らん
2023-10-23 09:12:29
971文字
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ニコとイチコ

未完

 隈の消えない顔を、ずっと隠していた。分厚い前髪で、誰にも目が見られないように。
 それは私にとって周囲から異物として反応されるのを忌避した回避行動のひとつで、能力が発現してからのコンプレックスのひとつだった。
 能力に理解のある人間なら誰も気にしないだろうと理解していたけれど、私はどうしても目下の黒い半月が嫌だった。眠りたいのに眠れない。身体を酷使して意識を落とそうとした瞬間、強制的に目は冴え渡る。疲労の蓄積していく身体。眠いと認識する前に覚醒する私は、眠ることが出来ない代わりに他者よりも長い活動時間を獲得した。
(ねむたい)
 寝れなくなったのなら、この睡眠欲という知識すら失くしてくれたら良かったのに。隈を擦ったってどうにもならない。欠伸が消えた私の身体信号は、眼前で疲れ切って眠る研究員達を見ても「羨ましい」という羨望だけ沸き上がらせた。

 思えば、ニコが眠っている姿を見た事がない。
 自分も科学者だからこそ分かるけど、どうしてものめり込みやすいタチを持つ私達はいつも同じ時間感覚で生きている。寝れる人間は寝るべきなのに、ニコは生命を削って発明を続けていた。それでもニコは否定者でないから、限界は来る。欠伸を出し始めた上に集中力が切れたのか、ほぼ私達しか籠らない発案部屋でニコは頭を掻きむしって立ち上がった。
「悪い、部屋戻る」
「はーい。おやすみ」
 ニコは私に「寝る」とは言わない。他の研究員には仮眠を取る時に「寝る」と言っていることを知っている。私の前で寝落ちる事もないし、いつも自室まで戻ると言って「おやすみ」すら言わない。
 そして、私がおやすみって言うと、バツが悪そうな顔をする。
 ニコが私の不眠を気にする必要はない。いつも憎まれ口しか叩かないのに、ニコはいつだって優しい。不器用な言動の奥底にある気遣いが私には快かった。きっと、私が「おやすみの挨拶をして」と言っても絶対に言わないだろう。それがニコの矜持なのだと思う。
 眠れない私に、ニコは眠りを知らないフリして話してくれている。
「難儀なヤツ」
 私と同じか、それ以上の科学力を持つ人。口が悪くて、好奇心が異常に旺盛で、自分の為に生きている人。それなのに、他者を気遣えてしまう人。閉じた扉を前にして、私はひとり、深呼吸を繰り返した。
  
 続く