らん
2017-10-19 00:54:16
2113文字
Public
 

ジュダとカノジョ。

ディアヴォ

足を絡ませて眠る前の束の間の時間に、ふと擦り寄ったのはジュダからだった。唐突な彼の行動に疑問も抱かず、カノジョはジュダから与えられるキスをひたすらに受け入れる。
額から始まり、目蓋、頬、耳へと落とされたキスは軽いもので、鼻を軽く噛まれたと思えば唇も食むように奪われた。ちゅ、とリップ音をわざと立てるように何度も降る口づけは眠りへの誘いに近い。
もしこれがこの後も起きていろという合図なら、こんなにも柔らかくはなかっただろう。カノジョはこれまでの経験則からそう判断し、ジュダのふわふわとした金糸を撫でつける。綺麗に丸い後頭部の感触を堪能し、なおも止まないキスの嵐に応え続けた。
最後に一度、長く合わさった唇がようやく離れたかと思えば、ジュダの上唇はカノジョの輪郭をなぞる。
「ジュダ……?」
これまでにないパターンを受けて思わず声を出してもジュダが止まる気配は無かった。代わりに彼の唇は顎を伝い、自らとは違って喉仏の出ていない首筋で止まる。無防備に曝け出されたソコに舌を這わせ、明確にキスだと分かるように押し付けた。
小さく揺れたカノジョの肩を見、ジュダは小さく笑う。いつもジュダの喉仏にキスを贈ってくるカノジョと同じことを返しただけで、こうも反応されるのは気分が良かった。
「アンタが誘ってくる時のマネ」
……私はこんなに焦らさないもん」
「ハ? 充分焦れるんだけど」
「それはジュダが堪え性ないからでしょ」
「オレのせいかよ」
ねーわ、お決まりの文句が聞こえたかと思えば、カノジョの肩にジュダの頭が埋まる。乗せたままだった手で今一度髪を撫でると、ジュダも返すようにカノジョの前髪をゆるく落とすように撫でつけた。
「なあ、なんか喋れ」
「ええ?どうして?」
「いいから」
「もう、」
溜息がジュダのつむじあたりに当たり、もぞりと頭を動かす。居心地を整え直してもジュダはカノジョの肩に埋めた顔を見せることはなかった。
何かあったのだろうか。聞きたいと思ったけれど、言わないということはまだ時期ではないのだろう。仕方がないと諦めにも似た感情で、カノジョは彼のお望み通り喋り始める。特にめぼしい話題も見当たらなかったので、今日テレビで見た話をしてみた。
「それでね、っひ、?!」
相槌も打たずにただ話していたカノジョを遮ったのは、ジュダのおおきな掌だった。突如喉仏のあたりを触られて、素っ頓狂な声が飛び出す。
「な、なに?」
「なんでもねー。はやく続き」
「そこ触られてるの落ち着かないよ」
「ンなのどうでもいいから、はやく喋れって」
この間にも瞳がかち合うことはなく、カノジョはむすりと頬を膨らませて喋ることをやめた。一向に話し出さないカノジョに気づき、ようやくジュダが顔を上げると、拗ねた表情が映る。
「なに、拗ねてんの?」
「だって、私が一方的に喋ってるだけだし」
「いつもじゃん」
「い、いつもはもうちょっと返してくれるでしょ……?」
「オレは今アンタの声を聴いてたいワケ」
「どうして?」
「そーいう気分だから」
「じゃあ私は喋りたくない気分です」
このままでは押し問答の繰り返しだ。カノジョの首にあるはずの見えない喉仏に触れていた手で膨れた頬をつつき、ジュダはもう一度唇でたった今手放したカノジョの喉仏に触れる。
一度目は触れるだけ、二度目は舌で撫で、三度目は噛みつくように。
四度目はどうしようかと唇を離したところでカノジョの両手がジュダの後頭部の髪を強い力で掴んだ。頭皮に感じる痛みで視線を上に流せば、薄暗闇の中でも照れているのだと分かるほどカノジョの顔は緩んでいた。
「っ、私、誘われてる……?」
「そ、誘ってる。てか気づくの遅くね」
「だって、寝そうだったから」
「まさか」
冬になり脱がせづらくなったパジャマの裾から手を差し入れる。腹を撫でるだけでびくりと震えたカノジョの体躯がたまらなく欲しくなった。
(ホントは、声が聴きたかっただけなんだけど)
カノジョの声が好きだった。もしカノジョの好きな所を挙げろと言われたならば、彼は真っ先に「声」と答えるだろう。好きだと、欲しいとまず思ったのはこの声だ。未来永劫、彼の世界に音楽を与え続けてくれる音。
「ジュダ、」
かすかに震えたカノジョの声さえ、心地よい。その声でずっと名前を呼んでほしい。たとえそこにどんな感情が乗ろうとも、すべて受け入れるから。
「もっかい呼べ」
……えと、ジュダ?」
「もう一度」
「ジュダ」
「ん、やっぱこのまま最後まで付き合え」
わけが分からず目を白黒させているカノジョには悪いけれど、ジュダのスイッチを入れるのはいつだってカノジョの声だ。何がスイッチか、なんて、声が発生源なのだから防ぎようもない。
いまだ無防備なままの白くなめらかな首、そこに在る見えない喉仏にキスを贈り、仕切り直しとでもいうようにジュダは今度こそカノジョの唇を自分のそれで塞いだ。
「声抑えんなよ?」
横向きだった身体を仰向けに押し倒し、ジュダはその上で笑う。まるで綺麗な悪魔だとカノジョが思ったことなど露知らず、彼はカノジョの声を求めてすべてを貪った。