Innkya_death
2022-11-08 22:19:27
3313文字
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くだらない一日に菓子言葉を

ハッピーホルイルの日ということで初めてホルイルを書き下ろしました。序盤はおっかなびっくりで距離感を掴みかねていましたが、無事に可愛らしいお話ができました。
(11日に先駆けてprivatterに投稿しております)


 その日の仕事も、何のことはなかった。
 上からの指示で殺せと言われた男を、一人鏡へ引きずり込んでただ殺した。そのときに奪った銃で、数発引き金を引いたら、部屋はあっという間に静かになった。
 思いの外、血は飛び散らなかったな。男の額や首筋に開いた風穴を覗き込むようにしては、イルーゾォはふと考えた。気まぐれに普段使わない得物を使ってはみたが、次に使うのはまたしばらく先の仕事だろう、としか思わなかった。無害な人間相手ならスタンドの方がいい。
 部屋を出て、人気のない路地裏へ来てから、鏡の世界を解いた。
 そこの街並みは、今日も一人男が死んだ事実も知らずに平穏を紡いでいた。足がつかなくて都合は良いが、スリやら麻薬販売やらがそこかしこで行われている割に、呑気な街である。
 特に用事もないのでさっさと帰ってしまいたいが、ここからアジトまで歩いて二十数分。持ち合わせがないのでタクシーは呼べないし、かといって歩くには少し億劫な距離であった。行きの送迎を頼んだチームの車は、もうしばらく帰らないと聞いた。なので歩くしか手段はないのだが。
 諦めて、緩やかなカーブを描くコンクリートの道を歩き出す。まだ日が沈むには早い時間、イルーゾォは会話相手もいないまま、何となく退屈な気持ちだった。仕事終わりで感情が抜け落ちたその顔は、空虚ともいえた。
「おーい」
 五分ほど歩いた頃、ふと、聞き慣れた男の声が耳に届いた。
 立ち止まって視線をコンクリートから上げると、少し離れた場所からホルマジオが手を振っているのが見えた。反対側の手には何か真っ白な箱を持っている。
 目が合うや、やつは表情を綻ばせる。ああして笑うと子供みたいだと思ったが、自分も気付けば小走りで近寄っていた。
「終わったか、お疲れさん」
「労うなら車一台でも拾ってこいよ、アホ」
「へーへー」イルーゾォの憎まれ口に軽く返しては、ホルマジオは手に持っていた箱を、彼の眼前へ差し出した。「代わりと言っちゃあなんだが、これ差し入れ、な」
 先程遠目に見た箱は、思ったより小ぶりな、直方体だった。側面に箔押しで描かれたロゴは、近頃話題らしい菓子店のものだ。確かに、近付くとメレンゲとアーモンドの軽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
 イルーゾォがその場で開けてみると、マカロンが五個、行儀よく収まっていた。色は濃いピンクと、薄い茶色の二色。数はピンクの方が多い。鮮やかな色だが、着色料っぽさはなく、使われている果実由来の色のようだった。
「今ここで食えってかよ」
「別に。でも持って帰って盗られんのは自己責任だぜ」
 表情を見れば、食べて欲しいというのは明確であった。渡した段階で帰ってしまわないのも、きっとそういうことだ。持ってきたのもマカロンである。
 仕方のないやつだ、とでも言うように勿体ぶってイルーゾォは息を吐く。あわよくば二人で帰りたいとか、くだらないことを考えているんだろう。よく反発してくる割に、懐っこいところがあるのだ。
 少し機嫌が良くなったので、今日は願いを聞いてやろう。そう思って、空になったホルマジオの手を引いた。

 時間の割に、立ち寄った公園は空いていた。ベンチに座ってみると、遠くにボールか何かで遊んでいる親子が見えるのみであった。
 移動のため一度閉じていた箱を、もう一度開く。隙間に挟まっていたフレーバーの早見表を確かめると、ピンクはフランボワーズ、薄茶はカフェという名前らしかった。
「フランボワーズって何だっけか」
「ああ、ラズベリーみたいなやつ」
 イルーゾォは手に取って、しばらくフランボワーズマカロンを眺めていた。ヒビも入っていなく、滑らかな弧を描く生地。間にはジャムでも練り込まれているのか、紅色に染まったバタークリームが覗いていた。
 一口齧る。想像していたより甘さはなく、代わりに果実の酸味が感じられた。咀嚼するときのシャクシャクした感じは好きなのだが、如何せんマカロンだ。空気を含んだ生地はあっという間に溶けた。
 この間、イルーゾォはずっと、隣からの視線を強く感じていた。頬杖をついて、一口目を飲み込むまでを一途に、愛おしげに眺めている、ホルマジオの視線だった。
「美味い?」
 問いに振り向くと、案の定目が合う。ホルマジオは依然として、イルーゾォの顔をじっと見つめていた。対してイルーゾォは唸った。
「美味いは美味いが、もっと甘い方が良かった」
「そうかい。まあそれ、味じゃあなく色で選んだからなぁ」
「色ぉ?」もう一度、マカロンを見てみる。歯型で半分ほどに削られたお陰か、中身の紅がよりハッキリと見えた。「まさか、買う前からずっと、この俺のことだけを考えてたわけか」
 木苺の色を見て選んだというのは、つまりは彼の虹彩の色を思い出していたのだ。先刻の他の連中に盗られるのを嫌がるような素振りにも、合点がいった。ホルマジオが返事の代わりにはにかんだ途端、笑いが込み上げてきた。
「くだらねえ、キザなことしやがって。恥ずかしいやつ」
「あー、言わなきゃ良かったと思うぜ俺も」
「どおりでお前、さっきからじィっと俺を見てるのか。ひゃははっ」
「そんなに言うこたあねぇだろ」
 お前が、と反論のために開かれた口に、持っていた食べかけのマカロンをねじ込む。豆鉄砲でも食らったみたいな顔で、黙ってそれを咀嚼するのだから、イルーゾォはまた喉の奥で笑った。
「じゃあこの色はお前が食ってろよ。俺の色ならよ」
 仕返しとばかりに、ホルマジオの顔をニヤニヤした目つきで見つめてやった。するとまた顔を背ける素振りをしたので、嬉々として覗き込む。
……得意げなとこ悪いけどよ、これ『間接キス』っつうんだぜ」
 笑いながら、知ってんだよ。だのと軽口を続けたい場面。もしかしたら相手もそんな返答を期待したかもしれない。
 だがしかし、できない。『それ』を意識した途端、どうしても顔が熱くなるのを止められなくなった。
 慌てて袖でだらしのない顔を覆うが、勿論ばっちりと見られた。
「か、勝手に照れてろッ」
「お前が一番照れてんじゃあねえか」
 暫く沈黙が続いた。互いの赤面につられて、急に今までのやりとりが全部恥ずかしくなった。よく考えたら公然で手を繋いだし、マカロンを食わせたのだってカップルの恥ずかしいそれだ。そもそもマカロンって。
 考えるほど悶々とするので、イルーゾォはベンチの上に置かれたままのマカロンの箱に手を伸ばした。薄茶のカフェフレーバーを一つ頬張る。想像はできていたが、やはり甘さは控えめである。というかほろ苦い。
「んだよ、菓子ならもっと甘いの買ってこいよ」
「それは俺が食おうと思ってたんだよ」
「この俺の好みを無視するんじゃあねえッ」
 イルーゾォはフレーバー表を睨んだ。
……そうだな、次はショコラ買ってこい! それならまた貰ってやる」
 指の腹でショコラフレーバーの写真を押さえる。顔色も落ち着いたので、笑顔も見せてやった。
 ホルマジオは暫し彼の笑顔と、押さえられた写真を視線で往復するように見て、それからまた、くしゃっと笑い返した。
「しょうがねえなぁ。気が向いたらまた買うさ」
 その後は、二人で残りの三個を、好き勝手感想を述べながら完食した。やれこれは酸味が強すぎるだの、そもそも評判の割に大したことはないだの、散々であった。だが表情は二人とも明るかった。
 空になった箱を持って立ち上がったホルマジオが、イルーゾォの方へ手を差し出した。来た時のように、一緒に帰路へつくのだ。
 だが断る。手は取らない。
「いや、外だぞ。目立つわ」
「はぁ? 近くにゃ誰もいねえだろが」
「やだって」
「繋いで来たのにかよ。じゃああれだ、鏡入ろうぜ」
「許可しない」
 大袈裟に肩を竦めたホルマジオの横を歩き出す。帰り道は、鼻歌でも奏でてやりたい気分だった。
 ふと、視界の端でぽつりと、
「ああ、戻った戻った。いつもの可愛いやつに」
 と呟くのが聞こえたが、返事をするのは癪なので、イルーゾォは特に何も言わずにいてやった。