変なところで変なコトをしなくなった。イヤなことがあっても癇癪を起こさなくなった。すぐ死ぬなんて言わなくなって、ちょっとだけ先の話をするようになった。過去のこともまだ震えてるけど、すこしだけ呟くようになった。
ヒトはそれを良かったと、安堵したと、幸せだと、言うのかもしれない。
エーの変化のすべてを素直に喜べない私は、嫌な女なんだろう。
「どったのハニィ」
リビングの二人掛けソファでヘッドホンをしたままクッションに顔を埋めている私を、エーは心底不思議そうな声で呼んだ。
家主に呼ばれてもうまく反応できないのは音楽を聴いてるせいだと思ってほしい。ヘッドホンからメロディなんて1センテンスも流れてないけど。
「もしかしてェー、オレの新曲聴いた?ねっ、ね、バリサイコーだろ?」
隣がエーの重さで沈む。腰に回された腕はそのまま、招き入れられたエーの腕の中で私はまだ可愛くない顔でいた。
「……ハニィ?」
ごめんね、エー。私カノジョ失格かもしれない。
嘘が消えていって、隠し事がなくなっていって、未来を思い浮かべることが出来ることは確かにしあわせだ。喜ばしいことだ。
でも、少し前のエーだって確かに私の好きな人だったの。今のエーだって好きで、過去よりも大好きで、大好きだからこそ、すこし、さみしい。
「なーあ、ご本人様いらっしゃるんだからオレの声聴いて!」
聴こえていたエーの声がよりクリアになる。ヘッドホンはエーの手から床に放り投げられていた。エー、いくら自分のヘッドホンだからって投げちゃダメだよ、なんて言えない。今は私のほうが大人げないから。
「……エー、大人になったね」
「そりゃそうよォ。ハニィが大人にしてくれましたからネ」
「そうだよねえ」
「……え、ナニ、おセンチ?」
「おセンチかも」
エーが未来を歌う。今でもなく、過去でもなく、今まで想像もしてこなくて、創造するのさえ嫌っていた未来を奏でる。
みんなのエーたんが、これから先を視た瞬間を切り取って音楽にした。それはとてもスゴいことで、大切なことで、確かに私が望んでいたことのはずなのに、どうしても寂しい。
「ねえ、エー」
君の未来に私はちゃんと居る?
今はずっと大切にされてきた。これまでも愛を貰ってきた上で、『これから』が不安になる。
だって、ねえ、エー、あまりにも君が優しい未来を見てるから。私があげた愛なんかよりずっと大きな感情を歌うから。
「むしろ、オマエはいてくれないの?」
オレはオマエが居る未来しか見えてないよ。
私の頭を撫でるエーの手はおおきくて、声は甘かった。今まで苦労かけてますからなぁ、なんておちゃらけながら私の肌が見えるところにキスを落とす男の子は確かに私の知ってるエーだ。
「過去も今も背負った上で生きるのが未来って、オマエに教えてもらったんで、……ずっとハニィと一緒にいたいよ」
ね、いいでしょ、ハニィ。拗ねんなよ、オレはハニィのモノなんだから。
そうか、私は拗ねていたのか。大人になってしまうエーが私を置いてきそうで、こわくて。
埋めていたクッションから顔を出せば、エーは笑っていた。ようやく顔見れた、なんて、無邪気に笑うエーは私の知ってるエーだ。
「毎日一緒にいたら未来なんて今じゃん?」
「……なんだかプロポーズみたいだよ」
「そうだよ」
ぽかりと開いた私の口を塞ぐようにエーの唇が私のそれと重なった。触れるだけのキスはたった数秒、離れてくエーはやっぱり笑っている。
「オレと死ぬまで一緒になって、ハニィ」
やっぱり変わってないかもしれないなぁ。
泣き出した私を抱きしめるエーの体躯は、今日も子供体温だった。
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