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きよ
2024-09-18 15:23:55
2967文字
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秘密のキス
デイくんが寝ているテスカにこっそりキスをしてしまった話
文庫メーカーでUPしていたものをまとめました
触れ合ったのは一瞬だった。
しっとりとしていて、思ったよりも柔らかい感触にデイビットの胸は大きな音を立てた。
離れた瞬間、わかりやすく早鐘を打ち出す心臓。柄にも無く緊張したらしい。この身体接触に。だってこれは目の前の神が静かに寝息を立てていたからこそ出来た事で、『悪い事』だ。相手の承諾も無く口付ける事は誰がどう聞いたっていけないことだ。デイビットもそれは十分に分かっていた。
けれど、心を占める感情がこのままだと膨れ上がっていつか爆発してしまいそうで、怖かった。だから、寝息を立てるテスカトリポカにキスをした。
あまりにも利己的な理由。当人でさえ嫌悪するような言い訳だ。悪いことなど一度だってしたことがなかったデイビットをここまで突き動かしたのは、いつの時代だって人間を狂わせて来た熱病に近い感情。
デイビットは恋をしている。
かつて、ともに異聞帯を駆け抜けた唯一無二の存在。デイビットのような男を相棒と呼んだ稀有な神さま、テスカトリポカに友愛以上の情を持ってしまった。
はらり、絹糸のように煌めく金の髪が揺れる。頬に添えた手の甲をくすぐったその感触に柄にも無くデイビットはびくりと猫のように体を揺らした。
それでも、美しいかんばせを惜しげもなく晒した全能神は全く起きる様子は無い。よほど疲れているのだろう。
「ん、」
薄く開いた唇からこぼれた音は逆に彼が完全に眠っている事を教えてくれて静かに安堵する。
「
……
好き、だ」
ふにゃ、と緊張を解いたデイビットは聞かれていないだろうと思いの丈をぶつけると、お疲れの彼のためにホットチョコレートでも作ろう立ち上がる。
どうせ叶わない恋とデイビットは十分に理解していた。この楽園での日々が終われば二度と会う事は無い。ならば、思うのは自由だろう?
テスカトリポカにブランケットをかけてあげると、キッチンへと足を運ぶ。彼が目を覚ましたタイミングに間に合わせるために、棚から必要な物を取り出していく。
淡々とチョコレートを刻んでいると自分のした事はまるで夢だったかのように思えてくる。彼の唇に触れた唇を無意識に触ってしまったデイビットは「らしく、ない」と小さく呟いた。
そんなデイビットをうっすらと開いた青銀の瞳がじぃと見ていた。何かを思案するような視線にデイビットが気づく事はなかった。
◇◇◇
デイビットは秘密を抱えている。
淡い淡いその思いを悟られないように蓋をしていたのに、生まれてしまった初めての感情をうまく制御出来ずに溢れさせてしまった。
ふに、と一瞬だけ触れた唇。生きてきた中で、デイビットがキスをしたのはテスカトリポカだけだった。そして、悪いことをしたのも初めてだった。
瞬間的に満たされたのに、あの触れ合いを知ってしまったデイビットはいけないと分かっていてもまた触れたいと考えてしまっていた。
恋は病だという言葉は言い得て妙だ。間違いなくデイビットは病に侵されたようにおかしくなっている。気に入りの戦士が
そんなこと
恋
で狂ってしまったと失望されたくなくて、神に悟られたくなくて、テスカトリポカが帰宅するタイミングを計算してフィールドワークに出た。
ミクトランパの遺跡や植物は地球上のものも似て非なるもので、良く観察し、調べ考察することはこの上ない充実感を与えてくれている。しかも、その間であれば、自宅にいないデイビットを探して彼がふらっと現れてもいつも通りの対応が出来る。ただ、何故か以前よりテスカトリポカがこちらを甘やかそうとしてくることには辟易しているところではある。ただの気まぐれではあるだろうが。
今日も東に近いエリアの遺跡を調べようと、愛用しているリュックを背負う。きゅっとブーツの紐を締める。そのまま、玄関から出ようとした。
だが、それは予想していない人物に阻まれることとなる。扉を塞ぐように黒い煙が渦巻き、あっという間に人型を作る。
モヨコヤニ、ティトラカワン、ヨワリ・エエカトル
……
様々な呼び名はあれど、デイビットがかの神に呼びかける名前は一つだけ。
「
…………
テスカトリポカ」
煙る鏡、テスカトリポカ。デイビットの唯一の相棒の名前。呼びかければ片眉がぴくりと上がった。サングラス越しでも分かるほど、薄氷のような淡い青銀の瞳は溢れそうなものを無理やり閉じ込めているような危険を溶かし込まれている。そんなテスカトリポカの重苦しい視線はデイビットに向けられている。
「デイビット、今日も楽しくおでかけか?」
「
……
あぁ、」
何処か面白くなさそうな問いかけだった。生前他人の感情の機微など気にしたことがなかったデイビットは、テスカトリポカのことだけは息を吸うように自然と理解できた。虫の居所が悪いとか、カルデアで何か嫌なことがあったんだろうくらいにしか考えずに彼の横を通り、扉を開けようとする。
しかし、それは骨ばった指がデイビットの体躯に比べて細い指先を掴み捉えられる。
「何故?」
「フィールドワークだ。おまえがいうところの休息に該当するはずだろう? 普段は口うるさいくらいに休めと催促してくると思ったが、問題があるのか?」
話を終わらせるつもりで振り払おうとした手のひらが、今度はデイビットの手首を掴む。黒い爪が食い込むほど強い力にようやく自分の想像以上に神は不機嫌なのだと気付いた。
「いつまで逃げるつもりだ? デイビット」
「言葉の意図を汲みかねる。オレは何からも逃げていない」
「はっ! オレが帰ってくるタイミングを計算して出かけておいて白々しいことをいう。なぁ、兄弟」
「
……
」
「オレは何よりも平等だと自負している。だが、オマエにだけは違う。デイビット。愛も情も、欲さえもオマエが欲するなら与えよう。何もお気に入りの戦士だから特別な扱いしているじゃあない。何の代償もなく与えることはしない」
「
……
テスカトリポカ」
「おまえはオレの腕の中に飛び込んできた。その心を自ら捧げただろう? だから、うんと甘やかしてやるつもりだったんだぜ」
「な、に
……
」
「なのに蓋を開けてみればオマエはその調子だ。愛情を注げば注いだだけそっぽを向かれちまうオレの性質を表すように離れていった」
テスカトリポカの言葉を理解することは容易かったが、認めることは出来なかった。
神に心を捧げた? 記憶を探してもそんなことはしていない。もし本当なら記憶に確実に残すだろう事柄だからだ。だが彼は嘘をついたことは一度も無い。
表面に出ていなくても混乱と焦燥に駆られるデイビットだったが、優秀な頭脳はすぐに答えに辿り着いてしまう。
『
……
好き、だ』
秘めた思いを告げたあの日のことをテスカトリポカは知っているのだ。気付いてしまえば、彼の態度にも辻褄が合う。
『甘やかし』が多くなっていることをただの気まぐれだと思っていた過去の自分を殴りたい。
「
……
ち、ちがう」
「どうした? オレが気付いていないとまさか本気で思っていたわけじゃないだろう?」
「オレは何もいらないよ」
「いらない、ねぇ。
……
本当に?」
白く尖った八重歯を覗かせて、こちらを見透かすようにテスカトリポカは嗤った。
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