カカロは今州城を発ち、1人で北へと向かっていた。
目的地は、夜帰の破陣基地。
恋人である忌炎に会うため、彼は道を急いでいた。
「・・・?」
しかし。
祈池村の近くを通りがかった時、彼は違和感を覚えて立ち止まった。
ピリ、と張りつめた空気が漂っている。
彼は長刃の柄に手をかけた。
「何者だ」

廃墟の影に、何人か──いる。
彼ら、あるいは彼女らはカカロの呼びかけには応えなかった。
ただ、ざわりと空気が動く。
「・・・!」
カカロの第六感が警告を放つ。
何か、まずい。
彼はその警告に従い、その場から離れようとした。
だが、既に遅かった。
「っぐ、あ・・・!?」
キィン、という音が耳をつんざく。
カカロは得物を取り落とし、その場に蹲った。
「おお、本当に効いたぞ」
廃墟の影から、リーダー格と思しき男が顔を出した。
男が身に纏うのは、赤と黒の特徴的な服。
「残星組織・・・!」
激しい頭痛と耳鳴りで歪む視界の中、カカロは男を睨みつけた。
今すぐに切り捨ててやりたいところだが、体がろくに動かない。
「幽霊猟犬の団長、カカロの周波数は独特で・・・残像と同じだと聞いたものでね。試しに残像を操れる周波数を浴びせてやったら、大成功だ」
男はにやりと笑う。
なるほど、自分は罠に嵌ったらしい。カカロは冷静に状況を分析した。
この周波数を浴びている限り、自分は動けそうにない。
そして今はまだ問題ないが、この調子で周波数を浴び続ければ、自我を保てなくなる可能性がある。
ならば。
「っ!何だ・・・!?」
残星組織の男は、不意に轟いた雷鳴に驚いて後ろへと飛び退いた。
カカロは共鳴能力の出力を上げる。
それに伴って、彼を中心とした半径数メートル以内に、強力な雷が降り注いだ。
残星組織の男は雷の射程圏外に出てしまったが、それでも問題ない。
カカロは出力を上げ続ける。
「は、っ・・・!あ゛ああ・・・ッ!」
出力に体が追いつかず、焼けるような熱と痛みが全身を襲う。
腕を覆う茨が、養分を得たように伸びて全身を覆い尽くしていった。
カカロの狙いは、オーバークロックを故意に引き起こすことだ。
彼の左足首に装着されている監視装置は、オーバークロック発生を感知して夜帰軍に位置情報とアラートを飛ばす仕組みになっている。
何も痕跡を残さず行方不明になるよりは、少しでも痕跡を残した方がいいはずだ。
「ぐぅゔ・・・ッ!」
カカロは低く唸った後、獣のように叫んだ。
意識が白く飛んでいく。
──後は、夜帰に・・・忌炎に、任せた。
あまりにも人任せな考えに自嘲の笑みをこぼす。
そして、カカロの意識は完全に途切れた。
*
夜帰軍基地内に、けたたましい警報音が鳴り響く。
破陣基地の地形モニターの前にいた忌炎は、聞き慣れぬ種類の警報音を訝しんだ。
「これは・・・」
やや遅れて、彼のデバイスが警報音声を発する。
『幽霊猟犬団長、カカロにオーバークロック反応あり。夜帰軍は至急対応してください』
「カカロが・・・!?」
続いて地形モニターの画面が自動的に切り替わり、祈池村付近の地図が表示される。
地図には赤い点がひとつ。
『発生地点は、祈池村付近。至急対応してください』
忌炎はデバイスを手に取り、全軍に向けて通達を出した。
「俺は今から祈池村に向かう。対残像防衛に関する指揮系統は副将軍に委任した。伏波陣地にいる者は祈池村へ急行し、状況を調査せよ。ただし、危険な敵がいて太刀打ちできそうになければ、俺の到着を待て」
それだけ告げると、忌炎は破陣基地を飛び出した。
彼は一陣の風のように、猛烈な勢いで祈池村へと駆ける。
*
「・・・、ぅ・・・」
カカロが目を覚ますと、そこは薄暗い部屋の中だった。
天井には頼りない光量のライトが吊り下げられ、四方の壁は灰色をしている。
彼は何かしらの装置が取り付けられた椅子に縛りつけられ、身動きが取れない状態にされていた。
「・・・っ、クソ・・・」
彼はかろうじて悪態をついた。
いまだにあの周波数を浴びせられ続けているらしく、頭痛と耳鳴り、目眩でまともに頭が働かない。
彼はもはや指一本も動かせず、おまけに共鳴能力すらも使えなかった。
油断すれば意識が落ちそうになるのを必死で堪えていると、部屋のドアが開いて1人の男が入ってきた。
「まだ意識があるのか。しぶとい奴だな」
祈池村で見た、リーダー格の男だ。
男はカカロに近付くと、その頬を張った。
「っ・・・!」
「さっさと落ちろ。それか、自分の意思で俺たちの仲間になるか?」
「・・・は、っ・・・だれが・・・この、クソ野郎・・・が・・・」
カカロは男を睨みつける。
睨まれた男は、下卑た笑みを顔に浮かべた。
「強情だな。まあいい。お前が観念するまで、痛めつけて楽しむとしよう」
男は腰のあたりで拳を握ると、カカロの鳩尾に思い切り叩き込んだ。
「う、ッぐ・・・!」
急所への攻撃に、意識が遠のく。
しかし、彼は気力を振り絞ってどうにか耐えた。
彼の脳裏にちらつくのは、あのカプセルの中から見た景色。
罠に嵌って捕らわれ、意識を落としている間に行われた、非道な実験。
あの時の絶望と後悔を、カカロは忘れない。
「ほらほら、あと何発耐えられるかな?」
男は何度もカカロの鳩尾に拳を叩き込む。
彼は必死に耐え続けた。
*
「はッ、はぁ・・・ッ!状況、は・・・!どうなっている・・・!」
忌炎は大きく息を切らせながら、祈池村付近で調査をしていた隊員に尋ねた。
「はっ!祈池村とその付近を捜索しましたが、カカロ殿やその他の脅威存在は確認できませんでした。監視装置の位置情報は、現在から約40分前に東へと移動。潮起こしの崖方面へ移動したと思われます。現在、東の方向へ捜索範囲を広げております。そしてつい先ほど、監視装置が捨てられているのが発見されたとのことです」
隊員は説明しながら、タブレット端末に表示された地図を指し示した。
地図には赤い点と黄色い点が表示されており、前者はオーバークロック発生地点、後者は監視装置の発見地点だ。
「監視装置発見がその位置だな。ということは・・・その位置よりも更に東側に移動した可能性が高い、か。そして、監視装置が捨てられていたとなると・・・敵は残像ではなく人間。残星組織の者かもしれないな」
忌炎は額の汗を拭うと、再びデバイスを手に取った。
そして、伏波陣地配属の全隊員に向けて通達を出す。
「今、祈池村に到着した。これから潮起こしの崖方面に向かう。カカロ、あるいは敵を発見した場合は、俺に報告してくれ」
そう告げると、忌炎は再び走りだした。
*
「は・・・、ぁ・・・?」
朦朧とする意識の中、カカロは龍吟を聞いた気がした。
今聞こえたのは、本物の音だろうか。それとも、ただの幻聴か。
しかしその疑問は、すぐに解消されることとなった。
「何だ、今の音は・・・!」
残星組織の男が、慌てて部屋から出ていく。
先ほどの龍吟は、どうやら本当に聞こえた音だったらしい。
それからさほど間を置かず、再び轟く咆哮。
忌炎だ。間違いない。
カカロは小さく笑った。
そして、すぐに意識を失った。
緊張の糸が切れたのだ。
*
潮起こしの崖にある廃屋から、不審な周波数が発されている。
そのような報を受けた忌炎は、すぐさまその廃屋へと駆けつけた。
彼が到着した時、十数名の隊員がその廃屋を包囲するような形で待機していた。
「状況は?」
忌炎が問うと、1人の隊員が答えた。
「つい先ほど、拡声器にて勧告を行いました。誰か中にいるのであれば、大人しく出てくるように、と。しかし反応なし。現在は突入待機中です。突入しますか?」
「ああ。まず俺が中に入って、敵を倒す。必要に応じて、お前たちは俺の支援をしてくれ」
「承知しました」
忌炎は風の槍を掴むと、廃屋へと向かっていった。
ゴウ、と風が巻き起こり、彼の背後に青龍が現れる。
青龍は咆哮すると、廃屋の玄関を突き破った。それを追いかけ、忌炎も室内へ突入する。
「うわあああっ!」
「夜帰だ・・・!」
室内には、残星組織メンバーと思しき数人の男女。
忌炎は彼らを容赦なくぶちのめし、次々に廃屋の外へと蹴り出した。
最後に奥の部屋から出てきた男にも鋭い一撃を食らわせ、外へと放り出す。
外から「捕縛は任せてください!」という声が聞こえたので、忌炎は奥の部屋へと向かった。
「カカロ!」
部屋の扉を蹴り開ける。
中には──怪しげな椅子に座らされ、ぐったりと項垂れているカカロの姿があった。
「この装置から周波数が出ているのか・・・!」
忌炎はカカロの元へ駆け寄り、椅子に取り付けられた装置を破壊した。
しかし、カカロはまだ意識を取り戻さない。
忌炎は彼の首筋に指を当て、脈拍を測った。
「脈と体温は正常・・・」
続いて、顔に手をかざす。
「呼吸も正常。・・・気を失っているだけ、か」
カカロの無事を確認し、忌炎は安堵の息を吐いた。
*
「ん・・・」
目を覚ましたカカロは、白い天井と白いカーテンを見た。
どうやら、ベッドに寝かされているらしい。ほのかに薬品の匂いもする。
「ここは・・・夜帰の、医務室か・・・?」
彼はゆっくりと起き上がった。
まだ少し頭痛がするが、それ以外は特に問題なさそうだ。
「起きられましたか?」
白いカーテンが開き、白衣を着た男が顔を覗かせる。
「ここは伏波陣地の医務室です。忌炎将軍はまだ当陣地におられますよ。今、呼びますね」
「まったく。位置を知らせるためとはいえ、自らオーバークロックするとは・・・あまり無茶をするな」
カカロが事の顛末を話すと、忌炎は呆れたように言った。
カカロは不満げに低く唸る。
「あの監視装置が、人権に配慮しすぎな代物なのが悪い。オーバークロック発生時だけでなく、24時間ずっと位置情報を発信するように変えるべきだ」
今州の民は、人が良すぎる。
カカロはそんな彼らを好ましく思っているが、今日ばかりはそれが仇となった。
「しかし・・・行動を隠しておきたい時もあるんじゃないのか?」
「ない。もしあったとしても、その時だけ足から外しておけばいい話だ」
監視対象自身が監視装置を自由に取り外しできるというのも、まったくもって甘すぎる話だ。
今州の研究所にて『監視レベル:最高』という判定結果を見た時、カカロは自身の体にチップでも埋め込まれるものと覚悟した。
しかし実際には、着脱可能な監視装置をひとつ手渡されたのみ。
あまりにも性善説に拠ったやり方に、むしろ疑念を覚えたほどである。
「しかしな・・・」
忌炎はまだ渋っている。
カカロは溜息を吐くと、妥協案を提示した。
「なら、普段はお前だけが位置情報を見れるようにしておけ。それでどうだ?」
「・・・分かった。そうしよう」
忌炎はようやく頷いた。
***
「それにしても・・・忌炎将軍も、恋人のこととなると慌てるんですね」
軍医は、にこにこと笑いながら言った。
「まあな。彼がオーバークロックするほどの強敵が急に現れたとなれば、今州の危機だろう」
的外れな返答をした忌炎に、カカロは苦笑した。
「軍医よ、こいつに色気のある回答を期待するな」
「あはは・・・将軍、さすがに今の答えはちょっと酷いのでは・・・」
「ん?何か変なことを言っただろうか?」
やや引きつった笑みを浮かべる軍医と、不思議そうに首を傾げる忌炎。
カカロはもう一度笑った。
忌炎のそういうところが可愛いと、彼は常々思っている。
何事もなく忌炎の元へと戻ってこられてよかった、とカカロは思った。
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