河童の皿箱
2024-09-22 09:38:19
2116文字
Public 遊戯王:短め(2024年度)
 

柱の傷

ラゼンと蛟龍と柱の傷の話

 そう遠くはない、昔々のとある山奥に、小屋が2つ建っておりました。片方は生活するための母屋、もう片方は格闘技を練習するための道場。この道場には1人の師がふたりの弟子をとっており、自然の中に渦を巻く流れを掴みとる技を教えておりました。
 師は2人の弟子を、その物心がつく前から世話をしておりました。とはいえ、兄弟子の方がほんの少しだけ年上。その体が大きくなるにつれて、小さな小さな弟弟子を背負わせたり、連れて街まで出かけさせたりと、なんやかんやで世話をさせることもありました。
 しかし、格闘を学んでいるからか、それとも元の気質からか、或いは男の子の定めなのか。兄弟子と弟弟子は大きくなるにつれて、何でもかんでも競うようになりました。街から道場までどちらが先に帰れるのか。どちらがどれだけ重い水を汲んで、どちらが多くの獣を仕留められるのか。どちらが多くの薪を割れるのか……。そんな競争、或いは切磋琢磨を眺めては、師は弟子たちを道場の入り口の柱の前に立たせては、その頭頂と同じ高さに、柱へ傷をひとつ、つけました。毎年毎年つけるそれも、当然弟子たちにとっては競争のひとつ。どうしても追い越したい弟弟子は背伸びをして。けれど負けじと、兄弟子も背伸びをして。「これこれ、それじゃあ記録にならんじゃろうが」。師は2人を投げ飛ばすのはこれ以上なく得意であったが、火のついたふたりを宥めるのには、それはそれは苦労をしたとか。

 ある年を越えれば、人は突然大きくなる。柱につけられたふたつの傷の差もみるみるうちに開いては、あっという間に追いついていく。けれど、そんな折に、師は倒れてしまいました。命の火が病魔によって、吹き消されようとしていたのです。けれど師は、それも受け入れました。「もう十分、長く生きさせてもらったわい」。卓越した仙人のような老人は、口ではそういえども、ほんの僅か、心の奥底では、惜しんでいるものもありました。されど、どれだけ惜しもうが、これこそが自然の摂理だと、目を閉じました。



 それから、弟子たちが大人になったある日のこと。弟弟子は幼きを過ごした山奥の小屋へとやってきました。麓の者が師に世話になったと言って、手入れの行き届いた小屋と道場はあの頃のまま。母屋の裏手に建てられた師の墓を磨き、花を供えて、手を合わせていれば、そこにまた誰かがやってきました。弟弟子が振り返れば、そこには当てもなく彷徨い続ける兄弟子が、珍しくここへ帰ってきておりました。
 すっかり大きくなったふたり。兄弟子はその身を龍帝に捧げ、弟弟子は闘神の魂を携えて。全く違う道を選んでおりました。互いに思うこともなくはないけれど、まあ息災なら問題ないだろう。会話と呼べるような、呼べないような。僅かな言葉を交わしては、墓前に手向けました。

 それからまたしばらく経って、ふたりは道場へと足を向けた。ガラリと開けば、ふたりの目に飛び込んできたのは、柱の傷でありました。どちらともなく傷に歩み寄っては、しゃがんで1番低い位置についたそれを、撫でました。「なあ、これ、どっちがどっちだった?」弟弟子が尋ねれば、兄弟子が答える。「こっちが俺で、そっちがお前のだろ」。弟弟子は頷いて「ああ」、と。
 ふたりは幼い頃の自分達の大きさを、ひとつひとつ確かめていく。やはり、先に産まれただけあって、兄弟子の方がずっと大きかった。けれどある年を境にぐんぐんと差が縮んで行って。1番上に残された傷は、全く同じ高さ。2人は顔を見合わせました。そして徐に、柱の前に立ちました。
 それでもまだ、兄弟子の方が明らかに大きい。ぐぬぬと弟弟子が悔しがっては、兄弟子は胸を張って弟弟子を煽り。けれど、弟弟子はふと、兄弟子の足元を見ました。そうだ、兄弟子は、すごく踵が上がる靴を履いている。弟弟子は訴えた。「おい、その靴は流石にズルだろ。靴脱いでもう1回だ」、と。兄弟子はぐぬぬと靴を脱ぎ、言い出しっぺの弟弟子もまた靴を脱いで柱の前に立てば、今度は弟弟子の方がなんとなく大きい。今度は弟弟子が胸を張っては、兄弟子を煽り。けれど、兄弟子はチラリと弟弟子の頭を見た。髪を逆立て、頭頂がどこか微妙にわからない。そうだ、弟弟子は、髪を上の方に盛っている。兄弟子は訴えた。「おい、その髪だと頭頂がわからないだろう。髪を下ろせ、もう1回だ」。弟弟子はぐぬぬと髪を崩し、また柱の前に立ちました。
 けれど、測れど測れど、どっちが上かわからない。「俺のほうが上だろ」、「いいや、俺だろ」。負けず嫌いなふたりは、お互いに決して、決して自分の負けを認めようとはしませんでした。そう言い合ううちにどんどん加熱していって、「だったら闘って確かめようじゃねぇか!」、「ああ受けて立ってやろう!」、と。裸足で道場に駆け上がって、武器も持たないまま、燃え盛る魂と、視線で散らす火花とがぶつかり合っては、拳を交わす。それだけが、ふたりにとって唯一の、白黒つける手段でありました。

 開け放たれた道場の扉から、ひゅうと一陣の風が吹き込んでは、闘うふたりの勝負と競争の行方を、渦を巻いて見守っておりました。