【カブミス】凪いだ愛・オレンジの片割れ

エルフ風のレストランでミスルンにプロポーズをするカブルーの話。
リクエストありがとうございました!

 お前の隣にいると、どうしてかすぐに眠れることができる。高い体温が心地よくて、まるで赤子のように寝かしつけさせられているみたいな気がするんだ。
 なのに、私はお前のことなんか、何一つ考えられていない気がする。たとえばお前の過去や、自分が存在しないかもしれない未来なんかに、醜くも嫉妬してしまうのだ。私の方がずっと長く生きると決まっているというのに、だ。
 お前を愛する愛情が、もっと凪げばいいのに、と思う。激しい愛情をお前は喜ぶが、でも私はいつもお前を傷つけて後悔ばかりしているから。だからもっと凪いだ愛をお前に与えたい。たとえば夜の海の、静かなさざなみのような。
 
 
 ある日の夜、仕事を終えたカブルーと気分転換にと、私たちは小さなレストランで食事をとっていた。そこはメリニ国では珍しいエルフ風の食事どころで、小さな丸ランプがいくつも蔦に絡まって飾られ、店内では楽器を抱えた演奏家たちが静かな音楽を奏でていた。集まる客はエルフが多かったが、それでも多種多様な人種がテーブルを囲んで、みな楽しげに食事をしていた。
 そんなエルフ風のレストランに、私は故郷に帰ったような気分になった。そこは小さい頃、家族みなで食事をとった食堂に似ていたから、そう思ってしまったのだろう。それでも、多分二度と帰らないだろう、あの国に戻ったような気分になった。
「たまにはこういうところもいいでしょう。侍女に教えてもらったんです。最近流行ってるみたいで」
「そうだな。でも、エルフ風の食事は、トールマンには物足りないのでは?」
 トールマンが好む料理に比べて、エルフ式の食事はよく言えばあっさりとしていて、悪く言えば腹にたまらない。素材の味を楽しむをモットーにするが、その素材が悪くては当然まずくなる。エルフが好む食材を調達するのも難しい。さすがに評判の店だからまずいわけがないのだが、私は少しカブルーの感想が気になった。
「そんなことありませんよ。俺はエルフ式の食事で育ったんですから。今度はもっと本格的なところに行きますか?」
「どこでもいい。お前となら」
 私は笑って、羊肉のシチューが入ったパイにナイフを入れる。さっき店員が入れてくれたワインも楽しむ。それはやはり懐かしい味で、私はがっつきこそしなかったが、黙々と食事を楽しんだ。
 蔦に絡まるきらきらと輝く丸ランプ、音楽家が奏でる懐かしい歌、うるさすぎない食事客の会話、ナイフやスプーンが皿に触れる音。その全てが心地よかった。
 でも、そんな食事は、突如始まったざわつきで消えてしまった。食事を楽しんでいた人々も、私も、何が起こったのかとあちこちをきょろきょろ見る。そして彼らは、私たちは、ひと組の男女のカップルに視線をたどり着かせる。
 少し派手なドレスを着たトールマンの女に、跪くのはやはりドレスアップしたトールマンの男だ。彼は小さな箱を開けて(そこには石がひっそりと輝く指輪があった)心臓がぎゅっと掴まれてしまうような切実な、そんなプロポーズをしていた。
 ――俺と結婚してください
 ――もちろんよ……
 男が言い、女が返事をする。割れんばかりの拍手がレストランに響き、ぱちぱちときらめくろうそくが立った祝いのケーキがテーブルに置かれる。男女がキスをする。誰かが口笛を吹く。
 その人生で一度きりの様子を見て、あんなふうになれたらいいんだろうか、と私はふと思う。不安定な恋愛を終えて、人生のパートナーになれたのなら。そしたらこの狂おしいくらいの愛しさは削れていって、この感情もおさまるのだろうか? このどうしようもない、後悔に包まれているような愛情は。
「ミスルンさんもプロポーズして欲しいですか?」
 白身魚と、ポテトのパイを口に運びながら、カブルーがくすぐったそうに、でもどこかこちらをからかうように言う。青い瞳の色はいつもより深く、私はとっさに意地悪を言われている、と思った。だから私はちゃんと返事を吟味せず、「お前がしたいんなら」と、半ば思考停止をして答えた。するとカブルーは籠の中に入ったオレンジを取って、それを皿に乗せ、ナイフを入れ始める。私はそれにはっとする。でも、すぐには何も言わない。
「じゃあミスルンさん。俺とずっと一緒にいてくれますか? 誓ってくれますか?」
 じゅわ、とオレンジから果汁がにじむ。カブルーはその片割れを差し出す。彼は真剣な顔をしている。誰も私たちを見ない。さっきの派手なプロポーズが嘘みたいに、あたりは静かな音楽に満たされている。
 私はオレンジの片割れを、躊躇せずカブルーから受け取る。そしてそれをかじり、いたずらっぽく真剣な顔をした彼を眺める。
……本当にエルフ式のプロポーズって不思議ですね。オレンジの片割れを渡して、齧ったらオーケーだなんて」
「こんなこと、私以外にするなよ。冗談でもな」
「もちろん。でもこれは冗談なんかじゃないですよ。ねぇ、トールマンの俺にも分かるように言ってください。言葉にしてください。ねぇ、返事は?」
 真剣な顔でカブルーが私を眺める。私は言葉を探して、ふとあたりが静まり返っていることに気づく。さっきプロポーズに成功したカップルが、花束を持って私たちを見ている。図られた、と私は思う。
……もちろん、イエスだ」
 レストランに歓声が響く。さっきのカップルが「おめでとうございます」と、私たちに花束をわたす。どうせこの二人も、真実恋人同士とはいえカブルーが手配した黄金城の部下か何かの男女なのだろう。私に二人のプロポーズを見せて、それでさりげなく自分も告白しようとした、というのが真実なのだろう。だって、カブルーは少し臆病なところのある男だった。冷静沈着とも言えるが、完璧をきす男だった。私はそれに少し呆れながらも、受け取った花束の匂いを嗅ぐ。青い花は、ハーブなのか爽やかな匂いがした。彼の瞳と同じ色の花。
「それじゃあ、このまま結婚式をしに、新婚旅行にでも行きますか」
「え、仕事は……?」
「あなたの任務についてゆくって連絡します。まだまだヤアドも元気ですしね。迷宮探索について行くって言い訳もなかなかいいかなって。それにトールマン式のプロポーズも、トールマン式の結婚式もしたいし」
 カブルーがワインを空け、頬杖をついて私を眺める。私はそれに突然胸が窮屈になって、彼に愛されていること、彼に求められていることに息が詰まりそうになった。でも、それを悟られるのがどういうわけかまだ怖くて、私は話を逸らすように、こう尋ねた。
「それはどんななんだ?」
「今夜教えてあげます。二人きりで、あなたを俺だけのものにしてからね」
 冗談を言うようにカブルーが笑う。あぁ、今夜からこの男は、真実私のものになったのだと思う。
 ずっと欲しかったものが手に入って、私はもう何も言えない。ずっと最後の最後で手を離してしまっていたものが、ようやく手に入ったと思えて、私はレストランに満ちる歓声や、彼らにワインを振る舞うと宣言するカブルーにまた歓声が湧いたことや、いつもよりずっと浮ついている恋人に、正しくは私の夫に、胸がきゅうと痛んだ。嬉しくて、恥ずかしくて、何が何だか分からなくて。
 ずっとお前を愛する、お前に向ける感情が、もっと凪いでくれたらいいのにと思っていた。だって私は、いつも自分勝手にお前を傷つけて後悔ばかりしていたから。だからもっと凪いだ愛をお前に与えたいと思っていた。そうしたら、お互い傷つかないでいられると思っていた。
 でもいざプロポーズを受けてみると、独占欲は強くなるばかりだ。もっともっとと、お前が欲しくなるばかりだ。
 お前が愛おしいよ、カブルー。だってこの歳でも奇跡を信じてオレンジを齧り、イエスと言えたのは、多分お前のおかげだから。
 
 
 余談だが、この後たっぷりお互いを確かめあった後、私たちは森の近くにある小さな小屋で、花びらを浴びながら婚姻を誓った。まったく、トールマンらしいというか、カブルーらしいロマンチックなそれだったが、私はついぞ文句を言うことはなかった。愛する男が私のために用意した結婚式に、文句をつけるほうがどうかしていたから。だってそうだろう、なぁ?