桐子
2024-09-24 00:27:01
2141文字
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嘘でもいいからそばにいて②(父水♀)


翌日、水木は会社でパソコンに向かっていた。早く片付けて帰りたいのに、メールの返信が来なくて作業が止まっていた。作業は止まるし、朝からずっとモニターを見ていて目が疲れたので、とりあえずコーヒーでも飲んで休憩しよう。立ち上がりかけたところで、隣の後輩が声をかけてきた。
「水木さん。総務の友達から聞いたんですけど、引っ越ししたんですか?」
「個人情報だぞ」
「しかも一軒家らしいですね。もしかして彼氏と同棲してるとか?」
個人情報がガバガバすぎて呆れてしまった。
いつもなら無視するところだが、毎日幸せすぎて、つい誰かにこのことを喋りたくなってしまった水木は、ぽろっとこぼしてしまった。
「まあ、そんなところだ」
「ええっ!」
後輩は素っ頓狂な声を上げた。その声を聞きつけ、近くの席の同僚たちが集まってきた。
「水木さん彼氏できたんですか?」
「相手は誰なんですか。うちの会社の人じゃないですよね?」
「どんな人なんですか?」
矢継ぎ早に質問されて、水木は内心「しまった」と思いながら曖昧に答えた。
「まあ、いろいろあってな……
「家を買ったってことは、相手めっちゃお金持ち?」
「もういいだろ」
水木がそう言うと、同僚たちは名残惜しそうにしながらもそれぞれの持ち場に戻っていった。予定通りコーヒーを買いにいこうとした水木は、財布を持っていないことに気がついた。取りにもどろうとして、ふと、自分の名前が呼ばれた気がして立ち止まる。

「今の水木さんの話、どう思う?」

後輩の声だ。馬鹿にしたような声に聞こえて、水木は思わず足を止めてしまう。
「どう思うって……普通に嘘じゃない?」
「だよねー。ああいう、男になりたかった系のこじらせ女、絶対彼氏とかいないって」
「仕事はできても、あんな人選ばれるわけないじゃん」
「結婚とか諦めて、自分で家買ったんですよ。なんかそれって惨めですよねぇ」
ーーー誰が惨めだ、誰が。
水木はわざと足音を立てて自分のデスクへ戻ってきた。後輩たちは「しまった」という顔をしたが、水木は無視して財布を鞄から取り出し、そのままさっさと休憩所へ向かった。
自販機で缶コーヒーを買いながら、大きく息を吐いた。
別に誰に何を言われたってかまわない。今の水木は毎日幸せなのだから。それなのに、妙に引っ掛かった。

ーーーあんな人選ばれるわけないじゃん。

自分でもその通りだと思ったのだ。
水木はゲゲ郎と本物の夫婦になったわけではない。都合がいいから、形だけそばにいるのだ。もしゲゲ郎にこの気持ちがバレてしまったら、彼は困った顔をして「すまん」と謝るに違いない。彼が愛しているのは奥さんだけで、それはずっと変わらない。そんなことはわかっている。
缶のプルタブをあけると、コーヒーの香りが鼻をくすぐった。一口飲むと芳醇な香りよりも、苦みが口に広がる。
……苦い」
水木の呟きは誰にも聞かれずに消えていった。




それから一週間、水木の調子は最悪だった。仕事もミスを連発するし、家でもゲゲ郎とうまく接することができずにいた。
「最近、元気がないのう」
今夜は珍しく、鬼太郎も帰ってきたので久しぶりに三人で食卓を囲む。今日は焼き魚に味噌汁、それに昨日の残り物だ。食事中、ふと箸を止めたゲゲ郎が心配そうに言った。
「そうか?」
「うむ……何か悩みでもあるのか? わしでよければ話を聞くぞ」
そう言ってくれるのは嬉しい。だが、水木は「なんでもない」と首を横に振った。
「ならよいが……
ゲゲ郎はまだ心配そうだ。そんな顔をさせたいわけではない。水木は話題を変えようと口を開いた。
「そういえば鬼太郎、最近忙しそうだな」
「はい……ちょっと依頼が増えてきまして」
鬼太郎は困ったように笑った。妖怪ポストに届く手紙や相談事は、年々増えているらしいのだ。
「でも、猫娘たちも手伝ってくれるから大丈夫です」
「そうかそうか」
ゲゲ郎は嬉しそうに相好を崩した。ゲゲゲの森に住む妖怪たちは鬼太郎たちにとって家族も同然だ。彼らが鬼太郎を手助けしてくれていることは水木にとっても嬉しいことだった。
……ところで、水木さんは、最近お困りのことはありませんか?」
その言葉にドキッとした。
「い、いや。特にないな」
水木は慌てて取り繕うと、焼き魚に箸を伸ばした。だが、幽霊族の親子は、よく似た顔でじいっと水木の挙動を見守っている。
「本当に?」
問われ、水木は渋々というていで口を開いた。
「実はな、最近仕事に行き詰ってたんだ。納期が迫ってるのに作業が進まなくてな。でも、働いてりゃそのくらい日常茶飯事だよ」
それは本当だ。だが、ゲゲ郎は「水木」と静かに名前を呼んだ。
「それは、おぬしが本当に悩んでいることか?」
思わず言葉に詰まる。そんな水木に、ゲゲ郎は諭すように言った。
「わしらの前でまで無理に強がることはないぞ」
優しい口ぶりに胸が熱くなった。だが、お前が好きだ。本当の夫婦になってほしいなんて、そんな厚かましいことは言えない。
「別に本当に何も悩んでねえよ」
水木はそう答えるしかなかった。ゲゲ郎と鬼太郎の視線が痛い。これ以上追及されないように、急いで食事をかきこんだ。