しゃどやま
2024-09-20 18:26:15
4246文字
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高塔チャレンジクッキング

雨竜くんと戴天さんがカップ焼きそば作りに挑戦する、オチもツッコミもない話


 北欧風の食器棚と、広々としたアイランドキッチン。清潔な明るいキッチンスタジオで、二人がカメラに向かって挨拶をする。
「高塔チャレンジクッキングのお時間です」
「この番組では、僕たち兄弟が様々なことに挑戦します」
 にこやかに微笑む戴天と、少し緊張した面持ちの雨竜が、エプロンをかけて一礼をした。顔を上げた戴天は不思議そうに首をかしげる。
「チャレンジはどれも日常に根ざした物事ですから、そうそう失敗することもないとは思うのですが……
「そうですよね……僕はまだまだ至らないこともありますが、兄さん、社長は社会人経験が豊富ですし……
 言い直した雨竜に、戴天は緩く首を左右に振る。
「今日は兄弟としてのオファーなので兄さんで構いませんよ」
「はい。よろしくお願いします、兄さん」
「よろしくお願いします、雨竜くん」
 頷いた雨竜は、大理石の天板の上に置かれた銀の覆いに手をかける。戴天は手の平を向けて、カメラに寄らせた。
「閑話休題。本日のチャレンジは、こちら」
 四角い、文字の沢山書かれた箱が置かれている。大きなロゴには「ニジング BIG!」と記されていた。
「カップ焼きそばです。僕たちが、カップ焼きそばを完成させます」
「虹顔市で最も売れている、老舗のインスタント食品ですね。海外でも展開しているとか」
「さすが兄さん、お詳しいのですね」
 きらきらと目を輝かせ、尊敬を顔に出す雨竜。微笑んだ戴天は、再びカップ焼きそばに目を落とす。
……さて」
……えっと」
 二人の間を沈黙が通った。どちらも手を出さず、警戒心の強い猫のように眺め続ける。
 カップ焼きそばを作ったことがないのが浮き彫りだった。
 戴天がふうと息を吐き、手を伸ばす。
「まずは説明書きを読みましょう。売れている製品ならば、老若男女にわかりやすく書かれているはずです」
「は、はい!」
 パッケージに目を通す戴天は、ぽつぽつと呟く。
「お湯の目安量は480ミリリットル……
「お湯は魔法瓶に準備してあります」
「AからBまでを剥がし、ソース、かやく、ふりかけを取り出す……
「火薬ですか?」
「かやくと書いてありますね……
 雨竜は、きりりと眉を吊り上げた。兄と箱の間に手を差し込んでさえぎる。
……兄さん、下がってください。ここは僕が」
「落ち着きなさい、雨竜くん。この製品は信頼できる筋から直接入手したもの。危険性はありません」
「しかし……
「検査もしてあります。爆発することはないでしょう」
……わかりました」
 渋々頷いた雨竜は、手を下ろす。けれど疑わしい視点で番組プロデューサーのほうを睨んだ。
「かやくを麺の上にあけ、内側の線までお湯をかける……ここで湿気るのですね。問題ないでしょう」
「よかった……
 雨竜を安心させるため、戴天は工程の書かれた文章を見せつける。安心した様子で、雨竜はエプロンの胸を撫で下ろす。
「フタをし、三分待つ。Cの湯切り口をゆっくり剥がし、カップの角を持ちながらゆっくりと傾けお湯を捨てる。なるほど、この容器がザルの代わりにもなるのですね。利便性に優れている」
「へぇ……工夫されているんですね」
「フタを全て剥がし、ソースをよく混ぜ合わせ、ふりかけをかける。これで完成だそうです」
「なるほど。結構工程が多いですね」
 口元に手をやり考え込む雨竜。戴天は頷き、箱の裏側や側面を眺める。
「料理に比べれば少ない、ということなのでしょうか。百聞は一見にしかず、やってみましょう」

 戴天はパッケージのフィルムを剥がし、上蓋に手をかける。中には小袋と、硬い揚げ麺が入っていた。Bと書かれたラインまで、ゆっくりと開封する。
「まず、ここまで……開けます。おや、直に麺が入っているのですね」
「大丈夫でしょうか? 衛生とか……
「エコロジーの観点からも、包装カットは関心が高まっていますから……問題意識の高い企業なのでしょう」
 二人はなるほどと頷き合う。よりよい暮らしと、持続的な環境サイクルを目指すために重要なことだった。
「次に、小袋を全て取り出し……かやくを開封する」
……っ」
 戴天はぴり、と半透明の袋を破く。雨竜の顔が強張った。パラパラと麺の上にあけると、戴天は穏やかに言う。
「安心なさい、雨竜くん。どうやら乾燥させた野菜などのようです」
「火薬が……?」
「何かの方言なのかもしれません。まだまだ勉強することがありますね」
 ふう、と戴天も息を吐く。兄が緊張していない訳ではなかった事に気づき、雨竜は少し心を弾ませた。
「これを麺の上に開け、お湯をかけると」
「はい!」
 雨竜は即座に魔法瓶ポットを引き寄せる。ボタンを押し熱湯を注ぐと、湯気がもんわりと立ち上った。
「フタをするそうなのですが……
 戴天がきょろきょろと食器棚を見る。雨竜も釣られて引き出しを開けた。
「ええっと……フタはついていないですよね?」
「こちらの鍋のフタを使いましょう。少し大きいですが、十分蒸されるかと」
 置いてあった鍋からフタを外し、戴天がカップ焼きそばに被せる。ふた周りほど大きい鍋蓋が、困惑したようにカップ焼きそばを押さえた。
「さすが兄さん!」
「臨機応変。当意即妙を心がけていきましょう」
 誰も違和感を指摘しない。見守る番組スタッフたちは冷や汗をかいていた。
 気付かない二人は、手持ち無沙汰になった様子でテーブルに向かう。完成したカップ焼きそばをこちらで食べる手筈だ。
「三分か……その間にカトラリーを準備しますね」
「ありがとうございます。冷蔵庫に番組スタッフの準備した飲み物があるそうなので、私はそちらを」
「はい!」
 雨竜は皿を二枚と、箸を二膳。取り分け用のトングを準備する。戴天は冷蔵庫から取り出したペットボトルをタオルで拭い、テーブルに置いた。雨竜はちらりと確認し、不思議そうに首をかしげる。
「コーラ、ですね」
「知っていますよ」
「ええ、あの、よく友人が飲んでいるのをみかけます」
……カクテルにも使われますし、飲んだことはあると思うのですが……どうにも縁が薄いですね」
 戴天は眉をひそめる。不安げな様子に、雨竜は小走りで食器棚に駆け寄った。
「グラスを持ってきました」
「助かります。少し飲んでみましょうか」
「はい」
 グラスに、黒い炭酸ジュースを一口だけ注ぐ。二人はゆっくりと舌の上で味わった。
……ビリビリしますね。カラメルのような濃い甘さが強い……
「でも、なんだかこの香りは懐かしいような気もします」
……そうですか。さて、そろそろ三分。次の工程の準備をしましょう」
「はい!」
 戴天は鍋フタを外し、注ぎ口と書かれた角を指先でかりかりと掻く。端がぺろりと捲れた。
「次の工程は……湯を捨てる。なるほど、この注ぎ口は湯気で剥がれやすくなっているのですか。工夫されています」
「兄さん、どうぞ気を付けて」
「油断大敵ですね……
 中身は、三分経ったとはいえ熱い湯である。零してはならない緊張が二人に走った。
 戴天はシンクに立ち、ゆっくりとカップ焼きそばを傾ける。湯気とともに、湯がちょろちょろと流れ出した。緊迫して見守る二人。
 ――突如、金属を殴打するような音が響いた。
「っ!」
「兄さんっ!」
 雨竜が戴天にしがみつく。音から庇うように抱きしめるが、それきり何も起こらない。取り落としかけた焼きそばのカップを戴天は掴み直す。青い表情で、戴天は雨竜に応えた。
……大丈夫です。どうやら、シンクが熱で変形し音を立てたようで……
「よかった……
「麺もこぼれていません。湯を捨てるのはこれで十分でしょう」
「はい」
 雨竜は照れを隠すようにそっけなく言い、戴天から離れた。

 フタを全て剥がした戴天は、雨竜に菜箸を頼み、麺をかき混ぜる。その横から雨竜がソースをかけていく。
「兄弟の共同作業、いいものですね」
「は、はい。いい香りがしています」
「なかなか刺激的です」
 二人でみるみる茶褐色に変わっていく麺を覗き込む。焼きそばらしい見た目になっていく。
 青のりとごまの入ったふりかけをかけ、焼きそばは完成した。
「完成しました……!」
 雨竜が感慨深く言う。戴天も静かに拍手をした。カメラマンが寄り、きちんと完成品を撮影した。
「それでは、皿によそって食べましょう」
「はい!」
 テーブルに運ばれていくカップ焼きそば。
 直にカップから食べられることはなかった。

 トングで盛り付けられた二皿のカップ焼きそばを前に、雨竜が微笑む。
「何も難しいところはありませんでしたね」
「ええ。敵を知り、己を知れば百戦危うからず……どのような場でも落ち着くことが大切ですね」
「わかりました」
 表情を引き締めた雨竜に、戴天は目を細める。礼儀正しく手を合わせて、二人は言う。
「それでは、いただきましょう」
「はい。いただきます……もぐ」
 雨竜は頬を膨らませる。戴天は本当に小さく一口を運ぶ。味わいながら目を閉じた。
……思ったより辛く、スパイスの香りが強いですね」
「そうですね。ソースの味がとっても濃いです」
「なるほど、コーラをペアリングに指定されたのはこの味に負けないため……双方の濃い味付けを引き立てるため」
「たしかに、相性がいいです」
 雨竜は兄の考察に頷きながらも、次の一口を運ぶ。少年らしい食欲を、焼きそばに発揮していた。戴天は眺めながら顎に手を添える。
……ふむ。若者には十分な支持を受けそうです」
「あ、はい。美味しいと思います」
「まだありますから、雨竜くん。たくさん食べなさい」
……ありがとうございます!」

 食事を終え、食器とカップ焼きそばのカップを洗い終えた二人は再びキッチンの前に立つ。まとめが番組的に必要だった。
「なかなか匂いが強い。はやく歯を磨きたいですね……
「食べるタイミングは選ぶかもしれません……
 困惑している戴天と、考え込む雨竜。気持ちを切り替え、戴天はカメラに向き直った。
「それでは、カメラの向こうの皆さまとお別れしましょう」
「はい。今回は見ていただき、誠にありがとうございました!」
「これからも高塔をよろしくお願いいたします」
 二人は小さく手を振る。撮影スタッフは、笑顔をしっかりと記録した。
 

〜完〜