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らん
2017-09-20 15:36:13
3084文字
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ジュダとカノジョ。
wired発売日。
甘い香りの漂う朝が好きだ。
カノジョが焼くホットケーキを食べるときが好きで、オレを見て笑うカノジョを見ることも好きだった。たったそれだけのことで心底幸せそうに笑うカノジョが、好きだった。
「なーあ、とちおとめは?」
いつだか買い直した皿の上に乗っていたはずのホットケーキは既に空で、物足りなさに不満を顕にすればカノジョは苦笑するだけだった。
「とちおとめは冬までお預けです」
「ハ?マジでねーわ」
「とちおとめのジャムならあるよ」
「ジャムぅ?オレはただのとちおとめが食いてーの」
「イチゴ農家さんだって頑張ってるんだから我慢して!」
「ナニその理屈、わけわかんねー。秋とか無くなりゃいいのに」
仕方なく隣に座っていたカノジョの腰を抱き寄せて、油断しまくって半開きだった唇を食むようにオレのそれと合わせた。昨日の余韻が残っているのか、すぐ甘く変化していく顔にちょっとだけ萎えた気分が回復する。それでもまだまだ足りなくて、引っ込みそうな舌を絡め取った。
息継ぎがあまり上手くないカノジョは、深いキスを仕掛けるたび懸命に応えようとしてくるものの、いつだってギブアップがはやい。鼻で呼吸しろよ、死にてぇの?何度言っても直らないそのいじらしさに焦れはするけれど、気持ち良さに酔うカノジョの潤む瞳が好きだったから、矯正するのも諦めた。
今日だって健気に頑張るくせに、やっぱりうまく息は吸えていない。着ていたTシャツの肩がしわくちゃになっていく様を感じて、そこでようやく解放してやった。
「っ、は、ぁ」
「エロい声出すと止まんなくなるけど」
「ジュダのせい
……
!」
「ヘタクソなアンタが悪いんじゃん。オレはただキスしただけだし」
部屋着のオレとは違って既に出掛ける準備が整っていたカノジョのグロスは薄くなっていて、オレに移ったんだと親指の腹で拭えば淡いピンクのラメがつく。よれたカノジョのグロスを馴染ませるようにそのまま唇を親指でなぞれば、ラメは均等に付着したようだった。
「これからリリイベ行くのに
……
」
「マジで行くワケ?ダチ見つかったのかよ」
あ、一瞬視線が逸れた。それでも頷くから、まあ今日は見逃してやろう。
「グロス、もうちょい濃い色のほうがいんじゃね?そっちのほうが可愛い」
「えっ、ほんとに?」
「ウソ言ってどーすんの。そんだけオシャレするんだったら合う色つけろ。オレ居ないのにナニしてんのって感じだけど」
ティッシュで親指についたグロスを取って、流れで唇のグロスもオフしてやる。メイクポーチどこだっけ?立ち上がったオレを物珍しそうに見つめる視線に耐えきれず、つい睨んでしまった。
「
……
なんだよ」
「だって、いつもなら行かなくてよくね?って仕事ギリギリまで引き留めるのに」
「アンタが前から行きてえって我儘言ってたんだろーが。行くなって言って行かなくなるワケ?」
「んー
……
多分、行く」
「だろ?もうこのパターン慣れたわ。アンタ、したいことはテコでもすんじゃん。止める労力が勿体ねーし。ねーわ」
来るなと伝えてもお節介を焼いて来る女が決めたことを無理矢理捻じ曲げる事なんて出来るワケがない。それなら今日くらいは素直に送り出してやろうとした結果がカノジョの不信感を煽るとは。つうか、アンタやっぱりオレのこと煽ってる?
気づけば我儘なオレの扱いを覚えていたカノジョの強かさに改めて溜息を吐きつつ、教えられた通りの場所に収まっていたメイクポーチを引きずり出す。
何種類かあった中から一番似合いそうなピンク系の口紅を選んで戻れば、カノジョはキッチンで慣れた手際で食器類を片づけていた。
「終わった?」
「おわ、った!」
「ん。じゃ、コレ」
「ありがとう」
受け取ろうと伸ばされたてのひらを掴んで引き寄せる。じっとしてろ、そんな言葉と共に顎を掴めば揺れるから、両頬まで巻き込んで変顔にしてやった。マジで唇オバケにしてやんぞ。
「くっそブサイクなんだけど」
「じゅだのせいでひょ」
「あーもーこれぐらいで恥ずかしがってないでガチで大人しくしてろ。ズレたらメンドーじゃん」
照れながらもようやく覚悟を決めたのか、目を瞑ったカノジョの顎を今度は優しくすくってやる。どうせならもう一度、口紅が付く前に。落としたキスにむくれる暇を与えず、口紅を塗っていった。
「
……
よし、さすがオレ」
シアータイプのそれはさっきのグロスよりも今日のカノジョによく似合う。審美眼に間違いはなかったようだ。塗る前のキスがお気に召さなかったのかやっぱりむくれた顔にブサイクと告げれば、諦めたのか、それとも本心は嬉しいのか、多分どっちも含めてカノジョは笑った。
「ありがとう」
「ん、可愛い」
「そ、そういうのは、」
「ナニ照れてんの。バーカ」
もっかいする?からかっていることは既にバレていて、もう知らない!なんてすり抜けていったカノジョの後ろ姿を見送る。カバンを手にして、名残惜しそうに笑う姿は少しブサイクだ。
「私はもう出るけど、ジュダはどうする?」
「あー、今日はマネージャー迎えに来るからいいわ。
……
なあ、」
そんな顔すんな。せっかく可愛いのに。
「あと少しくらい居れないの?ま、ダチが待ってるならいいケド」
「え、」
今日からまた忙しくなる。エアではないリリイベもあるし、フェスにも備えなくちゃならない。少なくとも来週まではすれ違いが続くことは容易に想像出来た。だから、もう少しでいいから一緒に居たい。
多分、その気持ちはカノジョにもあるはずで。どうする、どうしたい?まあ、結論はオレのモンなんだからオレの好きにするけど。
今日の朝、先に起きたのはオレだった。
起こさないようにいつの間にか移動していたベッドから抜け出してリビングに足を運ぶ。昨夜放置したカノジョからのポスターを眺めて、カノジョのつけた折り目に沿って紙飛行機を作り直して。完成した紙飛行機はやっぱり不格好で、でもそのフォルムがなんだか良いとそのままCDラックに置いた。
元から机に置いたままの楽譜を見れば昨日お預けしたフレーズたちが脳内を巡り巡って、結局カノジョが起きてきたことにも気付かず作曲に没頭していたっけ。出来たタイミングとホットケーキの焼けるタイミングはほぼ同じ、そこから今まで、昨夜から合わせても二人で過ごした時間は半日に満たない。
その時間だけでも満ち足りたと思う。溢れるものが沢山あって、触れて、感じて、共有して、すべてが充足感を与えてくれた。
でも、もう少し、あと少し、欲張ってもいいだろうか。
「もう少し居ろ」
「
……
もう口紅塗っちゃった」
「そーいうのはナシ。アンタはどうしたい?」
「私は、」
鞄まで持ったのに、そんな言い訳はいらない。玄関に向かう足取りは完全に止まっていたから。なあ、特別なら、もう少しいいじゃん。今日ぐらい我儘でもいいじゃん。だって、篝火の発売日だぞ。充分特別だろ。カレンダーにも書いてたくせに。
「
……
じゃあ、あと5分」
顔真っ赤じゃん、アンタ。からかうセリフは飲み込む。代わりに両手を広げれば、おずおずとカノジョが近づいてきた。しょうがないヤツ。
もどかしい距離に痺れを切らして、オレからカノジョを閉じ込める。セットされた髪が崩れないようにゆるく撫でれば、ゆっくりと、けれどしっかり腰に回ってきた腕が愛しい。
「口紅、Tシャツに付けんなよ」
いってらっしゃいをすぐには言えない我儘を、今日も許して。それが『特別』だと思わせて。
オレにはアンタしかいないんだから。
END
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