溶けかけ。
2024-09-21 19:46:47
2033文字
Public ほぼ日刊
 

もう一度、君と。

うぇぶぼよりリクエスト頂きました、
『現パロで何度も生まれ変わるフリーナに恋をするヌヴィレットが離別の苦痛に耐えられなくなり、フリーナを呪ったが、精神が耐えられず人形のようになり、自らフリーナの記憶を消して、また生まれ変わったフリーナと恋に落ちる話』です。
最後だけ現パロです。


「私と同じ時間を生きてほしい」

 私の言葉に頷いた彼女はどんな顔をしていただろうか。



「おはよう、フリーナ殿。今日は天気が良いから日光浴でもしてみよう」

 窓辺に座る少女に話し掛ける。少女は瞬き一つせず、虚空を見つめている。いつものことだ、とヌヴィレットは彼女の服に手をかけて、緻密な彫刻のされた釦を一つ一つ外していく。
 彼女とは数百年の仲だ。今更、恥ずかしがることなどなかった。ヌヴィレットはフリーナの寝間着を手際よく脱がせると、外行き用のワンピースへと着替えさせた。髪を編み込み、メイクも施すと、椅子から車椅子へと乗せる。

「さあ、行こうか」

 返事はない。
 彼女はずっと、気の遠くなるほど前に壊れてしまっているからだ。



 ヌヴィレットは今のフリーナに出会うまで、幾度もフリーナと別れを重ねてきた。最初のフリーナとの約束で自身と同じ時間を歩むことは出来なかったのだ。それは、ヌヴィレットも賛同してたことだった。
 だが、ある時、✕✕人目のフリーナとの別れの日、ヌヴィレットの中で何かが壊れた。孤独は龍を狂わせ、次のフリーナに彼は「共に生きてほしい」と縋ったのだ。幸か不幸か、フリーナは彼の言葉に頷いた。

 それが悪夢の始まりとも知らずに。

 始めは順調だった。二人は蜜月を過ごし、百年、また百年と年月を重ねていった。そうして五百年が過ぎ、六百年に差し掛かった頃、フリーナの様子がおかしくなっていった。何もないところで話し掛けることが増え、笑うことがなくなった。ヌヴィレットは心を尽くして彼女を看病したが、時、既に遅し。
 彼は忘れていた、いや、理解していなかったという方が正しいかもしれない。
 普通の人間の精神は悠久に近い時を生きるヌヴィレットとは根本的に相容れないものだと――。寧ろ、六百年も保ったフリーナが異常であったと言えるだろう。
 そして七百年が過ぎる頃、彼女は完全に物言わぬ人形となり、こうして彼は今日も人形遊びに興じている。



「フリーナ殿。私の我儘に付き合わせてしまって悪かった」

 その日の夜。ヌヴィレットは月光の差し込む一室でフリーナを抱きしめた。華奢な体は温かく、血が通っているのが良く分かった。胸に耳を押し当てれば、時をゆっくりと刻む鼓動がヌヴィレットの耳を打つ。
 ――彼女は生きている。ただ、心がヌヴィレットの手の届かない遠くにあるだけで。
 彼女を永らく蝕んできた呪いを解く。抱き締めていた体は時計の針を早回ししたかのように老化が進み、遂には枯れ木のようになり、力なくヌヴィレットの腕に凭れかかった。心臓の鼓動は止まり、体温は急速に失われていった。
 彼は冷え切った細首に牙を突き立てる。龍の間でも廃れた風習――夭逝した族の血を啜ることで、いつの日か、逝去した族人の復活を知るために。フリーナは族人でもなければ、龍でもないが――全ての生命は原海から生まれ出づる。広義的に見れば、彼女も原海に属する者だ、と自身を説得する。
 口の中に広がる鉄の味に何度も吐き気が込み上げようと、ヌヴィレットはフリーナの血を嚥下し続けた。
 最後の一滴まで飲み干し、華奢な体を抱き上げる。濃い血の匂いが鼻を突き、目の前がくらくらとした。口元を袖で拭い、青白い月に負けないくらい白くなった顔に化粧を施す。
 死に装束には、生前好んで着ていた白いネグリジェを選んだ――彼女が安らかに眠れるようにと想いを込めて。

「おやすみ、フリーナ殿……良い夢を」

 花の香りが詰まった箱に骸を納める。枕元には一番星ルエトワールを置いたら蓋を閉め、泥水も染み込まないほど深くへと埋める。
 ヌヴィレットは自身の額に手を当てる。彼女への愛という名の執着を終わらせるために。フリーナとの記憶が脳裏に浮かんでは泡が弾けるように消えていく。別れを惜しむことはしない。新たな執着にしかならないからだ。



「ヌヴィレット、どうしたんだい?」

 麦わら帽子を被り、白いワンピースを着た少女がヌヴィレットに笑いかけた。その笑顔に惹かれるようにして少女を抱き寄せる。

「うわっ……!? ……そんな顔をしなくても僕はいなくならないよ」

 少女――フリーナがヌヴィレットの広い背に腕を回す。小さな手が頭を撫でた。その温もりに安堵する。温かい、生きている――先程の白昼夢がなんであったのか、ヌヴィレットには分からない。彼女の好きな歌劇の一幕のことかもしれないし、今まで読んできた物語の一つだったのかもしれない。
 柔らかな身体を抱きしめる腕に力を込めれば甘やかだが清涼な花の香りが鼻腔を擽った。
 彼女がここにいる――それだけで満たされた気がした。

「ほら、映画に遅れるよ?」

 フリーナの鞄の中から電子端末が音を発する。ヌヴィレットが突然の乱入者に憮然とした顔をすればフリーナが声を立てて笑った。