らん
2018-07-22 16:38:57
2057文字
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ヨシュアとカノジョ。

ディアヴォ

ギシリ、ベッドのスプリングが揺れて、ついで離れていく柔肌の感覚。カノジョがオレを気遣うように離れていくことを覚醒しきれない頭でぼんやりと気づいた。そのまま腕を掴んで引き戻そうかと思ったけど、カーテンから漏れてくる光は随分と熱い。そろそろお昼に近いのかもしれない。
「どこいくの……?」
まるで子供の駄々みたいだ。ふと口をついた言葉があまりにも幼稚で、でもその吐いた酸素は戻すこともできない。カノジョは気づいて振り返ると、オレの額を撫でてくれた。
「朝ごはん作ろうと思って。おはよう、ヨシュア」
「オハヨ。……今、冷蔵庫にはたまごくらいしか無いよ」
「昨日ちょっと買ってくればよかったね?んー、食パントーストして、目玉焼き乗せようかな」
昨日食パンは買ってきたのだと笑うカノジョに、そういえば二人で食べ切れるサイズをコンビニで買ってきたと言っていた昨日のカノジョを思い出す。まだ動こうとしないオレの髪をゆるく梳いて、カノジョは朝ごはんを作りにキッチンへと向かってしまった。
仕方ない、カノジョのいないベッドはさっきより心地よくないし、オレも起きよう。ゆっくりと上体を起こして伸びをすると、ずっと腕枕をしていたせいか右腕が若干痺れていた。痺れるし怠くもなるけど、カノジョの重みを感じられるから腕枕は好きだった。ここに居る安心感があるから、なんて言ったら、きっとカノジョはどこにも行かないのに、だとか言うんだろう。まるでなんてこともないように。
軽く顔を洗って、キッチンに向かうと既にカノジョはフライパンを熱している最中だ。すぐ終わるからとエプロンもせずに調理している姿は朝しか見れない。手元には冷蔵庫にあった卵と、残っていたスライスチーズが見える。
「なにか手伝おうか?」
「そしたらチーズを食パンに乗せて焼いてもらえるかな?」
「OK」
オレの家のキッチンも扱い慣れたカノジョの手際はとても良い。たかが目玉焼きで、って感じだけど、勝手知ったる手際という感じなのだ。
とろけるわけでもないオーソドックスなスライスチーズの包装紙を取って、カノジョが買ってきた食パン2枚をオーブントースターに突っ込む。タイマーを3分に合わせて後は機械にお任せ。手の空いたオレは目玉焼きを焼くカノジョの後ろでテーブルの準備を整えた。
オーブントースターは、つい先日オレの家に来たばかりのもの。三千円くらいの安いやつで、案外使いやすくて一人のときも重宝している。そんなトースターのジリジリと機械的な音は卵の焼ける音にかき消された。油と反応して撥ねる白身の音が食欲を刺激する。案外、しっかりお腹は空いていたらしい。
「目玉焼き、半熟としっかり焼くの、どっちがいいー?」
「オレは半熟がいいな」
「はぁい」
身体を重ねた後シャワーを浴びたまでは良かったけど、タンスから取り出すのが面倒になってオレの服を着て寝たカノジョのズボンはやっぱりブカブカだった。目玉焼きを作る後ろ姿を見ながら、そんなところに目が行く。ヘアバンドでまとめられた髪は所々跳ねていて、そんなところも愛しい。
慣れたようにフタをして蒸して、そんなところでトースターが焼き上がりの小気味良い音を響かせた。
焦げないうちに扉をあければ、ふわりとトーストのほんのりと甘い匂いが漂う。スライスチーズは柔らかくなって、きつね色に焼き上がったパンの上で乳製品独特の香りをさせていた。そのままカノジョの下に皿を運べば、カノジョはフライ返しを器用に使って半熟の黄身を壊さないように目玉焼きをチーズの上へと重ねる。塩コショウを軽く振って、お好みでケチャップ。
「おいしそう!」
「簡単なものだけど……
「作ってくれるだけで充分だよ、ありがと」
そういえば今日はまだキスしてなかったや。流れるようにキスを贈れば、カノジョははにかんだ。
「そういえば、小さい頃もたまに二人で朝ごはん食べたよね」
「あー、オレが時計見間違えて、朝早くオマエの家迎えに行ったりした時でしょ?」
「そうそう、お母さんがまだ6時よーって笑いながら、寝坊したと思って急いで来たヨシュアも一緒にって」
自宅が近所だったオレとカノジョは小学校に登校するのもはじめは一緒だった。その時、時計を見間違えて寝坊したと思い込んだオレが何度か早すぎる時間にカノジョを迎えに行くことがあったのだ。その度にカノジョの母親がオレのぶんの朝ごはんも作ってくれて、よくカノジョと一緒に食べたりしたっけ。懐かしい思い出も、これからは二人だけの今になる。
テーブルに並ぶ半熟目玉焼きが乗ったふたつのトーストと、オレのぶんのアイスコーヒーに、カノジョのぶんのアイスカフェオレ。オレだけじゃ絶対にテーブルに並ばない、なんでもないようで、けれどとてもささいな幸せ。
「朝ごはん食べたらどこかデートしに行こうか」
「いいね!どこに行く?」
「オマエの行きたいトコ!」
二人並んで手を合わせる。いただきます、重なる響きが当たり前になる日は、そう遠くない。