いつもの、特別

MHRウ教×ハ♀。夫婦。

いつも隣に大切な人がいるのは、決して当たり前ではなくて。

今日は、昨日に比べて湿度が低いので過ごしやすい。

夏特有の淡藤色あわふじいろの混じる夕空、まばゆい斜陽が里を包み込む茜色の景色。

どことなく懐かしく、心が締め付けられる様に切なくなりそうで、けれど、今日一日の不変と無事に感謝できる輝かしい景色でもあった。

……んふふふ」

斜陽を明かりに、かまちに腰掛けて読書する娘の隣に座り込み、横から覗き込むように顔を見つめるウツシが、不意に笑みを零す。

娘は彼の愛する妻であり、手塩にかけて一から育てた愛弟子でもある。

彼女がこの里で産声うぶごえを上げたその瞬間から、ウツシはずっと同じ里で、数多あまたの時間を共に過ごして来た。

ハンターになりたい、という娘の意思に応え、教官としても、ずっと彼女を見守ってきた。

そして今は、生涯を共に生きようと誓い合い、こうして同じ屋根の下。

……もう。何です? どうしたんですか?」

呆れたように呟いて本を閉じ、框に置いて、やはり呆れたように微笑む娘が、隣のウツシの方に顔を向ける。

格子窓から射し込む光量でさえ、全てを呑み込むのではないかと思えるような、眩い斜陽。

光の中に溶け込みそうで溶け込まない、彼にとって、かけがえのない笑顔が、目の前にある。

「──良かったぁ、と思って」
「何がですか?」
「今日も、ちゃんとキミがいてくれてるなぁって」

腹と心の底から幸せそうに、安堵を吐き出すように呟いて、ウツシがそっと手を伸ばした。

夫婦めおとになってもう数年、可笑おかしそうに「当たり前でしょう?」と告げる娘の頬に、彼の大きな片手が優しく添えられる。

そこはとても柔らかく、温かくて、ますますウツシの目と心を安堵と至福でとろけさせた。

彼女そのものである優しい体温に満ちた、生涯忘れないであろうと確信できる愛おしさ。

自分も娘も常に命を賭す生業なりわいであるゆえか、彼は、不変であるように感じられる日常が、呆気なく変化する現実の過酷さをよく分かっている。

目の前にいる愛しい人が、彼女に触れられるこの手が、永遠に存在し得ないことを知っている。

だからこそ、今が。

今が、たまらなく、震えるほど幸せなことを、噛み締めることができた。

不変の日常が続いていること。今日もそんな日を過ごすことができた証の斜陽へ、心からの感謝を捧げることができた。

「ねえ、愛弟子」
「はい」
「これからも、ずーっとキミを愛してるよ」
「ふふふ、私も」

有事の際、伝えたかったのにと後悔することも嫌で、ウツシは素直に想いを口にする。

そして娘も、そんな彼の言葉を真正面から受け止めて、微笑む。

彼の力か、いつしか娘もとても素直に想いを語るようになっていた。

「ウツシ教官、私ね」
「ん?」
「あなたと一緒で、本当に幸せなんですよ」

斜陽を彩りに変え、娘がふわりと優しく微笑む。

その視線は、ぱち、と大きく瞬きをしたウツシの金色の眼差しと優しく絡み合い、静かに強く、深く、互いを想う心が交錯して。

「これからも、一緒に居てくださいね?」
「もちろん! 俺はずっとキミの傍にいるし、ずっと見守っているよ」
「約束ですよ」
「うん、約束!」

指を絡ませるように手を握り合い、光の中で、そっと重ねるだけの口付けを交わせば、この幸せが現実なのだと、夫婦は心から安堵できた。

顔を離し、笑い合って、今だけは、時の流れをゆったりと感じる。

出会えたことはおろか、ハンターとなった今も変わらず共に居られていることは、まさに奇跡のようなもの。

それがずっと昔、幼い頃から叶っているのだから、なんて幸せなのだろうかと。

「わたし、そろそろお夕飯の支度しますね」
「手伝うよ、今日の献立は何かな?」
「今日はお肉たっぷり肉じゃがです、傷みそうなお野菜も使っちゃうので具沢山になりますよ」

お肉、と聞いたウツシが「おおお!」とたちまち楽しげに目を輝かせ、それを察した娘もまた、楽しそうに口角を上げた。

「ちゃんとお野菜と一緒に食べて下さいね?」
「もちろん食べるよ! でもほら、俺、お肉大好きだからっ!」
「ふふふ、全くもう」

少年のような笑顔を元気に咲かせたウツシへ釘を刺すように告げた娘は、先ほどのように呆れて、けれどとても愛しげに目尻を蕩けさせて、微笑む。

名残惜しそうに、娘が最愛の夫から手を離して框から立ち上がると、続くようにウツシも立ち上がった。

それからすぐに、土間の炊事場で、楽しげな声が、流しから水の音が、軽やかな包丁の音が、とんとんとん、と心踊らせる音色が響き渡る。

「見て愛弟子、ニンジンお花の形にしてみた!」
「あっ、可愛い! 飾り切り上手いですね、どうやってるんですか?」
「全然難しくないよ、これはこうしてね……

夫婦で仲良く並び立ち、笑い合って、手を動かして。

この声は、この音は、この香りは、この笑顔は、この想いは、また明日も、きっと重なり合う。

記憶の中と心の奥深く、鮮やかに刻まれる、賑やかな幸せの音色。

夜のとばりが降りる刻、柔らかな光の中で湯気立つ夕食を囲み、幸せに笑い合う夫婦の声が、格子窓から星空に昇っていった。




@acadine