【カブミス+ライシル未満】宴席の恋占い

カブルーと喧嘩したミスルンが、シスヒスを歓迎する宴で恋占いを提案されるカブルーを見る話。
カブミス。ライシル未満。

 メリニの迷宮を制覇しただけでなく、結果的に悪魔を倒すことに一躍かったカナリア隊の一行の囚人たちはみな、大幅に刑期が短縮された。彼らはまだ囚人の身の上だが、それでも私の迷宮探索に制約なしに同行したり、外交官となったパッタドルの手伝いをして、以前よりは穏やかに暮らしている。メリニ国で治安維持のために敷かれた軍隊の、アドバイザーになった者もいる。
 というのも、メリニ国には周囲の国家から、一攫千金を夢見てやってきた者も多かったから、治安はそうよくなかったのだ。それでもみなが平和に暮らしていたのは、北中央大陸のエルフの助力があったのと、黄金郷を守る魔物たちの存在があったからだった。
 私はそこまで考え、女王に贈る日記に元カナリア隊員たちの活躍を書き付け、それからそこには書かない日頃のあれこれを思い出した。蕎麦打ちを始めたこと、なのにセンシから貰い受けた包丁ではちゃんと細く蕎麦を切れないこと、やっとそれなりになったと思ったら、茹でこぼしてしまい麺がぶわぶわになってしまったこと、それからカブルーと初めて喧嘩したこと――。私はそれらを私用の日記に書き込んで、でもインクで上からかき消して、手帳をぱたんと閉じた。
 そう、私はカブルーと喧嘩をしたのだった。その理由は、今となっては覚えていない。多分忘れてしまうくらい些細なことで、記憶にも残らなかったのだろう。それでもカブルーは、かつては毎週、いや毎日のように私の屋敷にやって来たのにそれもなくなったし、私も許しを乞うために黄金城を訪ねることもなかった。まぁ、どちらが悪いかも、私は覚えていなかったのだけれども。
 カブルーが来なければ特にすることもなかったので、私はただ迷宮の跡地に潜り続け、フレキに文句を言われた。こんなに迷宮が好きだなんて異常ですよだとか、そろそろ休ませてくださいよとか、お城に行って美味しいものでも食べましょうよとか。
 そんなことをフレキから言われて、そろそろ意地を張るのも悪いか? と思い始めた頃、偶然にもシスヒスから手紙が届いた。そこには長ったるい挨拶とともに、こんなことが書かれていた。今日、黄金城につきました。今夜は気の知れた連中による、私を歓迎してのパーティーが開かれます。隊長も来られませんか?
 それを盗み見たフレキが行こう行こうとうるさかったので、かつての仲間に会うだけだというのに私は湯浴みから何からをし、服を整え、ほとんど正装をして黄金城にフレキとともに向かった。もちろんカブルーと会えることを祈って、このくだらない喧嘩が終わって、彼にまたほほ笑みかけられることを祈って。

 
 気の知れた連中によるパーティーとは言っても、城は飾り付けられ、シスヒスの肌に映える真っ白なカランコエの花があちこちに咲き乱れていた。花言葉は『幸福を告げる』、彼女にぴったりなものだ。私はエルフが好むワインを片手にフレキを引き連れ、そんな城の中を歩いた。
 食堂に辿り着いたのは、ちょうど夕暮れ時で、侍女たちが料理を抱えて、忙しなく歩きまわっていた。フレキは私の隣に座り、それらについてどれも美味そうだとちょこちょこ料理をつまんでいたけれど、私にはそんなものは目に入らなかった。
 食堂にはライオスやマルシル、今は城を離れている者たちもいた。自由気ままな旅に出た者、カーカブールドに帰った者も。そして、カブルーもそこにはいた。
 視線はまだ合わない。私がわざと彼から視線を逸らしているから。パーティーが始まっても、話術に長けたシスヒスの吟遊詩人のような物語にみなが耳を澄ましても、私はカブルーを見なかった。偏屈だと思われるかも知れないが、正直怖いのだ。カブルーがまだ何かにこだわっていて、私はそれを忘れてしまっていて、また怒らせてしまったらと。
 でも、このパーティーの主役でもあるシスヒスが食前の余興として行った占いによって、それは少し様相を変える。私が望むように、まるで彼女はすべてお見通して、かつてのよしみとして、私の願いを叶えるかのように。
 
 
「それでは、次は我が顧問魔術師、マルシル殿の恋が実るか占いましょうか」
「そんなぁ、やめてくださいよ恥ずかしいなあ……!」
 マルシルは食前酒で酔っ払っているのか、ばん、とシスヒスの背中を叩いて、大笑いをした。シスヒスはそれに咳払いをして、幾つも鈴が連なった道具をシャン、シャン、と鳴らして呪文を唱え、マルシルの額を人差し指でさする。
「こいつが恋ってたちか?」とチルチャックが言い、マルシルに杖で叩かれる。あたりには笑い声が漏れ、マルシルは不服そうだったが、余興は盛り上がっているようだった。
 シスヒスはそんな中古い呪文を唱え続ける。すると一体どういう仕組みなのか、マルシルの身体がうっすらと光り始める。それを見て、シスシスがほほ笑む。
「大丈夫ですよ、あなたの思いは叶います。きっと月の夜に」
 それを聞いて、ライオスが咳払いをする。偶然にも今日は満月の夜で、みながにやつく。
 ここで打ち明けてしまうと、マルシルのライオスに対する思いは親しい者にはバレているも同然で、ライオスのマルシルに対する思いも同じだった。ということは、二人は今日、思いを伝え合うのだろうか?
 私はまだ若い二人が、その清い心を打ち明け合う様を想像して、少し心臓があたたかくなった。私もつい数ヶ月前はそんな調子で、カブルーと思いを確認しあったから。
 だからなのか、私はここに来てようやくカブルーを見つめることができた。そして嬉しいことに、カブルーもこちらを見つめていてくれた。視線が合わさって、でも私たちはぎこちなくまた視線を外す。胸がそわそわする。見つめあったそれだけで、彼に許された気になる。
 カブルーはさっきの占いに動揺して酒をぶちまけたライオスをなだめ、それでも時折こちらを見つめていた。私はもうそれを見ていられず、早く彼に触れたいと、そんなことばかり考えた。
 そんな私たちが面白かったのか、シスヒスはカブルーに向かって、あろうことかこんなことを言ってみせた。
「あなた様のことも占いたいわ。そうね、恋占いはいかが?」
……そうですね、俺もエルフの占いには興味があるんですよ」
 お世辞なのかなんなのか、カブルーは笑いながらライオスの服を拭う侍女たちをねぎらい、シスヒスにそう言った。
「あなたも恋が叶うかどうか聞きたくて?」
「いえ、俺の恋はもう叶っているので」
 カブルーが言う。みなが口笛を吹く。特にチルチャックなどは、酒を掲げて、「よく言うよ! 色男! 乾杯!」とひどく酔っ払っているというのに、また酒を飲み干した。
「じゃあ何を聞きたいんです? 恋人の心変わりが気になるとか?」
「いいえ、実は恋人とくだらない喧嘩をしてしまって。あの人は俺を許してくれるでしょうか?」
 カブルーはそう言って、私を見つめる。この頃になると食事が始まっていて、みなが鳥の丸焼きや、ウサギの煮込みにかぶりついていた。だから彼が私を見ても、みなは関心を持たなかった。
「そうですね……でも、これは占うまでもない話だわ。きっと許してくれています。あなたの背後に、お相手の守護精霊が嬉しそうに飛び回っていますもの」
 うそだ、そんなはずがない。私は精霊をそんなことに使った覚えはない。私は思わず咳き込みワインを吐き出しそうになったが、それでもどうにかこらえ、シスヒスの次の言葉を待った。もしくは、カブルーの次の言葉を待った。
「よかった。心配していたんです。わがままな人だけど、大切にしたくて」
 カブルーは視線を落として、鳥の丸焼きを切り分ける。チルチャックはしたたかに酔っ払っているのか、「よっ! 色男!」とまた同じような台詞を口にする。私は大切にしたいと、そう言われて何もかもが恥ずかしくなって、「少し外の風に当たってくる」と、宴席から抜け出した。カブルーは、そんな私を見送って、でも「俺は新しい酒を取ってきます」と言い訳をして、こちらに近づいてくる。私たちは廊下を歩き、小さなポーチから大きな月が浮かぶ空を見上げて、言葉もなく、お互いを見つめ合う。宴は続くことだろう。私たちが抜けても、まだ次々と客はやって来る。
……シスヒスの占いは、当たっていますか?」
 誰もいないポーチで、カブルーが言う。私は顔を酒で赤くして(そう、きっとこれは酒のせいだ)、星空の下で、「もう許してる」と、彼の青い瞳を見て伝えた。
「俺の周りに、あなたの守護精霊が飛んでるんですか?」
 俺のことが気になって、そんなものまで飛ばしてしまった?
 カブルーが笑う。私はその言葉に彼がとっくの昔に私を許していることを知って、ようやくほっとした。そして心をざわめかせているのを見抜かれ、からかわれてムッとした気分になって、カブルーの唇に自分のそれを押し付ける。でもカブルーは驚くこともなく、私を抱きしめてくれる。
 私たちは星空の下でキスをする。よくあるいんちきな口の上手い占い師のそれに振り回されて、でもそれに救われて、ようやく仲違いを終わらせる。でも、たまにはこういうのもいいかもしれない。それくらい、残った片目で見る彼の姿も体臭もキスも甘く、それらはすべて、私を蕩けさせたから。