きなこ湯
2024-09-23 14:39:42
2484文字
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他郷の朝


 遠征先で予定外の休暇を得たエルメと候補生の話。
 銃マスワンライのお題「任務/旅行」より。
 1.5周年イベスト読了推奨。


 貴銃士が所属していない連合軍各国支部の管轄内でアウトレイジャーが出没した場合、まずはもっとも近い他支部へ応援要請が出される。今回アウトレイジャーの目撃情報が出たのはスイスで、隣接するドイツ・フランス・オーストリアの三国に貴銃士が所属していた。ドイツ支部から派遣が決まったのは、ドイツ支部の貴銃士がもっとも戦闘経験に秀でていたこと、そしてその貴銃士のマスター――私がドイツに滞在していたタイミングだったことが理由だった。
 スイスでアウトレイジャーが目撃された前例はない。現場に到着してすぐ、アウトレイジャーによる騒ぎに直面した。急ぎスイス支部と連携して討伐し、付近の廃墟に潜伏していたトルレ・シャフの構成員を捕縛すると、どうやら彼らはオーストリアから流れてきたらしいことが判明した。スイス支部では他に同じく侵入してきた構成員がいないかしばらく調査が行われることとなり、アウトレイジャー討伐のために駆けつけた私とエルメは、ひとまず〝待機〟扱いとなった。
 このように、アウトレイジャー討伐のみが完了し、突然の時間が手に入る場合も珍しくはない。たとえばイタリア遠征の時もそうだ。あの時の同行はマークスとカトラリーだったが、現在同行しているのはエルメである。エルメが〝待機〟をどう受け止めるかわからず黙って隣を見上げると、宝石のような瞳がまっすぐこちらを見返しており、思わずどきりとする。
 肩を強張らせた私を見て、エルメは眦をわずかに緩めた。
「たまにはいいんじゃない? 偶然手に入った休暇だと思えば」
 存外やわらかい声が降ってきて、思わず目を見開く。
……エルメがそう言うの、珍しいね」
「そう? 俺はあなたに優しい方だと思うけど」
 エルメはステッキを口元に寄せて笑った。
 質実剛健を体現するドライゼとも、根は真面目なジーグブルートとも違う、エルメには独特な〝ドイツ人〟らしさがあった。もっとも、自分の性質を人より銃だと評するところや、ドイツに留まらない活躍を果たす銃の経歴から、すべてがそうだとは言い切れない。しかし、特に完璧主義で几帳面なところは率直に〝らしい〟なと思うことが多かった。
「さて、そうと決まればどうしようか。時間は限られているのだし、観光地は早々に混雑するだろうから、俺としてはまず今日のプランを立ててしまうのがいいと思うけど。あなたはどうしたい?」
「そうだね。とりあえず、今日は朝を食べ損ねたから、ブランチにしながら考えるのはどうかな」
「了解」
 意外に思いながらとりあえず提案すると、エルメはなんだか機嫌良さそうに頷いた。
 一度街のターミナル駅に戻り、併設している書店で適当な観光雑誌を購入する。それから大通りのカフェに入り、サンドイッチとコーヒーを注文した。案内されたテラス席で先に運ばれてきたコーヒーを飲みながら、エルメがは観光雑誌のページをパラパラとめくる。
……へえ……
「気になる場所はあった?」
「ああ、うん。それなりに見どころはありそうだけど」
「あまり興味がなさそうに見える」
 そう言うと、エルメは特に否定せず頷いた。
「そうだね。まあ、旅行が趣味だとも言い難いし、俺はあまりこだわりがないから。あなたが好きに決めたらいいよ」
 はい、と読み終わったらしい観光雑誌を手渡される。きちんとこちらが読みやすい向きで差し出されたそれを受け取り、返す言葉を考えながら表紙を開いた。
 少し前に起きた奇妙な事件の後から――慰霊式典へ向かう道中、同行していた貴銃士たちが〝タイムスリップ〟を経験したと言う話だ――エルメは多少変わったように感じられる。エルメは完璧主義で銃の自意識が強いタイプだが、人の情には一定の理解があったと思う。それは人間が保有する精神の働きへの理解であり、銃である自分には不要なものだと断言していたのが、今は共感のために歩み寄る姿勢を見せるようになった。そういう変化だ。
 今のエルメは、人の心が知りたいと言う。
「本当に気になるところとかなかった?」
 食い下がって尋ねるも、エルメは素直に首肯した。
「うん、特には」
「そっか……
 ページをめくる。地域別にいくつかの観光地が挙げられていた。自然を堪能するもの、博物館や美術館などの歴史施設を巡るもの、レジャー施設など。読み手の好きずきにあわせたラインナップなのだろうが、エルメはどれもお気に召さなかったらしい。
「俺はね、マスター」
 ふと、エルメがそう切り出した。
 顔を上げると、エルメは大通りの方を眺めていた。駅前は様々な人の姿で賑わっている。隙なくスーツを着込む若者、友人グループで訪れたらしい観光客、幼い兄弟の手を引く親子連れ。職業や属性がある程度推察される人から、どのような目的で訪れたのか風貌からはわからない人まで、エルメはその賑わいをエメラルドグリーンの瞳で広く見渡していた。
「今も、貴銃士と人は違う存在だと思っているよ。俺は銃で、人間ではない。あなたと同質の存在ではない」
「うん」
「ただ……今、俺の肉体があなたと同じ形をしていることも事実だ。その点は無視できない。以前ライク・ツーが言ったことも、今ならより正しく理解できると思うよ。人の肉体で活動している以上、俺にも人と同じ好悪がある。そして、」
 そこで言葉を区切り、エルメはこちらを向いた。
――俺の興味はあなたのところにある」
 鉱物のように硬くつめたい瞳が、穏やかな眼差しをしている。
 その美しさに思わず見惚れて返す言葉に詰まると、エルメはにっこりと微笑んだ。真正面から見下ろす視線には明らかに私を見定める色が混じっていたが、不思議と不愉快な気持ちにはならない。――興味がある、そう告げたエルメの声をひそかに噛みしめて、とんだ殺し文句だと思った。
……つまり、私が行きたい場所に付き合ってくれるってこと?」
「そうだよ。マスター、俺はあなたの意思に従おう」
 エルメは私の右手を持ち上げ、包帯の上から手の甲へ軽く口付けた。
「ふふ。楽しみだね」