半衿ときめき委員会活動…というには半衿の存在感が薄いのですが、出張る場面も一応…あります!伴侶なふたりです。どっちもそれなりに独占欲がある。無害なモブ妖怪と蹴散らされるモブ妖怪がいますが水には無風です。
妖怪の暮らしにも少し馴染み、あやかし相手の商いの店にひとりで顔を出すのを親友と養い子が許してくれるようになってしばらくが経つ。
この着物を着ていれば僕たちゆかりの者とわかるはずだから、と何枚か着物を贈られた。洋装の方が馴染みもあり動きやすいのだが、熱心に手をとられ、そう訴えられてはむげにもできなかった。そもそも着物を贈られる前から半衿を贈られていた。あの頃は自分で刺繍したと小さな手で差し出されて感激しかなかったものだが、こうして見ると小さい所から慣らされて大きかなものを贈られるようになったと言えなくもなく、もしそうだとしたら義息…今は少し関係性を上乗せした相手はなかなかの策士なのかもしれない。
見たところどれも普通の着物と大差ないように見えたものだが、妖怪が見ればわかることもあるのだろう。水木は早々にそのように納得していた。
今日はその中でも落ち着いた佇まいの二藍色の着物を選んだ。浴衣ならまだしも正式な和装となると水木も最初は若干手こずらないでもなかったが、今ではすっかり慣れたものだ。営業職の頃は見てくれにもそれなりに気を使ったものだし、抵抗のようなものはなかった。 それに…、と思う。 頭の中で「着てくれたんですね」「思ってた通り、いえ思ってたのよりずっと似合ってる」と素直な言葉で喜んで、褒めてくれる顔を思い浮かべたら、口元がにやけそうになった。あんな態度をとられたら、格好良く着て見せてやりたくもなる。
今日は幽霊族親子旧知の妖怪に届け物をしにきていた。妖怪絡みの仲裁ごとをよく目玉と鬼太郎は頼まれるのだが(穏やかで機智にとんだ年長者と物理的な実行力を持つ若者の組み合わせは確かに揉め事の仲裁にはうってつけだろう)、今日もそうだった。わしだけで…、いえ僕だけで、と言い合う父子に、なら俺が代わりに行ってやろうと水木が見かねて口を出した。 おやじはぴょこんと跳ねてそれは助かるのう、と言ったが、息子の方は複雑な顔で黙り込んだ。心配しているのはわかった。…そして見た目にも普段の言動にも反して、意外と悋気を起こしやすいということも知っている。 チリチリと視線を受ける場所が焼けるようにさえ感じ、水木は思わず息を飲んだ。…案外、そういう感情を、視線を向けられるのが嫌ではなかった。ただ、鬼太郎限定だが。
「鬼太郎?」
訝しげに声をかけたのは実父の方だ。それにハッとして、鬼太郎は慎重な答えをよこす。
「ありがたいですが…、でも緊急を要するものではないですし、日延べしてもらってはダメでしょうか、父さん」
目玉が何か言う前にため息をついたのは水木だ。
「おまえなあ、心配してくれるのはありがたいが、それくらい平気だ」
「…あなたは、………、僕が、心配なだけです。あなたは魅力的だから」
ぽつりと言われると弱い。水木もうっと詰まる。しかし、今更引き下がるのも、少し…ほんのすこし、嫌だった。
「おまえがくれた着物を着ていくし、おまえがくれた足袋と草履で行こう。俺が全身おまえのものだとわかるように」
それでもだめか? と、鬼太郎の顔を覗き込みながら器用に上目遣いをすれば、今度は言葉に詰まるのは鬼太郎の番だった。
「…………わかりました。お願いします」
嫌だとまだ顔に書きながら、鬼太郎は渋々頷いた。くれぐれも余計なことに首を突っ込まないように、そう念を押して。
そうして、用事を済ませるところまでは順調だった。といって、そこで水木の気が緩んだわけでもない。困りごとの方が彼を放っておいてくれなかった。それが正しい。
何か騒がしい、と顔を向けた時、白く細長い毛玉が走ってくるのが見えた。何やら切迫した雰囲気があり、思わず見つめてしまう。と、離れた所から、向こうに逃げたぞ、なんて声がする。これは穏やかでない。
水木の思案は一瞬で終わった。近づいてくればテンに似た白い毛玉と目を合わせる。もうこの時点で鬼太郎に知られたらお説教だ。
手で着物の裾を押さえる素振りで、そっとそこを開いてみせる。目を合わせたまま、おいで、と唇の形だけで告げれば、通じたのだろう、それはしゅるりと裾の中に入り込み、水木の腿のあたりに巻き付く。少々くすぐったいたが、我慢できない程ではない。
何事もなかったかのように裾をパン、と払って。その時、水木の前にはトカゲ人間のような妖怪と、のっぺらぼうに似た妖怪(のっぺらぼうでいいのかもしれないが、本当にそうなのかはかりかねた。以前見知ったのとは別に見えたからだ)、目深に傘を被った入道姿の妖怪が立ち並んだ。
「おい、おまえ、《 》を見なかったか」
名前と思われる部分が、どうしても水木には聞き取れなかった。こうしたことはままあった。おそらくまだ水木の耳では聞き取れない、妖怪達の特殊な言葉なのだろう。 水木はパチリと瞬きし、さて、と首を傾げる。
「知らん」
「貴様、隠し立てすると…、……、?」
探し物が急に消えた所にいた水木を怪しんでいるのは勿論あるだろうが、ほとんど人間と大差ない彼は、大体の妖怪に単純な力では及ばない。だから、憂さ晴らしに弱いものいじめとばかり水木に食ってかかろうとした部分は、その妖怪達の中にはあっただろう。だが…。
はじめにたじろいだのはトカゲ人間もどき妖怪。明らかに怯んだ様子に、着物の功徳を確信する水木。
「なんだい。用がなけりゃ通してくれ」
焦ることなく水木は声をかける。足元をみられてはならない。太ももに巻き付くテン(ではないのだろうけれど)の体が震えているのがわかる。
小さなものを見た時に庇護欲を感じることは、鬼太郎を育ててから確実に増えた。もう少しの辛抱だからな、と水木は内心で願う。
「おまえ…、そうか、おまえ、鬼太郎の…」
そうだとも違うとも言わない。いざとなれば水木にも多少の心得と備えはある。
だが、こんな、水木や鬼太郎をよく知る妖怪達もいるような場所でこんなことをすれば、いずれ…。 三妖怪はどうも鬼太郎には良い感情を抱いていないように見えたが、恐れてはいるようで、歯をむき出しにして水木を睨んでいる。やはり、この和装一式が功を奏しているようだ。
…と、水木は納得していたが、無論それだけでなく、彼自身に鬼太郎の気配がべたりと貼り付いていて、どちらかといえばそちらの影響の方が大きい可能性は否定できない。
「フン、あのクソ忌々しいガキのお手つきの人間風情が…」
吐き捨てられた言葉の端に水木の口角がピクリと震える。だが…、
「何をしてる」
どちらかといえば高く澄んだ声なのだが、その声は妖怪達の足をぴたりと地に縫い付けた。下駄の音がする。
「なあ。何をしてる、と聞いたんだが」
どこから現れた…、なんて考えるだけ無駄だろう。しかしなにもない所からひとつの先触れもなく急に現れたら妖怪だって驚く。
栗色の頭の少年、鬼太郎はゆっくりと水木の前まで来て、そしてギョロリと大きな目で妖怪達を見回した。睨むでもなく、ただ見ただけ。しかし、見たからには覚えたぞ、と暗にほのめかされるものもある。
「…おまえ。覚えてるぞ。確か…」
ぴしりと指さされた妖怪が、わけのわからぬ声を上げ、尻尾を巻いて逃げ出す。そうすれば他の妖怪達も後を追うように走り出し、残されたのは水木、そして、
「もう大丈夫だぞ」
「みっ、水木!」
突然着物の裾をバサッと割り開く水木に、鬼太郎は目を皿のように見開きつつ顔を赤くする。しかし水木は気にせず、裾の中を覗き込む。実際、恥ずかしいとは特に思っていなかった。男が足を出したくらいで何か、というところである。もちろん、鬼太郎はそうもいかなかったが…。
「あっ」
それは水木の声だったか、それとも鬼太郎の声だったか。
必死にしがみついていた小さな白いテンの子は、きゅう、と声を上げほろほろと水木の太ももから落ちた。
地面に投げ出される所をすんでで救ったのは鬼太郎だが、彼は実に複雑な顔をしていた。
「大丈夫か?どこか悪くなったのか、俺が気がつなかったから…」
おろおろしだす水木の太ももをちらりと見、鬼太郎は深々とため息をついた。それはもう、深く、深く。
「鬼太郎、その子大丈夫だよな…?」
鬼太郎の内心ではその時たくさんの言葉が渦巻いていたが、結局外に出たのは次のような一言だった。
「あなたが悪いです」
「え?! …え?、な、なんでだ」
はあ、と鬼太郎は再びため息をつき、水木の着物の裾をしつこいくらい念入りに直す。
「き、鬼太郎?」
「…忘れたんですか?」
「何を…」
着物の上から、鬼太郎は水木の太ももを指差し、それから音を出さず唇の形だけで告げる。
『ぼくの名前』
「……、…!」
水木の顔もさすがに赤くなった。
…先月のこと。 着物だけでも不安だと言う鬼太郎に、水木は言ったのだ。 だらしなくも横になったまま、ほとんどひっかけただけの浴衣が乱れることも気にせず、まだしっとりしていた脚を開いて見せて。ごくり、と唾を飲んだ音に自分が目を細めたことを、水木も忘れていない。
ここにおまえの名前を彫ってくれ、と。
鬼太郎は呆然としていた。軽く口を開き、水木の太もも、つい四半刻前はむしゃぶりつきもしたその場所を凝視していた。
固まる鬼太郎に、ほんのすこし照れくさそうな、けれどそれ以上にいたずらっぽい顔で、水木は笑った。
「情夫の名を彫るなんて、昔から聞く話だろう」
一般的とは言い難いことを、さも普通のことのように言い切る水木は、その時鬼太郎に酔っていた。散々好くされた後のこと、無理もなかった。
なあ、だめか?──という水木のだめ押しに鬼太郎は、負けた。
…その時に鬼太郎が毛針でもって彫りつけた自分の名、それは水木の太ももにあり、ちょうどそこに哀れなテンの子が巻き付いていたというわけだ。
「あなたの色気と僕の妖気に当てられただけです。水でもかけたら目を覚ますでしょ」
ふん、と軽く鼻を鳴らして言った鬼太郎に、水木は眉をひそめた。
「水かけるなんて…かわいそうじゃないか。俺が懐に入れようか?」
「話聞いてましたか?そんなことしたら可哀想なのはこの子だ。性癖が歪む」
「せ…?なんだって?」
「今のはなんでもない。…そこは僕のものだから、他の誰かに許さないで」
諦めか、取り繕う気をなくしたか。鬼太郎はストレートに伝える。これには水木も顔を染めて黙った。ただ、眉間にはしわがよっている。
「…でも、あなたが保護してくれてたのは助かりました」
「え?」
話題を変えれば、水木の顔が虚をつかれたそれになる。鬼太郎は笑って、すい、と背伸びし、そんな養父にして現在は伴侶というべき相手の頬に唇で触れた。
「!」
外で何を、と水木が声を荒げる前に、こんな時ばかり少年のような顔で笑って、おしおきです、鬼太郎はそう言った。
その後聞いた所によれば、テンに似たその子はやはりテンではなく、とある古き森に住まう神霊に近い獣の幼体で、生き肝を狙われ攫われた所を逃げ出したのを水木が保護したというのが顛末だった。
鬼太郎がいやに速く駆けつけたのにも、仲裁に赴いた先に幼体が攫われた報が入ったせいだったらしい。
「…なんだ。俺が危ないと思って来てくれたんじゃないのか」
ふうん、と拗ねた顔をする水木に弁解する鬼太郎はいつになくアタフタしていて、とても普段の姿からは想像できないものだった。
「もちろんあなたを助けに行ったんですよ!」
「気を遣わなくてもいいんだぞ」
あぐらをかいてそっぽを向く水木は大人気なく、あからさまに拗ねた様子に鬼太郎は内心笑み崩れていたが、表面的にはポーカーフェイスが機能していたのだからたいしたものかもしれない。
「…っ、今日の、半衿!」
「……?」
水木は無言で半衿に触れた。これも鬼太郎が贈ってくれたものだが。襦袢に縫い付けてさえくれたが。
ここに何か秘密が…?と訝しげな水木に、鬼太郎はボソボソと白状した。本当は言うつもりはなかったのだが。
「…僕の、髪の毛を、」
「髪?」
「…縫い付けてあります。だから、その…それの時は、特に、あなたがどこにいるか、すぐ…わかります」
鬼太郎は俯いた。さすがに束縛が強すぎると思って。だがしかし、そうなのか、と拍子抜けたしたような声で言われ、恐る恐る顔を上げる。声の通り、水木は怒っていなかった。
「じゃあ」
「……?」
「おまえが心配だと言うときは。これをつけよう」
「…………………………」
「鬼太郎?」
先に大胆な独占欲を見せたはずの年下の旦那様は、見事に固まってしまった。水木はパチパチ瞬きした後、あっけらかんと笑った。
「情夫(まぶ)の名を彫ろうって男だぞ、俺は。忘れたか?」
まいったか、といつから勝負になったのかわからないがそんなことを言う水木に、鬼太郎は全面降伏するしかなかった。
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