あさかわ
2024-09-18 23:11:55
2358文字
Public
 

お団子ゆすり

9回目の週ドロ
お題は「月見」です。バニーの日のうさぎリターンズ


「中秋の名月ですよ! さあ、うさぎに月見団子およこしください」
 開口一番小さな手を差し出して団子を乞う黒うさぎ。このうさぎは置物より生じた付喪神で、前にも恩返し云々と騒いで水木の家に上がり込んできた。恋愛相談に異常な執着しており、ふてぶてしい上に鬼太郎の恋を成就させてやると尊大な態度で事態を引っ掻きまわした前科者である。
 鬼太郎はうさぎの耳をむんずと掴んだ。水木の家の玄関から堂々と入ってきた厄介者を掴み上げ室内に向かって呼びかける。
「水木さん、玄関先に粗大ごみが置いてあるのでちょっと月まで捨ててきますね」
「本日の主役に対してなんたる態度! 日本は法治国家ですよ。暴力は犯罪です」
「開口一番たかっていただろう。乞食は犯罪だぞ」
 黒うさぎは髭をぴんと立てて目を瞬かせる。
「いやだなあ! 妖怪に法律なんて関係ありませんよ」
 鬼太郎が満月に向かって黒うさぎを放り投げようとしたところで水木が顔を出した。
「鬼太郎? ああ、なんだ。いつもの黒うさぎか」
「いつもの……? まさか、こいつ水木さんの家にしょっちゅう来ているんですか」
 地を這う鬼太郎の声を水木は気にせず、黒うさぎの方も足で鬼太郎の腕を蹴ろうと必死で無視している。あふれ出る怒気と妖力にまったくたじろがない一人と一匹。ある意味似た者同士なのかもしれない。
「鬼太郎さん、離してください。水木さんとの恋仲を取り持ってやった恩人に対して失礼じゃありませんか。加えて本日は中秋の名月。主役のわたくしがやってきたら、団子の一つでも差し出さないといけませんよ。浅学なあなたはご存じないでしょうが、西洋ではハロウィンと言って妖怪が人間からお菓子を巻き上げる祝祭があるのです。ならば、本日わたしくが家々を訪ねあるいて月見団子を手に入れるのも道理」
 ふんすと鼻息荒く、えばる黒うさぎ。鬼太郎に耳を掴まれたままでも胸を反らせて偉そうにしており鬼太郎の髪からちりりと火花が散った。
「随分偏った耳学問だな……
 呆れた声の水木に向かって黒うさぎは呼びかける。
「さあ水木さん、お月見団子およこしください」
……
 鬼太郎は我慢強いほうだが、黒うさぎが的確に煽っているので堪忍袋の緒が切れそうだ。
「黒うさぎ、うちに月見団子はないよ。野郎二人で月見酒の予定だからな。酒のアテはあるが甘いものはない。鬼太郎、離してやりなさい」
……やです」
「鬼太郎」
 水木が腕を組んでこちらを見ている。鬼太郎はこの無礼な黒うさぎを月まで投げ飛ばしたくて仕方がないが、水木に言われては断れない。
「いいか、黒うさぎ。月夜の晩ばかりじゃないぞ」
 鬼太郎が脅しながら黒うさぎを土間に降ろした。耳を触りながら黒うさぎが小首を傾げる。
「そんなの知ってますよ。だから満月の夜にタカリに来てるじゃあないですか。月見団子もないとは湿気た家ですねえ。骨折り損のくたびれ儲けです」
……水木さん」
「ダメだ、ダメだ。こういう手合いは相手にするだけ無駄なんだ。ほら、飴をやるから帰りなさい。まん丸でお月様みたいだろう」
 水木がセロファンに包まれた飴玉を差し出すと、黒うさぎが半目になる。
「飴ですか……ちなみに酒のアテはなんですか」
「卵黄の味噌漬けだ。今日のために三日前から作っておいたんだぞ」
 味噌床にガーゼを敷いて卵黄を乗せておくと、ねっとりと濃厚で味噌の味が染みてうまくなる。これを一口含んでは酒を飲むのが最近の水木のお気に入りだ。
 鬼太郎が持ってきた酒と水木が作った味噌漬けで今夜はゆっくり月見酒の予定でいる。当然泊りの準備もしてきた鬼太郎は、この小うるさい黒うさぎを叩き出したくて仕方がない。
「うーん、飴玉よりマシですかね。じゃあ、味噌漬けください」
 黒うさぎが小さな手を水木に差し出す。水木は鬼太郎の隣に並ぶと黒うさぎを見下ろす。
……鬼太郎」
 水木に肩を叩かれる。
「はい」
「その不届き者を月まで飛ばしてしまいなさい」
「分かりました」
 鬼太郎が耳を掴む前に黒うさぎが後ろに飛びさすった。
「ええっ! ちょっと待ってください。本日の主役を虐げるとは信じられません。何ですか、さっきまでの温厚な様子はどこにいったんですか」
 戸惑う黒うさぎを水木が冷ややかに見つめる。
「酒飲みからアテを取り上げるってことが、どういうことか分かっていないようだな……三日前から鬼太郎と飲むために大事に大事に漬け込んだ卵だ。手間なしで奪おうとして許される訳がないだろう」
「卵くらいで大げさだなあ。大人げないですよ」
「大人げなくて結構。今すぐ月まで飛ばされるか、尻尾まいて逃げるか選ぶんだな。もしもこれ以上居座るってんなら」
 覚悟しがやれ、と水木に怒声を浴びせられ黒うさぎが逃げ出す。まさしく脱兎が弾丸のように夜の闇の中に消え失せる。
「これだから付き合いたての輩は嫌ですよう!」
 見当違いな文句を残して逃げていく黒うさぎの影が月下に映し出された。


 まんまるとろりと蜜色の月の下、縁側で晩酌を始めた鬼太郎は黒うさぎのことなどすっかり忘れた。水木は鬼太郎が持ってきた酒を気に入ってくれて、猪口の水面の月に眺めては口を付け、月に似た黄身をちみちみと箸でつまんで口に運ぶ。
「よければ僕の分もどうぞ」
 鬼太郎が小皿の上の卵黄を差し出すと水木が目元を緩めて笑う。
「流石に人の分までねだらねえよ」
「そうですか? 僕はこのあと、あなたからいっぱい貰えるので構わないんですよ」
 鬼太郎は拳一つ分水木ににじり寄り箸を持つ手首をするりと撫でる。途端に水木が顔をしかめ鬼太郎の皿から卵黄を取り上げる。鬼太郎は月下に赤くなった水木の首筋を眺めてうっそり笑った。