らん
2023-12-13 00:22:04
5841文字
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千空とコハク

現パロ

あーだこーだ言うのはかったるいわ、かっこ悪いわ、甲斐性がねぇわ、とにかく3Kだなんだと抜かすのは誰の口か? 俺の口だ。
「非合理的な事に興味はねえ」
 俺の声帯模写をしたゲンの腕を軽く殴る。今運転中だからヤメテ、ケラケラと笑いながら受け入れる運転手は今日もご機嫌だった。俺をからかわなければいいだけなのは百も承知で、それでもからかうくらいには楽しいらしい。ゲンが言うように非合理的な事だと俺が一番理解してるのだから、こうしてからかわれる謂れはないはずだ。
 いまだに助手席でむすりと腕を組む俺をゲンは相も変わらず笑ったまま励ましてきた。
「俺的にはチョー良いと思うよ?」
「黙って運転してろ」
「ドイヒー、せっかく見兼ねて送ってあげてるのにー?」
「頼んでねぇだろ、どう考えてもテメーのコレはお節介と野次馬根性じゃねーか」
 自分でも馬鹿らしいとは思う。けれど、どうしたって気になったのだからもうお手上げだった。
 久々に馴染みのメンバーとメシでも、そんな風に急遽誘われた席で、嫌でも異変に気づくメンタリストはさすがの手腕だ。
なにかあった? 深刻そうな顔で尋ねられてしまえば、罰の悪さに声が萎む。
 あの手この手で聞き出される前にヤケクソで俺が吐き出した言葉はといえば、今思い返しただけでもはっ倒したくなりそうな非合理さだった。
「コハクが合コンに行った、なんてねぇ。千空ちゃんから聞かされるとは思わないし、そりゃ俺も応援しちゃうよねえ」
「マジでテメーはとにかく前だけを向いて無言で運転しろ」
 そう、あろうことかヤロー共とのメシの席で俺がこぼしたのは、彼女の行動に関してのお小言だったのだ。
 ゲンは固まり、羽京は必死に笑いを噛み殺し、龍水は含みのある笑みを浮かべ、クロムは「合コンって不純異性交遊か!」とデカい声で追い打ちをかけてきた。それだけで自分の喉でも掻っ切ってやろうかと思うほど、阿呆な愚痴だった。
「ベツにアイツが他のヤローとどうこうなるとは微塵も思っちゃいねぇがな」
「コハクちゃんは信頼してるけど、どこの馬の骨とも知れない男共は信用できないって話よね」
「なまじっか外見だけは文句無いだろ、アレは」
「自分の彼女のコト、外見だけは〜なんて言っちゃダメよ、千空ちゃん」
 吐き出す溜息は否応なくデカくなる。コハクが頼まれ事を基本断らない性質であることを理解しているし、今回の合コンだって事前に知らせてくれていた。それでも、喉奥に変な突っ掛かりがあるのだ。
 どうやっても自分じゃ取り出せなくて、言いたい言葉と言いたくない言葉が裏腹になるほどの、かたまり。
「そういえば、金曜は合コンに助っ人してくるんだ」
「ハ?」
 研究やら部活やら、互いに予定が合わないからと電話している最中、コハクはそうなんてないことのように発した。対する俺はといえばコハクとは余程縁遠い『合コン』のワードに一瞬思考が停止して、反応が遅れたことは覚えている。
「テメーに助っ人を頼む物好きはなんなんだ……?」
「タダ飯だと聞いたのでな、彼氏が居る事も話したが、まあそこはただ居てくれればいいと言われたのだ」
 いやそういう問題じゃねえだろ。
 小言を言ったところで、コハクが自分で決めた事を覆すのは難しい。そこに労力を使うくらいなら俺が目を瞑ったほうが明らかに楽だった。
「喧嘩もしてるんだったら、尚更お迎え行くのがいいよ。ついでに仲直りもしちゃえばいいじゃない」
「喧嘩じゃねぇ……
「あ、メンゴ。痴話喧嘩の間違いだった」
 語尾にハートマークが付きそうな声色で訂正をしながら、ゲンは慣れたハンドル捌きで高速を降りる。痴話喧嘩でもねェんだが、今一度吐き出した溜息はそのままに、車窓の外を無意味に眺めた。
 合コンに行くことの腹いせなんかでは決してない。そこまで気になるのなら止めていたはずだ。けれど無視をすることもできていなかったんだろう。
そんな俺が一方的に悪い、犬すら吐き出すレベルのモノ。

 コハクの合コン当日、つまり今朝の俺は珍しく寝起きが最悪だった。前日に泊まりに来ていたコハクは先に起きて朝飯を作ってくれていて、そこまでは良かった。
「千空は目玉焼に何をかけるのだ?」
「ぁ゙ー……しょうゆ……
「醤油より塩コショウのほうが美味しいのに」
 いつも通りの変わりない会話。俺は醤油派で、コハクは塩コショウ。そんなの前から知っていること。
コハクだって軽口で言ったんだと普段なら分かる一言に、俺はバカみたいな一言をこぼした。
「じゃあいらねぇ」
 いつもより低い声で返せば、コハクはきょとりと目を丸くしていたように思う。
「しかし千空、君は朝を食べないとエナジードリンクで済ませるじゃないか」
「テメーに関係ねェだろ」
「関係なくない、少なくとも今日は私が朝食を作ったのだ」
「誰も作れなんて頼んじゃいねェ!」
 朝っぱらから出す声ではなかったと、その場で反射的に理解した。したけれど、出した言葉はもう飲み込めなかった。
 売り言葉に買い言葉ですら成り立たない。ただの言葉の暴力をふるった。十対零で俺が悪い。
……確かに、頼まれてはいないな」
 すまない、なんて言葉を言わせたくなくて、思わずコハクの口を俺の掌で塞ぐ。それなのに俺は「悪い」なんて言葉さえ言えなくて、ただ無言でベッドに潜り込んだのだ。背後で呼ばれた名前にも振り返らなかった。
 コハクが先に出たことを確認してから起きれば、テーブルには何もかかってない目玉焼きとウインナー、横に書き置き。
「お鍋に味噌汁と、炊飯器にごはんがある。残りは冷凍してくれ。今日の夜も来る」
 嗚呼、やらかした。自分の無意識なくせに計画的な浅ましさに気づいたのは、その瞬間だった。

「調味料で喧嘩するとか、痴話喧嘩以外のなんでもなくない? リア充爆発しろ〜」
 そうゲンは笑うけど、実際は喧嘩でもなく、ただ単に俺が悪いだけだ。濁した言い方をした結果、痴話喧嘩で話が通っている。
 助手席の俺が大人しくなると、ゲンは少しだけミュージックのボリュームを上げた。
「そんなにコハクちゃんが合コン行くの嫌だったんだね」
……ア゛ァ?」
「だって、千空ちゃんって意見の主張はするけど、押し通すことは滅多にないじゃない。イレギュラーな対応してるのは、それだけコハクちゃんに甘えてんでしょ」
「オイ、分析すんな」
「わだかまりを抱えたまま合コンにでもいけば、コハクちゃんのことだからウサを晴らすんじゃなくて早めに帰ろうとするでしょ。ちょーっとそこは千空ちゃんの心が狭めだし、卑怯じゃない?」
 結局、何もかもお見通しらしい。
……テメーがアッシーに名乗り出た理由はコレか」
「やだなぁ、消去法よ。今日車で来てたのが俺なだけ」
 ゲンの言うとおり、俺はわだかまりでコハクの行動を縛ったのだ。無意識的に卑怯な手を使った。コハクが俺を好きだという心理を使って、離れていくことはないと確信した上でしか出来ない、そんな技。
 義理堅いアイツが喧嘩中の相手を放置しておけるわけもないし、かといって先にしていた約束を破れるタチでもない。そうなれば必然的に参加はするがはやく切り上げることは予想の範疇だった。事実、書き置きは今日も俺の家に帰ってくると書いてあったし、正解だろう。
 頼んじゃいない、なんて台詞を出してしまうのがあまりにも滑稽で、優しさをすくえなかったことを甘えていると柔らかく濁すゲンの言葉は鉛のようだった。
 コハクの行動をお節介だなんて思ったことはない。存分に享受しているのに、今日ばかりは意図的にナイフとして取り扱った。使った時は無意識だったにしても、許される使い方ではなかった。
 罰が悪いなんてもんじゃない、もはや刑罰ものだ。
「千空ちゃんは恋愛を面倒くさいって言うけど、恋愛に関しては千空ちゃんが面倒くさいんだって、そろそろ認めてもいいんじゃない?」
 コハクちゃんが好きってことは隠さないのにねえ。
 あいも変わらず笑うゲンを止めることは、もう出来そうになかった。


 1コール、2コール、3コール。
 かけた電話が繋がる気配はない。普段からスマホをあまり見ないタチのコハクにそこまで期待もしてないが。
 合コンに参加すると聞いたとき、一応聞いておいた店は今どきの映えを意識したイタリアンだった。トラットリアと書いてあるから、値段は手頃な店なんだろう。
 大体の行動を予測して立てた退店時間はそろそろのはずだろうに、あの特徴的なポニーテールはまだ出てこない。
 店の出入り口が見えるパーキングに駐車したゲンは、俺よりも何故か楽しそうにしていた。
「どんな女のコがいるのか気にならないの?!」
「ならねぇわ」
「ま、千空ちゃんには男のほうが問題よね〜」
「ベツに」
 適当に流しつつ、一応メッセージをコハクに送っておく。近くに居るから待ってる。たったそれだけ。
 そう送ってからたった数分後、店の扉が開いた。まるで誰かを探すように周囲を伺っているソイツは急いでいるようで、手に持ったスマホを耳に当てている。遅れて数秒後、鳴ったのは俺のスマホだった。
「ちゃんと謝るのよ?」
「テメーは俺の母ちゃんか」
「せめてお兄ちゃんにしてくれない?!」
「あ゛ーおありがてえ。助かったぜ、メンタリスト」
 おかげで俺の緊張も解れたわ。
 飛び出るようにゲンの車から降りて、そのままひた走る。向かいに居るコハクまでは直線上じゃ近いのに、歩道の信号はまだ粘るように赤のままだった。
 鳴りっぱなしのスマホを通話に切り替えると、コハクの声が耳朶を打つ。
「千空、今どこにいるのだ?」
「向かいの横断歩道」
 すこぶる視力の良いコハクはすぐに俺を見つけたらしい。咄嗟に走り出そうとするコハクを止めて、ようやく青になった信号を見るやいなや、俺は駆け出した。
 辿り着いた店の前、大人しく俺の言葉に従ったコハクは少し不安げな顔をしている。絶対俺の息が若干上がってるせいだろう。
「君、この距離で息が上がるのはどうなんだ……?」
「こちとら瞬発力も持久力も無いんでな!」
 案の定指摘されれば認めるしかなかった。どうせ俺は数十メートル全力疾走がキツいヒョロガリだ。
 数度深呼吸してから、コハクの手を掴む。朝と同じように、コハクはきょとりと目を丸くしていた。
「合コンは?」
「先に抜けた。彼氏が一緒に帰ろうと言うので、と」
……合コンなのに彼氏居ること言ったのかよ」
「君以外の男と色恋をする気にはならん」
 電話には出れなかったけれど、メッセージは来てすぐに読んだらしい。よくスマホを手に持ってたなと感心した顔を見せれば、いつ抜けるか迷っていたから時計を見ていたのだと先回りして回答された。腕時計の意味ねぇじゃねーか。
 そう素直に返せば、コハクは少しだけ目を逸らす。
……だって、千空から連絡が来るかもしれないだろう」
「あ゛ぁ?」
「今日の朝……いつもと様子が違っていたし。千空が謝らないなんて何か変なものでも食べたのかと不安で……大丈夫か? 熱など出たら大変だと思って様子を見に行こうと思っていたのだ」
 具合が悪い時は気分が落ち込みやすくてイラつきやすいから、と真剣に話すコハクには最早敵いそうにもなかった。
 もうなんでもいい。俺が悪いのは分かっていたし、合コンもハナから心配はしていなかったけれど随分とあっけらかんと過ごしていたようだし。
……今ので回復した」
「今?」
 掴んだままだったコハクの手を今一度握り直す。指を絡めてもう一度強く握れば、コハクは意図が分かったように笑った。
 そして、切り出すように軽く頭を下げる。あまりにもガキすぎた俺が悪いことを、ようやく言葉として謝るために。
「朝は悪かった」
……ウム、気にしてないぞ。千空も醤油がいいって頑固になることがあるのだな」
「そーいうコトじゃねぇんだが……
「こうやって迎えに来てくれて嬉しい。私も朝はすまな、」
 謝罪を最後まで言わせないように、空いていた片方の手で口を塞ぐ。もごもごと不服そうなコハクに、俺はハッキリと告げた。
「テメーが謝るトコロなんざどこにもねぇから謝るな。今回は俺が悪い。……頼まれなくてもメシ作ってもらえんのは、助かる」
 飾らずそのまま声に乗せる。コハクは塞いだ俺の手に自分の手を重ねて、ゆっくりと外していった。
快活な声で、目尻に皺を寄せて、まるでいつも通りみたいに、コハクは笑う。
「では明日も私が作ろう。土曜だしオムレツがいいな! 千空はオムレツに何をかける?」
……ケチャップ」
「奇遇だな、私もだ」
 そんなの、ずっと前から互いに知ってるのに。
 アホみたいな確認作業がおかしくて、肩を震わせあった。この居心地の良さに慣れすぎて、多分きっと、これがゲンのいう「甘え」なんだろう。
 繋いだ手はそのままに、解かれた手でもう一度だけコハクに触れる。頬を包めば、そのままコハクの掌も重なった。その行為はただの反射で、何をされるかなんて予想していなかったに違いない。
 目蓋を下ろす隙も与えず唇を奪えば、コハクから素っ頓狂な声があがる。
 ほとんど人が歩いてなくて良かった。車も青信号で動いているし、まあ、懸念としてはちょうど目の前の店の扉を開けようとしていた客が見ていたかも、ぐらいで。
「き、君、っここ、外……?!」
「言うな! 俺もクソほど思考が死んでるって今後悔してんだ!」
「後悔するならば、しなければよかろう!」
 おっしゃる通りのことにぐうの音も出なかった。出なかったので、今度こそ先導するように繋いだ手を引っ張る。
 合コンにスニーカーで行く女ってどうなんだよ、とは言わない。店を出たら俺の家まで走って来る気だったんだと理解できるから。
 信号待ちでタクシーを拾う時、店から出てきてコハクを呼んだ男の声に反応できないよう先に押し込めば、後はもう知ったことじゃなかった。
 どうせならさっきのキスも見られたほうがマシだった、なんて、バカみたいな嫉妬は飲み込む。
「心配せずとも、私には千空だけだぞ」
 走り出したタクシー内、分かりきった言葉で溜飲が下がるあたり、確かに俺は恋に関して面倒らしい。


END