下手くそだ。まあそれは今までその必要がさしてなかったからだろうけど。
「そんなクロがわざわざ人とぶつかるのを選ぶなんて、超レア、天変地異、青天の霹靂」
「
……
」
「頑張って、応援してる」
クロは両手で顔を覆う。あいつ何考えてんのかわからんのよ、と呟くクロに、お似合いなんじゃないと返す。ちくしょ〜と言いながら寝転んだ頬に、微かに赤みが差している。
いい気分だった。
fin.
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