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きなこ湯
2024-09-23 14:29:16
1635文字
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あなたの心知らずに
日本のお祭りに行く十手と候補生の話。
銃マスワンライのお題「浴衣」より。
からん、ころん、下駄が石畳を叩く不格好な足音が響く。やや不規則なその音は、足音の主が今日の装いに不慣れなことを表していた。
参道には露店が並び、夜空を背景に提灯明かりが眩しく煌めいている。香ばしく焙られたフランクフルトの皮がパリッと弾ける音、むわりと湯気と共に昇る甘じょっぱいのソースの香り、ヨーヨー釣りにはしゃぐ子どもの賑やかな声。すれ違う者同士の肩が触れ合うような込み具合で、候補生は前を歩く背中を見上げて懸命に足を動かした。大きな手が彼女の左手をしっかりと握っているが、この人出ではいつはぐれてもおかしくない。
たこ焼きの屋台を通り過ぎたところで
――
たこ焼きと言えば、昔カサリステの四人が研究課題の題材に選んだものなので、異国人の候補生にもいくらか馴染みがあった
――
少し混雑は緩やかになる。候補生の手を引く十手は屋台の切れ目から参道を抜け、砂利道に出た。提灯明かりが遠ざかり、周囲はぐっと暗くなる。明暗の差にくらりときて目を細めると、不安定な路面に足がもつれた。
わずかに身体が傾いたのをどうにか踏ん張ると、手を引いていた十手がぱっと振り返り、肩を抱きとめる。
「
――
おっと。すまない、大丈夫かい?」
「あ
……
りがとう、十手」
「いや、俺が無理に引っ張ってしまったからだ。面目ない、怪我は
……
」心配の色を灯した茶目が足元を見下ろし、薄らと見開かれる。「
――
鼻緒が」
「え?」
候補生が自分の足元を確認すると、暗がりに見える下駄が妙な姿に変形していた。指の間を通るロープのように編まれた布がよれ、下駄が足の裏から外れてしまう。
これはどうすればよいのだろう。自衛軍の兵士から勧められて着替えたが、ただでさえ慣れない浴衣に悪戦苦闘しているというのに、履物まで思い通りにならないのは想定していない。彼女が困惑顔で足元を見つめていると、十手は躊躇いなく地面に膝をついて屈み込んだ。
「俺の肩にでも掴まっていてくれ。直そう。触ってもいいかい?」
「え。勿論いいけど、今、直すって言った?」
「ああ。幸い、切れてしまったわけではなさそうだ。結び目が緩んでしまったんだろうな。これぐらいなら俺でも元通りにできるから、少し足を貸してくれ」
そう言って十手は彼女を見上げ、自分の肩を支えにするよう片手を導いた。「じゃあ、お願いします」と答えた候補生に優しく微笑み返して頷き、下駄へと手を伸ばす。候補生の視点から十手の手元は詳しく見えなかったが、時間にして数分程度で十手は下駄の鼻緒を修繕してみせた。
「これでどうかな。マスター、歩けるかい」
「
……
うん、問題ない」
「それはよかった」
「ありがとう。さすが十手だね、器用だ」
「はは、マスターに褒めてもらえるのは嬉しいが、元は俺のせいだからなぁ」
十手は申し訳なさそうに苦笑し、指先で頬を掻いた。
「まさか、マスターと日本の夏祭りに行けるなんて思わなんだ。つい浮かれてしまって、強引に引っ張ってきてしまった。本当に、すまない」
「そんなに謝らないでよ。私がこの格好に慣れていなかっただけだし、下駄も直してくれた。それに
――
」
賑やかな人の声は遠い。
秘めるように囁いた声は、存外きちんと十手に届いた。
「
――
浮かれてるのは、たぶん、私も同じだから」
「
……
へ、」
柔和な目が丸くなる。
色の薄い肌に赤みが差して、その顔を見上げる自分の顔も熱くなるような気がした。
「
……
も、戻ろう! あのね、気になる屋台があったんだ。的撃ちみたいな屋台を見つけたの。あれならきっと私にもできるよ。任せて、射撃は誰より得意だから
――
!」
蒸し暑い極東の気候のせいだ。もしくは、慣れない浴衣と下駄のせい。そう結論付け、候補生は十手の手を取りまっすぐ人混みの中へと潜り込んだ。後ろを振り返る勇気はなく、しかし繋いだ手を離すつもりはない。触れる手のひらの熱さばかりが気にかかって、それ以外のことを気にかける余裕はなかった。
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