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きなこ湯
2024-09-23 14:37:08
2655文字
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一時休戦
遠征先のホテルで一悶着起きる話。
銃マスワンライのお題「寮/ホテル」より。
ノックされてすぐに扉を開くと、ライク・ツーは驚いた様子で両眼を見開いた後、すぐさま不機嫌そうにじとりとした目を向けた。矢継ぎ早に文句が繰り出される。
「おい、今確認しなかっただろ」
「いや」
「お前あのスピードで相手が俺だってわかってたのかよ」
「そ、それは
……
」
「いくらなんでも不用心すぎるんじゃねぇの。俺だったからよかったが、これがお前の命を狙うやつだったらどうするつもりだ」
「は、はい
……
」
仰る通りで。延々と続く小言に「はい」「ごめんなさい」と繰り返し呟いていると、ライク・ツーの背後からぬっともうひとつの人影が現れた。
「おい、ライク・ツー。マスターの部屋の前で何してるんだ」
「あっ、マークス
――
」
「うわっ、後ろからぬるっと出てくるんじゃねぇよ! お前こそ
……
」文句を言いかけた声が途切れ、私の顔を見下ろす。「お前。もしかして、相手がマークスだと思ったからすんなり開けやがったのか
……
?」
図星である。
曖昧に笑って頷くと、ライク・ツーはいつものように深刻そうなため息を吐いた。
アウトレイジャー討伐作戦のための遠征任務だった。作戦自体は無事日中のうちに終え、今夜は連合軍の手配したホテルで一泊し、明日の列車でフィルクレヴァートへ戻る予定である。マークスとライク・ツー、そして私にそれぞれ一室ずつ部屋があてがわれ、ロビーで一度解散したのが、つい三十分ほど前のこと。
いつまでも扉の前で騒いでいると他の宿泊者の迷惑になるだろう。ひとまず二人を部屋に招き入れ、重い空気を誤魔化すべくお茶を淹れて出すも、ライク・ツーは不機嫌そうにくちびるを引き結んだまま、マークスはそんなライク・ツーを邪魔そうに睨んだままである。どうにも気の休まる雰囲気ではなかった。
ソファに座って脚を組んでいるライク・ツーが、私とマークスとを交互に見比べる。やがて、低い声で切り出した。
「俺をマークスだと勘違いしたんだよな?」
「あー、ええっと、その」
「おいライク・ツー、マスターを傷付けるような言い方をするな」
「お前は黙ってろ馬鹿犬。だいたいなんだよその格好、髪まだ乾いてねぇじゃん」
「シャワーを浴びたんだから当たり前だろう」
「だから、それならさっさと乾かせっつってんだよ! 濡れたまま放置してると傷
……
風邪ひくだろーが!」
「俺はいつもこのままだ。身体に不調があったこともない」
「あーそうですか、お前はそういうヤツだよな
……
つーか、なんでコイツの部屋に来たんだよ」
「
……
? 俺の居場所はマスターの隣だ。俺がここにいて何が悪い?」
今日のような遠征任務はそう珍しいことではない。ホテルを手配してもらうことも、自分達で宿泊先の準備をすることも経験がある。その場合、多くは今回と同じく人数分の部屋を用意するのだが
――
どうやらマークスは、私と部屋が違うことをどうしても納得できないらしい。
士官学校で生活するようになってから、マークスはその無垢さをたびたび暴走させてきた。どうして同じ部屋で寝泊まりしてはならないのか、どうして四六時中そばにいられないのか
――
その感覚は銃だった頃の延長にあり、自由に動ける手足を手に入れたことで、理想と現実とが噛み合わなくなったのだろう。その中でも、これまでUL96A1が私の部屋で保管されていたにもかかわらず、寝泊りする部屋を分けられることに、いまだ気持ちの整理がつかないのだと言う。
寮の部屋が違うことは渋々了承してくれたが、それは〝寮〟だからと捉えたらしく、遠征先のホテルだとこういうことがある。つまり、あてがわれた部屋で身支度を終えた後、私の部屋に移動してくるのだ。おそらく、カサリステの任務を受け始めた最初の頃、フランス滞在中に一度同じ部屋で眠ることを許可したことが原因だと思われる。
私だってわかっている。たぶん、マークスの認識をこのままにしておくことはまずい。どこかできちんと〝寝泊りする部屋は分けることが普通〟と納得させなければならない。現状だと、私の説得により自分の部屋で就寝してくれる割合は五分五分くらいだ。
そして今この瞬間に重要なのは、半分の確率でマークスのおねだりに押し負けていることを、ライク・ツーに悟られないことである。
「そ、その。マークスがこうなのはいつものことじゃないかな」
「じゃあなんだ、今日みたいに〝マークスが部屋に来る〟のは珍しくねぇってか」
「えっ⁉ いや、えっと、その
――
」思わず視線をさ迷わせると、マークスが抱えているUL96A1が目に入ってきた。「
――
メンテナンス! そう、今日のメンテナンスがまだだったから」
「へー、そうかよ」
左右で色違いの瞳が胡乱げに平べったくなる。明らかに疑いの眼差しだ。どうにか別の切り口を探さないとと頭を悩ませていると、今度はマークスが声を上げた。
「そういうライク・ツーこそどうなんだ」
「はぁ? 俺は普通に明日の予定確認しに来ただけだけど?」
ライク・ツーはそう言って片手に持った資料をひらひらと見せる。周辺の地図と列車の時刻表だ。
まずい。完全にライク・ツーの弁に分がある。私ひとりなら文句を聞き流せばこの場をしのげるかもしれないが、今ここにはマークスがいる。
さてどうしたものか
――
そう考えを巡らせていると、不意に、窓ガラスが大きく揺れた。いや窓ガラスだけではない。ドンッと大きな音と衝撃が響く。天井のライトが頼りなく点滅し、やがてぶつりと途絶えた。
すぐさまマークスが飛んできて覆い被さるように私を庇った。ライク・ツーは床に膝を付き、身を低くして周囲の様子をうかがっている。
しばらくして、部屋の外から廊下を行き交う人の声と足音とが聞こえてくる。外はずいぶん騒ぎになっているらしく、喧騒の隙間には怒号や悲鳴が混じっていた。
「何が起きた?」
「わからないが
……
おいライク・ツー、銃は」
「あるに決まってるだろ。
――
マスター、」
「大丈夫。すぐ出られるよ」
手探りでライトを掴み、点灯させる。慎重に窓際へ移動しカーテンの隙間から外の様子を伺うと、すぐそばに火の手が見えた。それから、崩壊したらしい建物の瓦礫も。
――
爆発?
「隣だ」手早く装備を確認して立ち上がる。「行こう。救助に人手がいるかも」
「了解した」
「了解。まーそうなるよな」
頭の片隅で〝これでさっきの話が有耶無耶になりますように〟と願いながら、私たちは急いで外へと駆け出した。
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