らん
2021-12-04 12:34:58
665文字
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イルマとアメリ


いつもの僕ならどうしていただろうか。
アメリさんの前で手を差し出している男の人がいる。それはつい今しがたオペラさんに教わった貴族会のマナー。挨拶として、ダンスに誘うこと。
目の前の光景はそのマナーに則っているもので、その意味を知った上で、僕も彼女に手を差し出した。
いつもの僕ならきっと待っただろう。それが挨拶だと知っているのならば尚更、抜け駆けみたいな、割り込みみたいな、そんなことしないと思う。だって目立つし、先に差し出した相手に対しても失礼だと思うから。
それなのに、僕は見えていなかったと言い訳がましく思いつつ自分の手を差し出したのだ。目の前にいた男の人より大仰に、膝をついてまでして、恭しく。
だってこれはオペラさんに教わったこと、間違ってないはず。
そして、きっとアメリさんは僕を選んでくれる。そんな無意識。
(ごめんなさい、なんて)
ひとかけらも抱けなかった。僕にとってはじめてのダンスを、アメリさんと踊ってみたかったから。
踊れないくせに、踊れないからと、二人だけになっても手を離す気すらなくて。
アメリさんに恥をかかせるわけにはいかない。それは本当の気持ち。でも、本当に、それだけだった?
ドレスを着て笑うアメリさんはいつにも増して綺麗だった。きっと引く手数多な女性だろう。そもそも、女性悪魔は比率として少ないのだから尚更。
あの男の人、どうしたかな。横取りみたいになっちゃったかな。それでも、後悔も後ろめたさもない。
(ひどい人間だなあ)
焼きついて離れない彼女の姿だけが、今の僕の思考のすべてだった。