akinoshiroihana
2024-09-20 10:02:35
2667文字
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むしけらども

名刺の小ネタ↓と繋がってそうですが繋がってませんです。あっちは割と末永く幸せなただの似たようなシチュで別件。
新ゲっぽいけどもうちょいまともそうな世界。なおアリンコ竜馬の近影ラストにあり〼ので虫注意



おう悪ィ、邪魔するぜえれえことなんだよ
夜更けだというのに、寝床まわりの「眠り」のもったりした気配をも纏わず、ドアを蹴り開け竜馬は顔を出した。言葉数が多いのは「そういう訪問ではない」と早々言外に告げるためでもあろうか、相手が「ちっ」と小さく舌打ちしたのは、あるいはそれをも含めてか。

「バイトがチョイしくったかも」
「そうか。」

いいから聞いてくれよ、カタカタカタカタやりながら聞くだけ聞いててくれよ
この水槽の中の鳴く虫のよ、バイトもらったんだよ。あのクソジジイは演歌でも講談でもねえ、こいつ聞いてなごむそうで、キャベツやらリンゴの皮やらカツオブシやらやって世話しとけって
なるほどそれで最近腐臭をまとわせてる。
おい。で、そうするとジジイが使わねえままだった昔の未開封の袋綴じくれるから、それを守衛サンに煙草と交換してもらって、なんならそれ食堂の婆ちゃんにやるとリョーリで使う鬼殺し1パックにもなんのよ、へへっこの研究所っぽい酒選んでやがんのな

金がほぼ機能していない施設内は、そんな旧時代化がしばしば起きた。

そしたらよ、さっき水槽の外になんか蠢いてる黒いのがいると思ったら、アリがどっかから行列してきやがってんの、そりゃもううっじゃうじゃ。殺虫剤撒くわけにもいかねえからそうそう追っかけてこないとこに置いとこうかと思ってよ
ったくしょうがねえな、など言っている彼に背を向けたまま相手は言う
「まだ生きている奴がいるのか」
「ああ?」
「アリなら食うぞ、他の虫」
「あ?何言ってやがんだよ」
「まあいいさ俺には関係ない」
「っかじゃねえの、んなこと理科の授業でも聞いた覚えねえっての」
がたん、と水槽が床に置かれる音と、おお痒いったらねえやとのひとりごと
「三割
 三割まだ生きてたら、研究所の買い付けに細工してにビール発注させてやるよ」
振り向きもしない男の乾いた声に、けっと顔をしかめ顎を突き出してもいた竜馬の顔がぱっと輝き、「言ったな!?」とやはりかすかに腐臭のする蓋を開ける、そして

「うわあああああ!?」

うわああああああ
なんだよこれ、どうして
透き通った箱庭に突然現れた黒い赤ん坊か小人、の、ようなもの
数えきれないほどのひしめくそれを抱えられるだけ抱えるようにして見えたあいつの腕がぽろりと落ちた。膝に乗るだけ乗せてやっているんだと思ったすらりと長い脚は、らしくない大股開きに見えた片方がざらざらという音と共に黒い流れの中に持っていかれた、次いでもう一本の脚、それに腕も。
掴んだと思ったもう一方の腕は嘘のように軽くて、その向こう黒いやつらに集られているあいつに手を伸ばすために、俺は襤褸切れみたいになって千切れていたあいつの腕を放り投げた。ざざざ、ばちばちというそれは黒いやつらの足音と咀嚼音だとわかってくる
『おい!  !』
達磨になったあいつは、細い胴から消化器官をはみ出させつつ、赤ん坊、が、いっぱい、とうっすら笑う
おまえにも、おれにも似た子がいる、と
しんじられない、みんな。この突然の終わりも、ガキなんか欲しかったのかよ本当は寂しがり屋だったのかよともああそういえばこいつは仲間になったやつらを決して捨てはしないんだ、先に死なれちまうだけでとも、俺達虫けらの腹の中にもちゃんと「何か」達とは違う内臓や神経があったのをこの目にするのも、こんなのはいやだと思うのも、思えているのも、全部
「  」
こいつはツガイじゃない「俺」を残してくれる者じゃない、産卵管なんぞ付いてない、なのにどうしてこいつがここでこうして終わるのがこんなにいやなのか本能のように俺の命に直結するほどいやなのか、何故にこれほど身体が煮えるのか、しょせん虫けらの俺が、だがそれは正しい怒りだと確信する
許さない許さない生きる生きてやる死なせない死なせるものか

燃える溢れる、噴き出すのは


こいつらよ、この場所は俺のモンだとかオンナに俺のものになれとかいう時にゃさんざん鳴くのによ、なんでこういう時はダンマリなのかね?からだじゅう食われてんのに悲鳴はあげねえのな
鳴いてるのかも知れないぞ、俺達の聴覚では聞こえない音域で
泣き喚いているのかもしれない

言いつつアリまみれになっている水槽から翅や脚の無くなった虫、頭ももげた虫の死体をボールペンの先でかき回し、男は生きている虫を探す。雌が卵を産み付けるための藁の束の上にいた雄を「こいつは生きてる」と摘まみ上げ、その個体が既に羽根も脚も失った別個体を抱きかかえているのに気付いて
「共食いかな」
こんなになっている時にいい度胸だ、じゃあお前が全部食ってやれよ、供養だ
などと言って、毟った葉の上にその二匹を置いた

「どうだそっちは」
「っそ、全滅だあ、バラバラ殺人事件になってら」
エゲツネエのな、アリンコってよ
「ニコンのコンテストでいい面構えの顕微鏡写真が撮られてるぞ、あいつら結構人間みたいなんだ、見るか」
「ヒエッ。……ちっくしょ、殺虫剤取ってくらぁ」


透き通った箱庭の外、いつか行こうと話した世界、今は二人の他誰もいない世界
終わったかな、俺もそろそろ終わるのかな
蟻酸に霞んでいた正気と痛みが戻って来た  は、かすれた声で呟く
わかんねえよ、本当に終わったんだか。全部夢じゃねえのかな
   を抱えたままの「リョウ」はまだぎりぎりと歯を食いしばりつつ目に涙を滲ませている。それは初めて目にした悪くない表情で、多分なんらかの「成長」、自分の知らない今一度の大切な「脱皮」を遂げたのだろうと   は思った、だからせめて言う

「じゃあ」

夢が覚めてしまう前にキスしておかないか?早く
かつて自分の何度目かの「脱皮」のあと、   が雄だと彼にも自分にもわかったときのように、「リョウ」は呆れたように   をぺたぺた撫で回して笑いながら泣きながら笑う


箱庭の中、それにその世界から遠く聞こえるなにかの声
ざまあみやがれおれたちのうえにいきなりふってきやがって、あの四角い世界、むしけらども
なんだったんだなんだったというのだ、ダビィーンからのものではない応答せよ応答せよ
……ッペラー応答せよ

彼等ちいさなものの宇宙においては、あまりに大きく活動的で悪食となっていた種の進軍に突如降りかかり、終わらせた四角い透明な災厄、550円の水槽

 さし、はやと、どこだあぁあああ!




白い霧がゆっくりと降りて来る。



(了)