mishiadd
2024-09-22 18:18:34
3527文字
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その心臓の鼓動を覚えている

【奏章Ⅲ前提小噺】剪定事象から「記録」を持ち帰ってたったひとりで「彼」の存在証明をし続けるヤマトタケルの捏造妄想。BBドバイちゃんものすごくよかった…
参考資料:https://x.com/mishiadd/status/1837669308308377721

岸波白野というサーヴァントの戦い方が非常に派手だ、というのがここ数日の目下の話題だった。

なにかひとつ攻撃を繰り出すたびにカルデアでも見覚えのある面々が飛び出してきて、各々己がマスターに呼応する。マスターがサーヴァント化するということはこういうことか、とその光景には皆感心しきりで、特に藤丸立香などはそこから学べるものもあるのだと熱心に観察したりなどしていた。

ヤマトタケルなども評判の新入り――というにはだいぶ語弊があるようだが、この際そうとしか表現もできまい――の戦いぶりは好意的に眺めていたりなどした。後衛に詰めていたときに前衛でたまたま件のハクノが戦っていたので、「ほう」と興味深く見ていたときだった。
隣で一緒に後衛に詰めていた宮本伊織が、ただ素直に、まったくもって他意はなく、心底ただただ感嘆したように言ったのだ。

「なるほど、かつてのサーヴァントを呼び出しているのか。ここがもはや月でなくとも、本人がサーヴァントの身になろうとも、いまだに切れぬ縁か。すごい絆だな。なあ、セイバー」

うわ、と肝の冷えたのは傍で聞いていた藤丸の方だった。「伊織。――今のは、ちょっと」と恐る恐る窘める。ちらり、とヤマトタケルを見遣る。







己がマスターを自らの手で葬った結果、その体は金色の粒となって崩れ去る。セイバー ――盈月の儀における現界の縁が切れたのだから、もはやその呼称もすべきではないのだろう――ヤマトタケルの意識は、英霊の座へと引っ張り上げられる。彼自身は、過去にこの体験を何度経たことがあるのかも知らない。そのいずれもを覚えていないからだ。だから、彼にとってはこれは初めてのことだった。やがては意識も霧散して、ここであったすべてのことも忘れてしまうのだろう、と思った。

そして、咄嗟に思ったのだ。――嫌だな、と。

学校に持ち込んではいけないお菓子をひとつだけ、ポケットに隠して持ち込むようなものだ。誰にも迷惑はかけない。自分ひとりで楽しむだけの、綺麗なサイダー色の飴玉をたったひとつだけ。ころころとちょっとだけ舐めて、また包みに戻す。そういう、ささやかな――小さな小さな、けれど大切な宝物。

こっそりと胸に忍ばせていれば、きっとばれない。見逃してもらえる。そんなに目くじらを立てて取り立てるものでもないだろう? ――ちっぽけな、この宇宙になんの影響も与えない、ただの「浪人」の記憶だ。

そう思った矢先だった。――ヤマトタケルの意識を、暴力的な重力場が襲った。

実体を持たないヤマトタケルに重力がかかる、というのもおかしな話だった。きっとそれは物理的な法則を超えた、絶対的な重圧だった。なにかを――なにかをひどく、批難している。
意識が霧散しそうになりながら――もし肉体があったのなら、四肢が散り散りになるような痛みを覚えながら――彼は意識を巡らせた。一体何を責められているのか。自分はなんの罪に問われているのか。
まるで大罪人のような扱いではないか。反逆者、裏切り者。かつて彼が征服した方々のまつろわぬ者どもすら、このようにこっぴどくなじられたことがあっただろうか。

そして、彼は問われる。そこに隠しているものは何か、と。

「これは」

ただの飴玉だ。このような公正で広大な――およそ「人理」が気にするに能わぬ、取るに足らない、ちっぽけな記録だ。この程度が一体なんだというのだろう。聞くところによれば、サーヴァントとしての現界の折の記録を座に保持している連中もそれなりにいるという話ではないか。であるならば、なぜ彼だけが咎められなければならないのだろう。

その答えは、まるで聖杯が彼に与える現世の知識と同じように、情報として直接彼の知覚にもたらされた。――それは、剪定事象の記録なのだと。

剪定事象の記録は初めから終わりまですべてが消去され、最初から「なかったこと」になる。この宇宙のデータ総量を調節するために行われるのが世界の剪定なのだから、その欠片でも編纂事象に持ち込まれてはならないのだ。例外は許されない。単純な運営の話だ。それでいて、絶対的なルールの話だ。

それは、学校にお菓子を持ち込むなどという愛らしい罪の話ではない。持ち出してはならないものを持って国境を越える、そういった重罪の話だ。

「剪定、事象」

それを知った上で自分はあの場所に召喚されていただろうか。それとも自分は気に留めていなかっただろうか。
あそこで起こったこと、あそこで出逢った人、それらがいずれは泡沫の夢として消えていく運命であったとしても自分にはどうせ関係のないことだろうと――どうせ座に持ち帰ることなどないのだから――そう思って、早々に忘れ去った前提だっただろうか。

今になって、自分は急に惜しくなっただろうか。この記録おもいで――持ち帰れないものだということを知って。持ち帰れないだけならまだいい。これは、いずれはなかったことになる。最初から存在しなかったことになる。
あの江戸も、あの日々も。あそこで営まれていた暮らしも。――あそこで生きて死んでいった、宮本伊織というひとりの人間がいたことも。

あの苦しみは、なかったことになるだろうか。あの優しさは、なかったことになるだろうか。悩み、絶望し、それでも善くあろうと前を向いて、そうすればそうしようとする程、己の善性を信じられず。
己の優しさを贋物だと思いながらも、それでも人々に心を傾け続け――そして、最期の最期に、彼にだけすべてを打ち明けて花のように散っていった、あの命も。

あの人生は、なかったことになるのだろうか。



いやだ、とヤマトタケルは思った。彼を圧し潰そうとする重力が増すのを感じる。それでも、いやだ、と思ったのだ。

意識がばらばらになりかける。彼にもし肉体があったのなら、きっと腕が落ちている。足が欠けている。そこに隠し持っているものを手放せば、きっと彼は楽になれる筈だった。人理の抵抗を受けずに彼は座に還れる。――あの人に出逢う前の自分に、戻れる。

「いやだ」と彼は思った。昔の自分は嫌いだった。だけど、これはきっとそれとは無関係だった。
彼を変えてくれたその「記録」に報いるために、ただそのために、彼は人理せかいを敵に回して禁を犯すのだ。――ただ、証明し続けるために。確かに「彼はそこにいた」のだと。

ただ、それだけのために。



ヤマトタケルは編纂事象の汎人類史に属する英霊だ。であれば、その座に、たとえ欠片でも――ほんの欠片の記録でも刻み込めたのならば。

ヤマトタケルが覚えていさえすれば、それは即ち「の存在証明になる

彼が覚えている限り、彼が忘れない限り。たとえ四千年の先までも、彼が覚えてさえいるならば。剪定事象の記録を消去しようと重圧をかけ続ける、人理に抗い続ける限り。
ヤマトタケルは、彼の存在証明をし続けることができるのだ。

「絶対に忘れない。絶対に覚えている」

意識が剥がれ落ちていくのを感じる。肉体の代わりに精神が傷つき、彼の細かな部分が変質し、本来の彼ではなくなっていくのすら感じる。
それでも構わなかった。とうの昔に彼は造り替えられてしまっているのだ。今更――なにがどう変わったところで。

あの江戸で彼を変えてもらった以上に、一体なにが彼を変えられるとでもいうのだろう。

「私が覚えている。私がきみを、覚えている。きみが確かにそこにいたことを。――その心臓の鼓動を、私が確かに覚えている」

意識が無数の光の中に呑み込まれていく中で――彼は、誰かの手を確かに握った気がした。







「すごい絆だな。なあ、セイバー」

悪気なく感心したように何度も頷いている宮本伊織に、意外にもヤマトタケルはあっさりと同意した。

「ああ、そうだな。――あのように、目に見えるかたちで存在する絆というのもいいものだ」
……というと?」

横ではらはらしながら聞いていた藤丸が、含みのある言い方に思わず口を出す。やけに大人びた顔で、ヤマトタケルは頷いた。

「絆というのはさまざまなかたちを取るものだろう。中には目に見えないもの――そう、たとえば」

柔らかな笑みを浮かべて、隣の伊織を見上げた。

「きみがただここにいる、というだけで、証明される絆もあるのだ。――きみが、カルデアに来られている。ただその事実だけが」

「ふうん」とよくわかっていない様子で曖昧に頷いた伊織と藤丸を横目に、「いいんだよ」とヤマトタケルは言った。

「きみたちは知らなくても、いいんだ」