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※現パロ
※千コハ付き合ってる
その知らせは、どういうワケか司から届いた。
「千空、コハクが昨日痴漢に遭遇したらしいんだが、話は聞いているかい?」
「あ"?」
昼休憩時、クロムと食堂でメシを食い終わった後のこと。先に席だけでも取っておこうと3限の講義室に向かう矢先にかかってきた電話は、現役最強の異名を持つ大学生、獅子王司からだった。
隣で頭にクエスチョンマークを浮かべているマヌケ顔は放置して、俺は昨日の夜を思い出す。
昨夜はコハクが珍しくアポも無しにオレの家に来て、晩メシだけ食べて帰った。それだけだ。久々に実家に泊まるとか言ってたか。玄関から送り出して、それきり。
特段、百夜と二人でメシを作ってる姿に違和感もなかったし、話す内容もいつも通りで、なんてことない日だった。
しかし、何よりもまず。
「あの雌ライオンを痴漢する物好きが居るんだな
……まぁ外見はルリと似てるからか?」
ルリがなんだよ?!隣から聞こえる声は無視した。
「反応から見るに、知らなかったんだね」
「知らねぇな。アイツのことだから、どーせ自分で撃退してんだろ」
「みたいだね。自宅の近くで尾行されていたけど、逆に追い詰めて警察を呼んだらしい。俺もさっき本人から笑い話で聞かされたところだ」
司とコハクは同じ大学だから、講義かメシの時にでも話を聞いたんだろう。
コハクは運動神経が抜群に良い。そこらの男なら簡単に負かすことができるだけの力もあるし、勘も鋭いから正直何も心配していない、というのが本音だ。
前に大樹と杠(むしろほぼ杠)には「彼女のことでしょう!」とお小言を頂戴したが、あの雌ライオンをそういう危機管理において『女』として区別するのは逆に侮辱にもなる気さえする。
「もし千空が不安なら、俺がしばらくコハクと行動を共にするけれど」
「あ"ー、そりゃあお有り難いことで。夜にライオンが2匹も居たら本能で全員逃げるわ。本人が気にしてねぇなら大丈夫だろ。そこの判断は司、テメーに任せる」
「分かった。じゃあ向こう3日は様子を伺ってみよう。相手は初犯だったようだから、おそらく罰金刑だけだろうしね。千空、コハクの精神的フォローは君に任せるよ」
「
……話はそれだけか?講義始まるから切るぞ」
まだ始まりもしない講義をでっち上げて通話を切る。隣のクロムが神妙な面持ちで見てくるから、あー面倒くせぇなんて息を吐いた。
「司からだった」
「司か!じゃあルリじゃなくてコハクのことか?」
「あの雌ライオンが痴漢にあったんだと」
「ハァ?!
……相手の男、死んでないよな?」
「さぁな。つか、そこまでしてたらコハクが捕まるわ。相手は現行犯だと」
「ならいいけどよー、
……ん?なんで司から?コハクからは聞いてねーのかよ」
講義室で一番見やすい中央列左寄りの席を二人で陣取り、あと20分は始まらないであろう前方に目をやる。今はまばらだが、開始直前になれば席はそこそこ埋まるだろう。クロムの質問には答えず、別の可能性を示唆してみた。
「それよりもテメーはルリの心配しろよ。コハクとルリ、外見は似ててもルリは非力だろうが。犯人に服役はねえだろうし、生活圏は微妙にズレてても、犯罪心理がどう狂うか分かんねー。暫くは用心するに越したことはねぇぞ」
「お、おう、分かった」
素直に受け止めてすぐルリに連絡を取るあたり、クロムは実直だと思う。こんな非合理的な恋愛においても素直は美徳だ。むしろ非合理的な事だからこそ美徳になるのかもしれない。俺には到底関係を持てない美徳だが。
(あのバカ、どーせ俺に危害が及ばないようにとか考えてんだろ)
確かに、コハクの用心棒として俺が隣に立ったところでほぼ牽制にはならない。知恵はあっても現代社会でスタンガンや物を使うことは過剰防衛だし、単純な武力なら圧倒的にコハクに歩がある。素手のみで制圧するのであればコハクのほうが有利だ。だから、ハナから俺が出る幕じゃない。
それを理解しているから、司も自分が様子を伺うなんて言ってきたのであって。
そもそも、俺が触れていい話題なのか、コレ。
アポ無しで俺の家に来たのは痴漢に遭遇した後で間違いない。実家に泊まることにしたのも用心には用心を
重ねてだろう。アイツは自宅付近で痴漢と会ったことにより、そこまで自分で考えて行動をしている。
その上で、俺に『話さない』という選択をしているのだ。曲がりなりにも『彼氏』という自他共に認める称号がある、俺に。
司に話した時も俺への報告は誤魔化したんだろう。ンなことしたってコハクより司のが頭の出来は良いんだからバレるのに。そーいうトコがバカだと思う。
「めっちゃくちゃダリー
……」
彼氏じゃなければ別に言われねーだろ、コハクのこと。いや、彼氏じゃなければなかったで囃し立てられたりとか、周囲の目が面倒だとか、この現代社会のクソどうでもいい一般論で疎ましくなってたけど。
どうして非合理的な事でさも当然かのように『男』だからと責務が発生するのか。
やっぱ付き合わなければ良かったか。なんて、非合理的なもの全て承知で彼氏になったクセに。
たったの四文字をコハクにラインした。「帰り何時」だとか、はじめて送るわ。
「なんにも唆らねぇ」
「千空せんせーは科学しか唆らねぇじゃねーか」
図星をクロムに刺された。どついていいだろうか。
#
「おーい、千空!」
Tシャツにショートパンツ、スニーカーと随分ラフな格好なことで。部活終わりのコハクは疲れなんてものどこにも見せず、今日も快活に笑っている。
司はといえばこの後テレビ収録らしく、ポロシャツにチノパンとオフィスカジュアルに近かった。
はじめてコハクと司の通う大学に来たが、他の奴等が二人の前だと相当霞む。この二人で夜道を歩いていたら百億パーセント安全だろうに。
「良かった、君なら来ると思ってた」
「ククク、今回だけな。変な引っかかり作りやがって、来なかったらどーするつもりだったんだよ」
「その時は大樹を呼ぶつもりだったよ」
「そのどんどん俺に圧をかけてく作戦はなんなんだっつーの」
大樹にコハクを送らせたら司に送らせるよりも居心地悪いだろうが。なんなら杠の耳に確実に入って説教始まるルートだ、最悪すぎる。どいつもこいつも要らない世話ばっかり焼きやがって、回りくどい。これだから恋愛は非合理的だ。
「研究は大丈夫なのか?」
「培養実験だからな、今は経過観察中なんだよ」
「それじゃあコハク、千空。また」
「ああ、また明日!」
近くでハザードを焚いていた車がマネージャーの車だったらしい。司は挨拶以外何も言わずに乗り込むと、車の群れにまぎれて見えなくなった。
時刻は午後9時。路面店の明かりと曇り空で月も星も見えない。大通りを意図的に選んで歩きながら、他愛もない会話を繰り返す。
「司と授業は一緒なのか?」
「同じ学科でコースも一緒だからな、自由科目以外は一緒だぞ」
「司に迷惑かけんなよ」
「君こそクロム
……いや、クロムのほうが迷惑をかけそうだな
……」
「まあアイツとは学部が違うし、そうでもないわ。今もそんなに授業被らねえし、来年からは完全に会わねーかもな」
大学の話なんてこれまでもごまんとしてきたはずなのに、実際まだ知らなかったこともあるんだから不思議だ。案外というか、俺達は言うほど互いについて話してもいないのかもしれない。
(まあ、痴漢も話さねーくらいだし)
別に話されなかった事が悲しいワケじゃない。頼りがいがなかったのか、なんて不安にもならない。コハクにはコハクなりの考えがあるのだと理解出来てしまうからだ。
自分の事よりも他人を優先しようとするきらいがあるし、相手のために頑張ったり、気遣う性格であることは重々承知している。今更その他人と天秤にかけられた時、『彼氏』や『家族』という存在が唯一として重くならないことも分かってる。
コハクにとって一番重くなるのは、今目の前で一番助けが必要な人だから。そこに、コハク本人は含まれないけれど。
「それにしても、千空がまさか私の大学にまで来ると思わなかったぞ」
「あ"ぁ?まあ、俺も用がない限りは来ねえと思ってたわ」
「ということは用があったのか?」
「おーおーあったわ。もうめちゃくちゃな試練があったワケだ」
「一体どんな試練が
……」
本当に、自分だけは蔑ろにしやがって。
「テメーを迎えに来た」
視線は逸らさなかった。たじろぐ事さえ許さないように、瞬きもしてやらなかった。
歩みの止まったコハクに合わせて俺も止まる。人通りのまばらな大通りでは、誰も俺達を気に留めやしない。自然と避ける癖がついてる日本人の習性が、こういう時は都合が良いとさえ思った。
「
……ハ、千空、確かにめっぽう大変な試練だな?」
「どーせテメーはルリと親父にも言ってねぇだろ。残念だったな、クロムからルリに伝わってる」
「一体なんの話だ」
「いくら俺やコハク自身がそうじゃないって思ったって、世間様から見りゃテメーは『女』なんだよ。昨日の今日でこんな時間に一人で歩かせるワケねーだろ」
コハクは自分自身のことをよく忘れる。記憶的な意味ではなくて、護る対象としての自分を捨てるのだ。自分が相応しくないのなら引いて、代替になれるのなら率先して、そうやって自分の価値を理解しているくせに、自分で自分を少しずつ汚していく。綺麗なのに、灰をかぶる。
今の自分の立場がルリだったら。杠だったら。スイカだったら。
痴漢に遭ったことを笑い話になんてしないだろう。細心の注意を払うし、メンタルケアだって行うだろう。それぐらい、他人は大事に出来るくせに自分には還元しない。
「そろそろ誰かに頼れ。俺にだって出来る技だぞ、頼るって」
「ま、待ってくれ、昨日のって、」
「痴漢に遭遇して捕まえたんだろ。司に聞いた」
「
……自分で解決出来ているのだから、良いではないか。少なくとも千空よりは上手く対処出来たと思うぞ」
「俺はそういう場合頼るからな。適材適所っつーモンがあんだろ。テメーは自分だけは傷ついていいとでも思ってんのか。テメーを大事だと思ってるヤツの気持ちはどうなる?
……俺の、コハクに対する感情を勝手に蔑ろにするんじゃねぇ」
嫌に決まってんだろ。
痴漢が物好きなら俺のほうが物好きだ。内面まで知って、全部理解したつもりになって、それでこんな非合理的な感情を持ってる。
『好き』だなんて無くても生きていけるのに、あまつさえ『石神千空の彼女』なんて称号さえ付けさせてる。見えない首輪で囲ってるくせに興味のない顔をして、他人に発破をかけられて重い腰を上げたように見せて。
俺が隣を歩いたところで、結局痴漢に遭遇したら俺を守りながらコハクが前に出る事になる。分かってる。
俺よりコハクのほうが強くて、アホみたいに真っ直ぐで、男とか女とか、全部関係ない。それも知ってる。
本当に守りたいなら司や大樹のほうが適任だって頭ではいくらでも最適解を持ってくる。全部、理解してるのに。
どうしようもなく、持て余してるのだ。
何も思ってないかもしれない。コハクにとっては瑣末な出来事だったかもしれないけれど、事件が終わってまず始めに来たのは俺の所だった。いつも通りだった、なんて、どこが。
蔑ろにした自分自身のどこで、コハクの自分に対する優しさは生きているのか。この無意識行動が、答えだったんじゃねーのか。
「千空。君、めっぽう私のことが好きだな?」
呆けたような顔でコハクがアホなことを聞いてきた。今更すぎて話にもなんねぇ。テメーが俺の『何』なのか自分の胸に聞いてみろバカ
「あーもー面倒くせぇ、そうで悪いか?!俺じゃなくていいからとにかく誰かに頼れって言ってんだよじゃじゃ馬娘!」
いつだって視線は逸らさない。それはコハクだって同じだ。
「私も、君のことが好きだ。だから昨日は君に会いに行った。顔を見たらなんだかホッとして、もう、どうでも良くなったんだ。なんでもない日になったから、それだけで充分だった」
迎えに来てくれてありがとう、千空。
こんな公衆の面前で何ラブコメしてんだよ俺達は。アホすぎて話にもなんねえ。
痴漢に遭った話は家に着いてから聞いてやろう。まず、知らない男を倒したその手を掴んで。
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結局、一週間ほど経ってもそれ以上の被害には遭わなかった。というか、最強のボディガード達が居てむしろ人が寄り付かなかった、が正しいかもしれない。せめて普通にしててくれ。
今回の騒動で思ったが、コハクですらこれだけの対応になるのに、他のヤツだったらどうなるのか。例えばスイカが痴漢に遭ったらマジでバカ過保護になりそうだ。
そんなことはさておき、コハクはこの一週間、実家や女子達の家を寝床にして転々と回り、夜は大抵男の誰かが一緒に帰ったり、バイト先に迎えに行ったり。かく言う俺は初日と今日だけなので、事情を知ったコハクの親父に少しどやされた。
研究が一番になってるってのは言い訳だが、そもそもテメーの娘が強すぎて俺じゃ力不足なんだっつの。
今日はバイト先に迎えに行って、帰る先はコハクの家だ。初日も荷物だけ取りに帰っただけで実家に泊まっていたから、また日常に戻るのは今日から、というのが正しい。
コハクの住むマンションは学生街の一角のせいか、路面店も少なく、どちらかといえば星空の見える場所だ。
北極星の位置を確かめながら歩いていると、隣のコハクが俺の小指を掴んだ。
「千空せんせー、今日は泊まっていきますか?」
「あ"ー、
……そうするわ。一応な」
「ではスーパーに寄ろう!明日は千空も休みだろう?」
別に、お互いに独りでも生きていけるんだろう。それでも、今、隣に居ることを望んだから。
非合理的な感情の居心地の良さを少しだけ知ったから、コイツが灰をかぶらないように、もう少しだけ。
なんでもない日に隣を歩くこの軌跡の先を知りたいから、あと少し。
俺よりも少しだけ小さな手を掴んで、今日もまた非合理的な感情で、なんでもない日を作っていく。
END
別に泊まっても何も起きない。
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