えぬを
Public TGM
 

Uncle Mave's Day

rsmv_20220815公開

初書きルスマヴェ小話し
アンクルマーヴ劇場

「ぶら、ブラッドリー!ちょっとまてうゎ」
がたんどたばたどすん。
ベッドから慌てて起き上がったマーヴェリックが落ちて起き上がって階段を踏み外したのであろう音だ。想定できる。
草臥れたデニムを片手にブラッドリーはやがてここに駆け込んでくるマーヴェリックをしばし待つ。予想通り慌ただしく周囲のものを蹴散らかし、寝起き姿のままマーヴェリックがランドリールームに駆け込んできた。一目散にブラッドリーの手からデニムを奪うと、後ろポケットを確認してなにやら取り出す。取り出したものを矯めつ眇めつ、やがて大きく安堵のため息を吐いた──ところまで静観し、ブラッドリーは洗濯機の上部をコツコツとノックして、マーヴェリックの注意を引いた。
「俺完全に置いてけぼりなんだけど。しこたま酔って脱ぎ散らかしたあんたの衣類を洗ってあげようとしてるんだけど、何か問題でも?キャプテン」
ブラッドリーがそこにいることさえ忘れたかのように、取り出したそれを両手で包み込んで、損傷がないか確かめているらしい。声がけに我に返ったらしいマーヴェリックは、ブラッドリーと目を合わせ──逸らした。
……鼻をかんだティシュを後ろポケットに突っ込んだまま洗うと大惨事かな、と」
「うまい嘘つくならもう少し頑張りなよ」
適当な戯言は、追及を恐れているのかと思いきや、存外その何かを包み込むマーヴェリックの手は優しい。小動物でも扱うかのような仕草に、ブラッドリーは逃さず無言で返答を待った。苦笑しながらマーヴェリックが包んだそれを開いて、ブラッドリーに見えるよう、差し伸べてくる。
……なにこれ。ゴミ?」
「失礼だなぁ。覚えていないか?ブラッドリー坊や。君が作ってくれたんだ」
メダルを模した厚紙。よれて彩りも褪せたそれをブラッドリーは摘んで返す返す眺める。
スナック菓子の空き箱ででも作ったのだろうか。戦歴と共に胸元に飾られるメダルに似た、粗末な作りの紙のメダルだった。マジックで派手な彩色を施されたそれは既に褪せて久しく、その分年月を経ている。折れ曲がっていながらも、形を保っているのは、持ち主が大切に扱って来たからだろう。容易に想像ができる。マーヴェリックの言う通り、幼い自分が手ずから彼に贈ったのであろう、手作りの紙のメダルだ。
「覚えてない」
「話すと長いんだけれど、」
「じゃあいい」
即座に否定し返却するも、マーヴェリックは腕を組んで回顧し始める。
──しまった。おっさんの昔話は長いんだ。
ブラッドリーの無言の苦情など、スイッチの入ったマーヴェリックには届かない。完全なアンクルマーヴモードの彼には。
「まずは父の日について話さないと。グースの父の日に合わせて趣向凝らしたサプライズを、キャロルと君と僕で考えた。結果?もちろん、グースは大喜び。男泣きしながら君とキャロルとついでに僕にハグしてキスを送ってステップ踏んで。父の日のメッセージカードは字を覚えたての君の手書きだ。〝世界一のダディへ、大好き〟なんて可愛いメッセージに、グースは大感動さ」
〝まぁメッセージは僕とキャロルが考えたんだけど〟などと悪気のないマーヴェリックの余計な一言が続く。
「一通りダディへの感謝を告げたあと、君は言ったんだ、ブラッドリー。〝父の日があるのにおじさんの日はないの?〟って」
半ば話しの途中で予測がついていたブラッドリーは、既にマーヴェリックの手からデニムを奪い取り、洗濯機に放り込んで洗剤の量を測っている。気にせずマーヴェリックは続けた。
「顔を見合わせたグースとキャロルは、〝マイラヴ、残念だけれど〝おじさんの日〟はないんだよ〟、と。それを聞いた君は一瞬悲しげな顔をした後、僕を見上げて満面の笑みで言ったんだ。〝じゃあ僕が、アンクルマーヴの日を決める!〟とね。なんとまぁ可愛らしい提案だろう」
「マーヴ、そこのそれ、そうそれ。貸して」
「どれだ?これか?ほら。それでね、君は、」
逸らしたつもりがアンクルマーヴ劇場は終わらなかった。受け取ったタオルを洗濯機に放り込んで、ブラッドリーは洗濯機のスタートボタンを押して後悔した。
──しまった、作業がなくなってしまった。
「幼い君は、〝アンクルマーヴの日〟を作って祝ってくれた。サプライズで、グースとキャロルと一緒に。その時くれたのがそのメダル。裏返してごらん」
手持ち無沙汰のまま、結局ブラッドリーは持て余していた紙でできたメダルを裏返す。年号と月日が雑な字で書かれていた。マーヴェリックの言からすれば、幼い自分が制定した〝アンクルマーヴの日〟なのだろう。
……何?この日付け。え?マジで何の日?」
「さぁ?僕が聞きたいよ、ブラッドリー坊や。君にとってそれが意味ある日なのか、そうでないのか、僕にはどうでもいい。ブラッドショーファミリーの中では、その日を〝アンクルマーヴの日〟としてお祝いしてくれたんだ。僕にとっては独立記念日よりも大事な日」
ブラッドリーの手からメダルを掬い上げると、マーヴェリックは愛おしげにそのメダルに口づけを送った。
「アンクルマーヴの日が市民権を得た日だからね」
そう言って悪戯げに片目を瞑って見せるレジェンドは、こうして相変わらずの人垂らし力を遺憾なく発揮する。
……局地的にだろ」
ブラッドリーの悪態にマーヴェリックは肩をすくめた。
昨夜の二人きりの食事、ブラッドリーが自宅に誘うも、マーヴェリックは愛おしいブラッドリー坊やの誘いに箍を外し、度数の高い酒を幾度も煽り、家にたどり着く頃にはへべれけとなっていた。マーヴェリックは服を脱いで、誘いも許可も何のその、豪快に家主のベッドにひっくり返って眠ってしまった。他方の気を削がれ、結局ブラッドリーは一階のソファでふて寝して、起きて、帰さんとばかりに脱ぎ捨てられた衣類を洗濯してやろうと目論んだ。が、マーヴェリックはブラッドリーの部屋を漁ったらしく、丈に合わぬシャツとハーフパンツを身につけて転がり込んできた辺り、昨夜の泥酔はどこまでが演技だったのだろうかとブラッドリーは機嫌を損ねた。
「アンクルマーヴの記念日なんて実質数回しかできてないんだろ、結局」
物心ついた頃、そんな記念日を催した覚えはないし、そもそもブラッドリーはメダルに見覚えがない。
──疎遠になった年数分だけ、この人は俺が決めた記念日を一人で思い出し、その廃材でできたメダルを眺め、キスを送ったのだろうか。
いたたまれない心地をブラッドリーは悪態で伝えるしかない。けれど思い直す。
──考えるな、行動しなければ。思うままを、伝えねば。
「記念日を、」
「ぅん?」
メダルを口元に翻したまま、マーヴェリックが小首を傾げる。
「記念日ならこれからたくさん、一緒に重ねていけばいい」
ブラッドリーの訴えにマーヴェリックは満面の笑みで答える。
「記念日。記念日ね。そうだなぁ、サイクロンに怒鳴られなかった記念日とかいいな」
「そんな日一生来ないと思うけど」
「失礼だな」
「中将が怒鳴りすぎて血管切れて病院に運ばれた記念日の方が現実的じゃないの」
「それなら既に先日一度」
本気か冗談か分からない戯言を紡ぐのは、ブラッドリーと気の置けぬ会話をするための誘導なのか、それとも。
「だから、どんな関係になっても君は僕の可愛い坊やなんだ」
口元をメダルで隠し、あの真っ直ぐな瞳で見つめてくるのだ。それは色のついた告白をしたばかりのブラッドリーへの牽制も込めているのだろう。
……くそ、手強いな」
思わず呟いたブラッドリーの言葉に尚もマーヴェリックは笑みを深めた。疎遠になっていた分に加え、年経た手強さを実感し、ブラッドリーはため息をつくとマーヴェリックをキッチンへと誘導する。
「洗濯物が乾くまで、まだ数時間あるから、さ。仕方ない、もう少し話しを聞かせてよ、〝マーヴおじさん〟」
するりとマーヴェリックの腰にさりげなく腕を回し、耳元で囁いてみる。マーヴェリックは誘導に従うままだ。狼狽えるそぶりも無し、と、マーヴェリックの態度に項垂れたブラッドリーは、回された腕をちらりと眇め、ぽつりと呟いたマーヴェリックの言葉には気づかなかった。
……手強いなぁ」