桐子
2024-09-22 12:33:47
3209文字
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嘘でもいいからそばにいて①(父水♀)


「買っちまったなぁ……家」

古い木造建築の戸建ては、中古ではあるが状態はよい。不動産屋は外観以外をリノベーションすることを勧めてきたが、中を少しいじる程度で手を打った。これから長いことローンを払い続けることが憂鬱ではあるが、目を輝かせる二人の顔を見ていると、なんとかなるかという気分になってしまう。
「昔の水木の家によう似ておる」
「そうですね。懐かしいなぁ」
二人はにこにこ笑いながら、これからの生活に想いを馳せている。特に鬼太郎は、もっと小さい頃のような無邪気な笑顔を浮かべている。
この家を買おうと決めたのは、通勤距離や価格のこともあったが、何よりも昔三人で住んでいた家を思い起こさせるたたずまいをしていたからだ。いかにも昭和の風情を残した平屋は、令和の時代ではもはや珍しい。しかし水木たちには最も住み慣れたつくりをしている。
「狭いけど、ちゃんと庭もあるぞ。それに風呂だけは改装したんだ」
風呂が狭いと文句をいう誰かさんがいるからな、と言うと、ぱっとゲゲ郎の顔が輝いた。
「どれ、早く見てみたいのう」
「今開けてやる」
鍵を開けると新しい家のにおいがした。
今日からここで、三人で暮らしていくのだ。
上京してからずっと住んでいたマンションを引き払い、一軒家に住むことになるなんて、半年前の自分が聞いたら驚くだろう。
そもそも、水木が家を買おうと思ったのは、再会してすぐの鬼太郎の一言がきっかけだった。

「僕、また水木さんと父さんと、三人で暮らしたい」

小さい頃から大人びたところのある鬼太郎は、あれがほしい、これがほしいとわがままを言うこともなく、手のかからない子どもだった。その鬼太郎がほとんど初めて口に出したわがままに、水木とゲゲ郎はたいそう驚いた。だが、可愛い義息子のたっての望みだ。それを叶えてやりたいと思うのは水木にとってごく当たり前のことだった。
「いいよ。じゃあ一緒に住むか?」
「そうじゃのう」
ゲゲ郎も一も二もなく頷いてくれた。
だが、今の水木のマンションは一LDKで三人暮らしをするには手狭だ。かといって水木がゲゲゲの森へ越してくるというのも、人間が妖怪に混じって暮らすにはさわりがある。結局、一軒家を借りるか買うかしてそこで暮らそうという話になった。ゲゲゲの森があるのは東京の中でも郊外の方だが、通勤には便利がいい。そのあたりによい物件がないか探しているうちに、この家を見つけたのだ。平屋で古いが、部屋数は三人が暮らすに充分だ。
「またお主と暮らせる日がくるとは思わなんだ」
ゲゲ郎はにこにこしながら、懐かしむように言った。
「俺だってそうだ」
水木もまた笑みを返す。ただ、一つだけ気がかりがあった。一緒に暮らすことで、ゲゲ郎への気持ちを――――ずっとずっと前世からひた隠しにしてきた恋心を、抑えきれなくなってしまうのではないかという心配である。もし万が一、この気持ちがゲゲ郎にバレでもしたら、もう二度とそばにいられなくなるかもしれない。それだけは絶対に避けたかった。
そばにいられるだけでいい。のんきな顔や幸せそうな顔を間近で見られるだけで充分だ。水木は自分自身にそう言い聞かせた。




それからしばらくたったある日のこと、妖怪たちが引っ越し祝いにやってきた。祝いという名の宴会である。だが、ゲゲ郎と仲がいいだけあり皆気のいい奴らだ。水木も簡単な手料理や酒を振る舞い、妖怪の酒のお相伴にあずかった。
「いやぁ旨い! 水木さんの肉じゃがはうまいのう!」
「親父さんは幸せもんばい。こんなうまいモン毎日食べられて」
「時々しか作りませんよ。大抵惣菜ですましちまうから」
そうはいっても料理を褒められるのは悪い気はしない。酒を飲んでいたゲゲ郎は、むっと口を尖らせて肉じゃがの入った器を自分の方へ引き寄せた。
「お主ら、食いすぎじゃ。わしの分が減る!」
「なんじゃ、親父さんは毎日くっとるじゃろう」
やいのやいのと大騒ぎだ。水木は腹を抱えて笑った。こんなに楽しい飲み会はいつぶりだろう。
「楽しいなあ。会社の飲み会はちっとも楽しくないからな」
「あら、どうして?」
ねこ娘が不思議そうに首を傾げて聞いてきた。
「そりゃあ、男連中は自慢話や仕事の愚痴ばっかりで、女子は彼氏のことや結婚、悪口しか言わないからな。ああいう場にいると息が詰まるよ」
「ふぅん……人間も大変ね」
「じゃが、おなごというのはいくつになっても恋バナにときめくものじゃろうて」
砂かけ婆が、ワシも若い頃は……と頬を染めて語ると、子泣き爺が横から茶々を入れた。
「何百年前の話をしとるんじゃ」
「はぁ? たかだか数十年前じゃし!」
妖怪たちの笑い声が響き渡る。そんな賑やかな光景を見ながら、水木は妖怪の酒をちびりと飲んだ。
「そいで、水木さんの恋バナは?」
「恋バナなんていいものありませんよ。親は結婚しろとうるさいけど、そんな気にもなれないし」
はは、と笑ってみせると、砂かけ婆に襟首を掴まれて揺さぶられていた子泣き爺がとんでもないことを言いだした。
「それなら親父さんが水木さんを後添えにすればいいじゃろう。水木さんも今は女なんじゃし」
一瞬、場の空気が固まった。
「いや、それは……
「そうじゃのう」
水木が困っているのを知ってか知らずか、ゲゲ郎がのんきな声で同意する。水木はますます困惑して、助け舟を求めて鬼太郎を見た。だが、鬼太郎はなぜかにこにこしてこちらを見つめているだけだ。
「僕はそれでいいと思いますよ」
「鬼太郎、お前まで何言ってんだよ。それにゲゲ郎には奥さんが……
「お母さんだって怒ったりしませんよ。これだけ僕たちの面倒見てくれてるのに」
鬼太郎とゲゲ郎が同意したことで、そうだ、それがいい、と他の妖怪たちも同意しはじめる。
「水木は嫌か?」
ゲゲ郎は無邪気に問うてくる。
「い、いや、別にそういうわけじゃないが……
むしろ、形だけとはいえゲゲ郎と夫婦になれるなら、願ったり叶ったりだ。
「じゃあ決まりじゃな。よろしく頼むぞ、水木」
そう言うとゲゲ郎は嬉しそうに破顔して、水木の肩に手を置いた。こうして、半ばなし崩し的に、水木とゲゲ郎の結婚生活が始まったのである。




「ただいま」
疲れ切って帰宅すると、奥からゲゲ郎が出てきた。
「おかえり水木、今日もつかれた顔をしておるな」
のんきな顔をして出迎えてくれて、水木の胸はきゅんと高鳴った。出迎えてくれる人がいるというのはなんて嬉しいものだろう。それが好きな男であるならなおさらである。一緒に暮らしてよかったと心底思いながら、水木は靴を脱いだ。
「ああ。納期が迫ってて切羽詰まってるんだ」
そう言いながらスーツのジャケットを脱ぐ。居間にいくと、ちゃぶ台の上には二人分の食事が用意されていた。味噌汁を温め直してくれているゲゲ郎に向かって声をかける。
「鬼太郎は?」
「妖怪ポストの仕事じゃ」
「忙しいんだな」
一緒に暮らし始めて知ったのだが、鬼太郎はなかなかの頻度で家を留守にしている。妖怪ポストの依頼は毎日のように舞い込んでくるらしく、ほとんど家には帰ってこない。ゲゲゲの森で寝泊まりすることの方が多いらしい。
「鬼太郎は水木に似て、真面目な働き者じゃ」
ゲゲ郎はそう言いながら茶碗に白米を盛ってくれた。
「いただきます」
手を合わせて箸を持つ。向かいではゲゲ郎が同じように手を合わせていた。味噌汁と白米、昨日水木が買ってきていた惣菜の残りと焼いた魚という簡単な料理でも、二人で食べると美味しく感じる。
「うまいな」
「そうじゃのう」
水木がそう言うと、ゲゲ郎はにこにこと相槌をうってくれた。この笑顔が見られるだけで仕事の疲れなんて吹き飛んでしまう。まるで本当の夫婦になったようだと、水木は幸せな気分に浸りながら食事を平らげた。