しこたま酔って肩を組んで大笑いしながら帰宅した。その実、マーヴェリックは年齢と共に酒量の程を弁えていて、泥酔して翌日に持ち越さないほど若くはなく、昨夜もブラッドリーの家に辿り着く頃には大分覚めていた。
肩を組むにはいささかに差がありすぎる可愛らしいなで肩の青年は気分良く酔って、マーヴェリックを抱え込んだまま眠りに落ちた。それを見届けてから、着替えることもせず、シャワーは明日でいいか、などと思考しながら眠りについた覚えがある。だから、マーヴェリックが起きた時には既に不在だった隣に、アルコール分解の早い若さ溢れる身体能力を羨ましく思ったのだけれど。
「これはこれは」
マーヴェリックは、起き上がり、ベッドから降りる寸前違和感に気づいた。違和感の先を確認して、笑う。
左の足首に、紐が絡みついていた。絡みつくというよりも、二重三重に巻かれ、固く固く結ばれた上に、その先はベッドの脚に括り付けられている。カラフルな紐はある程度の長さが幾つも連なり、たわんだ紐を手繰り寄せれば存外長い。拘束具の代わりにもならないやわいそれをつまみ上げて、マーヴェリックは尚も笑みを深めた。
紐を足に絡ませたまま、マーヴェリックは部屋を歩き回り、ある程度まで来たところで、紐はピンと張る。部屋からは出られない距離だ。
──限界はここまで。なるほど、なるほど。
「ブラッドリー。ブラッド?マイボーイ」
大声で呼ばわる声色にまぶされた蜜は、マーヴェリック自らが思う以上の甘さを含んでいた。そして少しの含み笑い。
「起きたの?マーヴ。朝飯できてる……け、ど」
キッチンにいたらしいブラッドリーが、ベッドルームに顔を出す。腕を組んだまま、マーヴェリックはブラッドリーの第一声を押しとどめ、ジェスチャーで下を指差して見せる。示す先を視線で辿って、ブラッドリーは惑い、やがて目を見開いた。その驚きの表情から、起床後の酔いの覚めた思考からの悪戯ではないとマーヴェリックは悟る。
「なに、その、ひも」
「さぁ?起きたら足に絡みついていて」
「え!?なんで?いや……、え?え!?俺?俺がやったの!?」
「……その反応からして、真犯人は昨夜の酔いどれの君かな?」
ブラッドリーは、驚愕の表情からやがて険しい顔をしてすぐさまマーヴェリックの元へと駆けてきた。しゃがみ込むと、紐が絡んだ足首にそっと手を添える。
「俺がやったの?いや、俺、だよね。ごめん、なんでこんな、覚えがない、」
マーヴェリックの引き締まった足首に絡む紐は目に鮮やかだ。巻かれている紐のカラーはホワイトにグレー、ネイビーにブラックとバラエティに飛んではいるが、笑い事ではない。きつく縛られ鬱血でもしていたら、とブラッドリーはその紐をながめすがめつ、解こうとする。
「そんなに心配しなくて大丈夫。痛くもないから平気だ。ブラッドリー、君、本当に覚えてないのか?」
ぐ、と喉奥から詰まった声を出したブラッドリーは、視線をうろ、とそらし、それでももう一度マーヴェリックを見上げた。
「なんか、夢、っぽいのは、見た気がする」
「僕の足を縛る夢?」
「……マーヴを閉じ込める夢」
「oh……思った以上に物騒だな……もう少しかわいいブラッド坊やの言葉を期待していたんだが」
「だ、だって、マーヴ、夢ん中で飛んでいっちゃうから」
「僕の仕事なんだが」
そのマイジョブとやらが、ブラッドリーにとって実際の職務を指しているのか、夢の中、何某かの理由でじゃあねと手を振って空に飛んでいくマーヴェリックそのもののことを指しているのか。判じかねるも、マーヴェリックは建前上、大佐の仮面をかぶっておいた。しかし、失敗したと思った。
マーヴェリックが考えている以上に、眼前の青年は足首に絡みついた拘束具のようなそれと、自分の思考と嗜好に存外ショックを受けているようだった。なで肩を更に落とし、しょんぼりとした様子のブラッドリーにマーヴェリックは焦る。
敵機に攻撃され、墜落していくあの瞬間を悪夢に見て、天に昇るマーヴェリックを想い、夜中起き出して、泣きながら紐を編んでマーヴェリックの足首に巻きつけたのなら。そんな想像をして思わずマーヴェリックの眉根も寄る。ブラッドリーが覚えていないという時点で、酔ったままの行いだったのか、夢遊病のような必死さだったのかはわからない。マーヴェリックはといえば、かわいらしい年下の独占欲のようなものかと思っていただけに慌てる。
しかし、どう慰めるのが正解なのか、未だ距離を測りかねるブラッドリーに、マーヴェリックは一番どうでもよくて一番尋ねやすい方向へと話しを逸らした。
「ところでブラッドリー、このたくさんの紐、なんなんだ?どこから持ってきたんだい?」
「えっと、これ、多分……スニーカーの紐……あ」
ブラッドリーが慌ててベッドルームを出る。すぐさま戻ってきた彼は、紐が抜かれた二、三足のスニーカーを抱えていた。うち一足はマーヴェリックのものだ。
「なるほど」
結局マーヴェリックはそれを見て吹き出してしまった。ブラッドリーは途方に暮れた顔で、やがて大きくため息をつくとスニーカーを放り投げた。そしてマーヴェリックに近づいてくる。しゃがみ込んでマーヴェリックの足元からゆるゆると紐を解き始めた。マーヴェリックはそれを、ただ見つめていた。ブラッドリーは解いた紐の端を引き上げて、二人の眼前に掲げた。未だ繋がる紐の先が、ベッドの脚に括り付けられていることさえも、ブラッドリーは忘れているのだろうか。そのまま次の行動をマーヴェリックが待ち構えれば、ブラッドリーはマーヴェリックの左手を恭しく持ち上げた。そして、薬指をつまむと、その根本にスニーカーの紐を巻きつけていく。
「……夢の内容は、よく、覚えてないけど、飛んでいくあんたを繋ぎ止めるなら、多分、俺の心情としては、こっちの方が正解、なんだけど」
マーヴェリックより背が高いにもかかわらず、窺うように見上げてくる視線はどういった作用で実行しているのだろうか。マーヴェリックはぽかんと口を開けた。
「足に鎖つけて逃さないのと同じ。同じかな?これ。少なくとも俺はこっちの方がいいかな、って思うんだけど、マーヴ、あの、どう?」
「……すっごいな、きみ」
たっぷりの間を置いてマーヴェリックはやっとそれだけの言葉を絞り出した。
色恋に関してならば、年経た狡猾さと、変わらぬ純粋さを持ち合わせるマーヴェリックは、時としてそれを使い分けるだけの経験値がある。意識的にしろ、無意識的にしろ、それは身についた処世術と、対外への振る舞い方だ。しかし、眼前の青年のこの懇願は、間違いなく素だ。正直な心根だ。だってこの青年は、ずっとずっと性根が真っ直ぐなままここまできたのだから。
『ぼく、おおきくなったらマーヴと同じパイロットになる』
『ほら、みてマーヴ、願書もらってきたんだ』
『マーヴ、俺いつか、あんたと一緒に飛んでみせるよ』
青年は発した言葉通り全てを実行し、それを自らの手で掴み取り、叶えてきた。
達成不可能と思われた作戦でさえ、レーザーの標定なく命中させ、マーヴェリックを攻撃した敵機を追い、最終的にはマーヴェリックと共に飛んでみせた。
「〝すっごい〟って……なにそれどういう意味?俺、真剣なのに」
「いや、すまない、きみのポテンシャルの高さに今更に気づかされて……いや、そもそも君はブランクを経ても主席だし、トップガンとしても優秀だし、背も高く、バーで誰も彼もを夢中にさせるほどのコミニュケーションが取れるハンサムだし、かわいい上に口説き口文句のスキルまで高いなんて……」
「ちょっと、ちょっとマーヴ!」
「え?」
「俺大事なこと言ったよね?これプロポーズなんだけど!あと、俺のブランクの元凶はあんただろ!」
「え、あ、うん」
「〝え、あ、うん〟て!ちょっと!それ、どれに対する返事?」
弱気な顔から甘く強請り、強気な顔までと、少し前までは見せてくれなかったブラッドリーの貌を見つめて、マーヴェリックは眩さに目を細めた。
──こんなかわいくていとおしいの、もう、完敗だろう。
マーヴェリックはブラッドリーが未だ握りしめていた、スニーカーの紐を取り上げた。緩やかに巻かれていた左手薬指の紐の先を、自ら結びつけてみせる。マーヴェリックの行動に目を瞬かせたブラッドリーの眼前で、紐の巻かれた左手をひらりと翻す。
「どうやら履いて帰れる靴もないようだし、今日はここから離れられないようだし……とりあえず朝食をここで一緒に食べないか」
再び自ら鎖を繋ぎ、檻に飛び込んだマーヴェリックの言葉をブラッドリーは脳内で咀嚼し、飲み込んで、ごくりと喉を鳴らした。
「ずるぃ……」
拗ねるように口を曲げたブラッドリーの口髭が情けなく下がる。そんな仕草さえも、かわいらしく、こちらの琴線にことごとくに触れる。
──どっちが。
そんな風情を醸されたらなんでもいうことを聞いてやりたくなる。
──僕が還る場所はもう、君以外にないのに──なんて言ってあげないけど。まだ。
結局色恋に関係なく、ブラッドショー家の長男にはことごとくに甘い自覚のあるマーヴェリックは、もう少しの間だけ優位でいたいのだ。
自らやわい鎖に繋がれる体を醸して、その実繋がれていたい──などと。
──もう少し気づかないでおくれマイボーイ。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.