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らん
2017-09-16 22:50:23
3108文字
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ジュダとカノジョ。
wired発売カウントダウン5日前。
「わっかんないなぁ
……
」
自宅に持ち帰ってきたサンプルCD、その盤面に書かれた筆記体のメッセージ。カノジョは彼の筆跡で書かれたそれを指先でつついてみせた。
一昨日の夜に渡されたCDは、昨日ジュダの家を出る際に一緒に持ち帰ってきたものだ。昨日は忙しさにかまけて考えることを放棄していたが、ジュダが「今回は教えない」と意気込むだけの意図がこのメッセージに潜んでいるとなれば、すぐにでも解読しなければならない。死んでも正解しろ、なんて家を出る際に言われてしまったのだから尚更だった。
本来ならあの場で英語だけでも分かれば意味を教えてもらえたのかもしれない、というのはたらればでしかなく、事実カノジョは筆記体が分からない為今に繋がっている。
ベッドに寝転がりながら眺めるのをやめ、カノジョは一度立ち上がって飲み物を取りに行くと、今度こそ本腰を入れて解読に乗り出した。
(誰かに聞ければ良かったんだけど)
まだ発売前の、しかも盤面に書かれたこのメッセージを見せられるような相手が居るわけもない。ケースに書かれていたなら中身を全て取り出して写真を撮ればなんてことないだろうが、もし実際に行ったとして、このメッセージの意味を誰かに知られるのももやもやとする。結局、結論は自分で解決する他になかった。
アイスティで喉を潤し、サーチエンジンで筆記体の解読について調べていくと、どうやら解読アプリというものがあるらしい。しかし、いずれも手書きの筆記体は大体読み取れないという文字を見つけ肩を落とした。原始的手段に頼る以外の道は閉ざされたようだ。
今度は筆記体の書き方を調べ、図説されているページを開く。筆記体で書かれた26文字を表示し、カノジョは盤面に書かれたメッセージと表示された英字を照らし合わせるという至ってシンプルで、着実に、けれど地味な作業に取り掛かることにした。
あらかじめ用意していたルーズリーフに解読した文字を書き込んでいく。一番はじめのYouと最後のmeはいくら筆記体に疎いと言ってもわかり易い。その次からが問題だった。
どれが一番似ているか、何度も盤面とスマートフォンの画面を見比べて、おそらくこれだろうと検討をつけてルーズリーフに書き込んで。メッセージの分節など分かるはずもなく、ただ文字として書き込まれていく英字はカノジョにとって未知のものだった。
どうやらジュダは筆記体の癖が強いとでもいうのだろうか、綺麗な書き方ではないらしい。Rがとても分かりづらく、途中まで存在も認識できなかったくらいだ。
(もし自分でも書き慣れてれば、こんなに苦労しないのかな)
いっそ自分も書けるようになろうかと思案しながらも全て書き出し終わると、なんとなくの形が見えてくる。これで読むことが出来れば、解読は成功だ。
「えっと、ゆーあー
……
せおりー?じゃなくて、あ、ざ、おんりーか。ざおんりーわん、ふぉーみー」
You're the only one for me.
翻訳しなくたってカノジョは分かってしまった。それほどまでにストレートな愛の言葉であることは、改めて丁寧に分節を区切って読むだけで簡単に理解できる。それでもすぐに飲み込めず、カノジョはスマートフォンに手を伸ばした。
震える指で開いていたページを閉じ、今度は翻訳が出来るページを開くと今現れたメッセージを打つ。英語から日本語に、自分の慣れ親しんだ言語への変換は一瞬で終わってしまった。
『私にはあなたしかいない』
どんな気持ちでこのメッセージを刻んだのだろうか。どんな考えでこの愛を伝えてくれたのだろう?ねえ、どうして。
聞ける相手がすぐ近くに居ないことをこんなにももどかしいと感じたことはない。会えない時間を寂しいと思っても、悔しいと考えたことだってなかった。それがどうしてこんなにも、今、唇を噛みしめてしまうほど恋しいのか。
「ジュダ、」
彼の名を無意識に呼ぶ。何度も呼んできた。どんな時も、ただ呼ぶだけで満たされるくらい、大好きな彼の名前。ジュダ、ジュダ、ねえ、ジュダ。大好き。
思い返せば、カノジョが形に残るものとして彼から言葉を貰うのははじめてだった。
誕生日に曲を貰ったり、愛の言葉を囁かれたり、楽譜を貰うことは往々にしてあったけれど、手紙やメッセージカードといった類はひとつもないはずだ。形のないものを愛としてくれることの多い彼は、言葉を残すのなら曲に、歌に込めるような人だった。音楽で世界が出来ているジュダらしいといえばらしいのだろう。
そんな彼が、はじめてカノジョに託した形ある、手元に残る言葉。
アンタのために書いた、アンタを思ってて浮かんだ、アンタが聴いてくれるから、そう言って形のない歌に何もかもを詰め込んでいつも愛を教えてくれる彼になんの転機があったのかは分からない。気まぐれかもしれないし、意図的かもしれない。それでも、オレから教える気はないと言ったその意味だけは分かる。
「愛してる」
まだ一度も言葉としてカノジョが貰ったことはないけれど、いつだって実感する彼の愛が込められているのだ。あの時教えないといった彼の裏側にあったのは、ちょっとした照れ隠しと、すぐに伝わらないもどかしさと、落胆。
「っ、じゅだ、」
泣くことでもないだろうに目頭が熱くなる。ブサイクになるから泣くなと言われてから彼の前では泣かないように気をつけているが、今はジュダが近くに居ないから泣いても許されるだろうか。ああ、だけど、ジュダが可愛いと言ってくれる顔でいつでもいたい。
必死に涙をこらえて、カノジョは何度か瞬きをする。もう大丈夫、泣かない。笑う。言い聞かせるように唱えてみて、笑みを浮かべてみたが、あえなく涙はこぼれ落ちた。
カノジョは涙脆いほうではあるけれど、頻繁に泣くほどでもない。ジュダとのことだからすぐに感情が昂ぶって泣きやすくなったり、笑顔が溢れたりするのだ。全部、ジュダのせい。本人に伝えたことはないけれど、おそらくバレているだろう。
今頃、言葉をくれた彼はまだ家にも帰ることが出来ていないことは察しがついている。音楽に熱中しすぎてスマートフォンの電源も切れているかもしれない。
一昨日会った時に貰ったばかりの熱がもう恋しかった。眠い、構えないと言っていたのに愛してくれた体温がもう一度欲しかった。囁かれる意地悪な言葉も、掠れた声も、自分の名前を呼ぶ音も、何もかもが愛しかった。思い返すだけで溢れる感情が渦巻いて、咄嗟に電話してしまいそうなほど。
それでも、彼の仕事が落ち着くまでは我慢するとカノジョは決めていた。死んでも来いと釘を刺されたフェスやツアーだって近い。それだけ彼の負担は多いはずだ。邪魔だけはしたくない。その為ならいくらだって我慢出来る。
どんな彼も好きだけれど、彼が何よりも輝く場所はステージの上だと知っているから。
「だいすき」
メッセージの書かれた盤面を閉じ、相見えるのはジャケットの彼。珍しく口角を上げた、いつもと雰囲気の違うジュダの表情をカノジョは人差し指でなぞる。
次会えるのはいつだろうか?こんなにも我慢したくないと思っているのに、現実はままならない。ジュダなら我慢なんてしないのかもしれないけれど、カノジョには分かっていた。
自分まで我慢がきかなくなったら、それこそどうしようもないこと。こんなに想っても結局は我慢が出来てしまって、でもきっと、このバランスのおかげで彼とずっと続いていること。
このメッセージに対する返答は、彼に会えるその時まで取っておこう。私のほうが愛してる、そう伝えられますように。
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