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kaede
2024-09-21 12:58:28
4575文字
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一彩くんに嫌われたと思って別れを切り出す燐音くんのはなし
燐一
なんと最後まで燐一たっぷりです!!
薄々は、気づいていた。
気のせいだ、と見ない振りをしていただけで。
俺と一彩は端的に言うなら恋人同士、身も蓋もない言い方をするなら、現代社会の倫理に反する道を選んだ兄弟だ。その事実を忘れたことは一秒たりともないが、好きなものは好きなんだからどうしようもない。とはいえ、俺だってさすがにそれなりには常識人だ。こんな身勝手な感情に弟を巻き込む気なんてさらさらなかった。が、運命の神様ってやつは気まぐれなもんだ。なんと愛する弟を俺に与えてくれたんだからよ。
まさか俺の、世間的には異常な思いに弟が等しく応えてくれるなんて、夢には見ても期待なんてまるでしてなかった俺にとっては、突然降って湧いた幸運みたいなもんだ。
だから、その幸運が逃げていかねェよう俺なりに努力はしてたつもりだった。
神様の気まぐれにちっぽけな人間ごときが抗えるわけねェ、ってわかってても、それでも。
「
……
嫌なのか?」
隣に座る一彩の腰に回した手を解きながら、とうとう、それを口にしてしまった俺に、一彩は黙ってうつむいたままだった。俺を見ようとしない。
もしかしたら、言われていることの意味がわかってなくて、答えられないのかもしれない。
そんなわけねェんだが。
この子は、わからないならわからないと、はっきり言う。どういう意味なのか、と空気をぶち壊すこともいとわず訊いてくる。
なのにそれをしないと言うことは、つまり、そういうことだ。
それでも、万が一ということもある
……
というより多分俺がそうであってほしくて。
「俺に触られるのが嫌なのか?」
はっきりと具体的に尋ねて、それでも答えなかった一彩を見て、ああやっぱりそうなんだな、と思った。自分で足元に大穴を開けた割に、妙に冷静に。
薄々は気づいていた。気のせいだ、と見ない振りをしていただけで。
一彩は、俺に触られることに抵抗感を持っている。
あからさまに拒みはしないが、俺と接触する時間をできる限り短く済ませようとしている気配は、気のせいで片付けるにはあまりにも生々しかった。
言葉にはしがたい些細な変化くらい、わかる。俺たちはこれから先何があろうと、死んだ後ですら、兄弟なのだから。
以前は俺に触れられても、キスすら嬉しそうに受け入れてくれていたのに、それができなくなった、ということはつまり、原因や要因が何であれ行き着く先は一つしかない。
「
……
わかった。もう、触らない。秘密の関係も、今ここで終わりにする。今まで俺の我儘に付き合ってくれて、ありがとな」
つい頭を撫でようとした手を、静かに引き留める。それが純粋に兄としての癖だとしても、少なくとも今は一彩に触れていい場面じゃない。
少しは皮肉やら恨み言やらの一つや二つは出るかと思っていたのに、俺の口から出たのは自分でも笑っちまうほど綺麗な感謝の言葉だった。びっくりした。
でもそれが、嘘偽りない、俺の本当の気持ちなんだと思うと、誇らしい。俺の一彩への愛は最後まで美しいものだったんだ、と胸を張ったまま終われるのだから。
ありがとな、一彩。
顔を上げた一彩は、不安げに俺を見つめた。
「どうして?」
うん。そうだよな。どうして
……
「
……
は? どうして?」
「それは僕の台詞だよ、兄さん」
「いや、そうじゃなくてよ」
待て待て怒るんじゃねェよ、一旦頭ン中を整理するから。
……
今、『どうして?』っつったんだよな?
……
。
何がだよ。
「何が『どうして』なンだよ。つか、なんでそんな、ショックです、っつー顔してんだよ」
ショックなのは俺の方だっつの。
「兄さんが、これきりみたいなことを言うから」
「はァ? おめェが言い出したンだろ」
「僕は何も言ってないよ。兄さんが勝手に僕の心情を捏造しただけだ」
「言ったようなもんだろ」
「言ってない!」
いくらか感情的に言葉をぶつけた一彩が俺に、しがみつく。まるで、どこにも行くな、離すもんか、と拗ねる駄々っ子みたいに。
昔は理屈っぽいことばかり言っていた弟のこういう、感情に素直なところを見られるのは嬉しい。かわいいしな。
ていうか、俺に触られるのは嫌なのに、自分から触るのはオッケーなのかよ。そりゃいくらなんでも勝手すぎねェか?
……
ん?
ってことは別に、俺に愛想が尽きたとか、他に好きなやつができたとか、今になって倫理的なことを考え始めたとか、そういうわけじゃねェのか?
んん〜?
ん〜?
なるほど
……
?
「
……
なァ、一彩」
「何かな? 兄さん」
むにっと唇尖らせちゃってよォ
……
おめェそれで凄んでるつもりか? かわいすぎンだろ。
いやいや今はそれじゃなくてよ。
「お兄ちゃんに勝手な憶測で心情を決めつけられたくないならよ、ちゃんとわかるように説明しろ」
「む
……
」
「お兄ちゃん、なァンも間違ったこと言ってねェよな?」
「ウム
……
それは、その通りだよ」
俺から逃げるように、一彩が目を伏せる。俺の言い分が正しい、つまりきちんと説明しなかった自分が悪いと判断した、自覚したからだろう。
「じゃあ、教えてくれるか?」
さっきは止めた手を、今度は逆らうことなく一彩の頭に乗せて、ぽんぽん撫でる。
一彩は嫌がらなかった。
嫌がらないどころか、俺に縋り付く
……
というよりは猫みたいにすりすり甘えてきて、こんな一彩を見てもまだ、これは俺を騙くらかすための演技だ、とか捻くれた方向に考えるようなネガティブな人間じゃなくてよかった。
「
……
にいさん」
「ん?」
「笑わない?」
「笑わねェよ」
「呆れない?」
「呆れない」
「
……
好き」
「おう」
唐突だな。お兄ちゃん、ちょっとドキッとしちゃったぞ。
でも、嫌われてなかったんだな。さすがにもうわかってたけどな。でも、やっぱり言葉は偉大だな。
お前の口からそれを聞いて、マジでホッとした。
「
……
その、兄さんに触られるとね」
無理矢理だったのか、言葉にするのに手間取っているのか、もしくはそのどちらもなのかもしれない。一彩が、のろのろと語り出す。
「嬉しいのに、変に心臓がドキドキして、頭がぼうっとする時があって
……
」
「うん」
「それで、ひどい時は
……
ひどい、という言葉もちょっと違うように思うけど、とにかく症状としての深刻さみたいなものとして捉えてほしいんだけど、その
……
」
訝しむ
……
というより不安げに俺を見つめる一彩に、もう一度、言う。
「笑わないから」
欲しかった言葉を与えられた一彩は、それでようやく、踏ん切りがついたらしい。おずおず、って一彩には珍しいオノマトペをくっつけながら口を開いた。
「
……
お、お腹の奥がきゅうっとなって、このままじゃ自分が変になるって気持ちがとにかく強くなって、だから、そういう意味で、兄さんに触られると困るというだけで、決して嫌というわけではなくて
……
わかってもらえただろうか」
「お、おう
……
」
「
……
兄さん」
そんな顔すんなよ。
「笑わない、って約束したよね」
「いや、お前、これは仕方ねェだろ」
にらむなよ。
だってよ、つまりそれって、そういうことだろ。
嫌いどころか。
「お前のことを笑ったんじゃなくて、俺がやば
……
嬉しくて笑ってンだよ」
「嬉しい?」
「お前に嫌われたと思ってたら、全然逆だったんだからよ」
「
……
っ、ぼく、が、兄さんを嫌いになるなんて、ありえないよ」
さりげなく腰に回した腕に、一彩はびくりと身体を跳ねさせたが、そんな抵抗、じきに溶けてなくなる。いや、一彩の心を育てる糧になる。
ていうか、せっかく一彩に芽生えた欲をみすみす見逃すなんてこと、俺がするわけねェだろ。
もちろん、急くつもりもないけどよ。
こういうのは慌てずゆっくり、少ぉしずつ水を与えて、気長にじっくり育てるもんだ。そうすりゃいずれ、一彩の方からもっともっとと欲しがるようになる。
「そんなの、言ってくれねェとわかんねェだろ」
腰の手を背中に置き直して、昔よくしてやったみたいにぽんぽんとあやすように叩くと、安心したんだろう。一彩は自分から、俺との距離を詰めた。俺の胸にもたれかかって、ころころと楽しそうに笑う。
「確かに、僕がきちんと言わなかったから兄さんが憶測で話を進めてしまったわけだし。兄さんは賢いのに、たまに馬鹿だよね」
おめェに言われたくはねェよ。
でもまァ、今の俺は気分がいいからな。その程度の失礼は軽く流してやンよ。
っつーわけで、運命の神様、あんたは用済みだ。あとはこっちでよろしくやらせてもらうわ。
まァ、予想外のことが起きた時だけ都合よくでっち上げてるだけの、いもしない神様に人生を左右させるなんて、俺らしくねェしな。
「キスしてもいいか?」
「え?」
「嫌ならしねェ」
「嫌、というわけではないよ。少し困るだけで」
そこはニュアンスで適当に流せよ。めんどくせェ子だな。
まァ、そういう生真面目なところもかわいいンだけどな。
「じゃあ、困るならしねェ」
律儀に言い直した俺に、一彩はうっすら頬を赤らめて、小声でささやいた。
「
……
少し、だけなら」
少しって、一般論に見せかけた主観で俺に丸投げしていいのかよ。俺の『少し』が、お前にとっての『たくさん』だったらどうすんだ。
と思いはしたが、常識的に前後の文脈で大体量は把握できるし、何よりここで欲張るのは悪手だ。そんなことは当然わかっていたから、衝撃に耐えるみたいにぎゅっと目をつむるかわいい一彩にかぶりつきたくなるのを我慢して、挨拶程度の軽いキスをする。
すると一彩が目をぱちぱち瞬かせて、驚いています、の模範回答みたいな仕草をした。
「
……
え?」
「ンだよ。この程度でもダメか?」
「そうじゃなくて
……
」
気まずそうに目を泳がせた一彩は、察してほしい、とばかりに何度も俺を見る。だが、俺がこれ以上は何もする気がないことを悟ったらしい。首を軽く傾げて、俺の服をきゅっと掴む、なんてえらくかわいらしいことをしながら、いつの間にか真っ赤になっていた顔を隠しもせずに、言った。
「もっと、いつもみたいに、してほしいよ」
……
触られると困るんじゃなかったのかよ。
一彩の成長に合わせて、ゆっくりじっくり、時間をかけて育てるつもりで、手始めにキスで様子見しようって思っただけだったんだけどよ。いやもちろん、ただ俺がしたかったってのもあるけどよ。
そんな、もっともっとって顔されたら、調子に乗っちまうだろ。
「にいさん
……
もう少しだけ
……
駄目だろうか」
おいおいそんなとろっとろにとろけた顔で見つめるんじゃねェよ。
この様子じゃ、俺がせっせと努力しなくても、今に自力でとびっきりエロ
……
魅力的な花を咲かせるんじゃねェか? 一彩のやつ。
っていう予想が、実はそう遠くない未来に当たるわけなんだけどよ。つい、『少し』を少し多めにしちまってさすがにこれ以上は駄目だ無理だと一彩に涙目で怒られて、自分の馬鹿さ加減に我ながら呆れて、ちっと落ち込んじまったりもした今の俺には当然、知る由もなかったとさ。
めでたしめでたし。
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