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景生
2072文字
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花足
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怨煙
※花→足→堂 ※花村成人後設定
生き写しの夢を見る。同じ瞳を向けられる羨望の夢。朧げな景色が晴れると朝になる。何もかもが幻で、瞳を閉じて足掻いても、そこに彼は居なかった。耳に鳴り響く時計を止めると、散乱する部屋に静寂が渡る。息苦しかった。
窓を開けて、机の上の煙草を手に取る。無造作に転がったライターを手に取って着火の目前。家の呼び鈴で不意に手が止まった。予定にもない早朝の訪問者に怪訝な表情を浮かべながら、花村はライターのホイールを指で回す。
──不発。もう一度回す。回す。またしても不発。
再度鳴らされた呼び鈴に舌打ちを溢し、ライターを放り投げると煙草を咥えたまま玄関へ向かった。
鍵を開けて乱暴に扉を開ける。扉向こうの相手がその勢いに後退るのが見えた。訪問者の顔が目に入った途端、花村が煙草に歯を食い込ませる。じろりと向かい合えば、穏やかな目尻の皺を携えた、澄んだ瞳と交差した。
「
……
どうしたんすか、堂島さん」
色の無い退廃の双眸が、やって来た堂島を出迎える。
堂島は瞬きを幾度か落とすと、その薄い唇を開いた。
「朝から済まんな、花村くん。足立と連絡が付かないもんで、悠からここに居るかもしれないと聞いたんだが──」
そう言いながら、堂島は花村の背後に広がる景色を目に映す。仕事柄の慧眼が無意識に働いているようだった。
花村は不躾な視線に気付きながらも意に介さない。
「さあ。昨日の夜までは居ましたけどね。朝になったら消えてましたよ。いつものことだけど」
花村の言葉に、堂島はそうか、と曇りを浮かべた。
「どこかへ行くとは、言っていなかったか」
「どうすかね」花村は唇で煙草を弄ぶ。「あ、何なら、部屋ん中、調べていきます? ほら、行方を探すのに、次の居所の痕跡とかあるかもしれないですよ」
閃いたとばかりに花村は中途半端に開いていた扉を開け切ると、道を譲るように玄関の白い壁にもたれて立った。首を傾げながら隈の滲んだ目元を細めて「どうぞ」と招く。
「調査なら、お手の物でしょう。気にせずとも、どこでも調べてくださいよ。ああ、あそことか良いんじゃないっすかね。あの人、よくそこに居るから。ほら、ベッドの中」
平然と口にした。促した目付きが害心に膨らむのを、堂島は見逃さない。彼の腹の内にある蠢くものが、抑えられずに滲み出てくる。敵意や悪意、嘲笑。期待と鬱憤。そして妬心。折り合いの付かない感情が揺らぎ、せめぎ合っている。けれど本人には自覚が無いのか、花村は停滞する無気力な態度を示し続けていた。
堂島は彼を見据えてから、首を横に振った。
「遠慮しておくよ、花村くん」
「
……
そっすか」
花村は彷徨う喜怒哀楽を一瞬にして捨てて、無関心に返事する。堂島も顔色一つ変えない。
これ以上ここに居ても無駄だろうと思ったのか、堂島は息を吐くと、外へ開かれた扉へ手を掛けた。
「邪魔したな」
そう言って家主の代わりに閉めようとする。
「あ、ちょい。待って」帰ろうとする堂島を花村が止める。口元の煙草を指で挟んだ。「火、無いすか」
切れちゃって、と上目遣いを向ける。あどけないような表情を浮かべているのに、以前の面影は見当たらない。
甥と一緒に過ごしていた昔の彼を思い出しながら、堂島は懐のライターを取り出した。渡さずに、蓋を開けて顎で来いと促す。すんませんね、と花村が顔を寄せた。
昇った火が、二人の男を照らして影を色濃くする。炎の揺らめきを目にしながら、瞬き一つの後、花村が堂島を、そっと覗き見た。そこには真っ当に、懸命に、正義を志して生きてきた男の顔がある。道を踏み外さず、家庭を築き、妻に先立たれたが子に恵まれた父親の顔。この眩しいくらいの真人間の面を被れば、あの男は自分の元から消えることはないのだろうか。ならばこの皮を剥いでやれば良いのだろうか。
堂島の皮膚にぴりぴりとした気配が張り詰める。視線の先を辿れば、そこには、寒々しい、凍るような冷たい牽制の瞳が、ぼうっと浮かんでいた。
──煙草に火が移る。花村が口の中に煙を溜め込み、煙草を口から離すと、それを肺に巡らせた。ぐるぐると、ぐるぐると。螺旋に描く。腹底に溜まる憎悪に混じった渦は、ふーっと、堂島の顔に吐き出された。
「どーも」
小首を傾げて、花村がにこりと微笑んだ。煙を浴びた堂島は、何も言わずに花村を見続けている。何を考えているのか、花村にはまだ計り知れない。それがとても癪に触る。
彼は人の悪意に慣れている。感情の扱いに長けている。
厄介な相手だと、花村は苦笑した。
「まだ何かあるんすか」
「
……
いいや」
堂島は動揺一つ浮かべずに、踵を返す。
去り行く背中を眺めながら、花村はまた笑う。煙草が零れ落ち、床に落ちたそれを──踏み躙った。
同じ星霜を得ようとも、決して辿り着けない遠い人。
山のような背中が語り掛けてきていた。お前はまだ、麓にすら足を踏み入れていない、臆病者だと。
「あーあ、畜生
……
」
負け犬の遠吠えが、部屋の壁に染み込んだ。
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