らん
2017-09-06 16:59:29
3102文字
Public
 

ジュダとカノジョ。

wired発売カウントダウン

「ジュダ、ほんとにホットケーキで良かったの?」
すっかり空になった皿の上を見ながらカノジョが頬杖をつく光景を見るのは、もう数え飽きた。
「ア、なにが?良いも何も、今日も『朝ごはんはご飯がいい?パンがいい?』って聞いてきたのアンタじゃん。この茶番いつまでやるわけ?」
「もしかしたらジュダだってご飯を食べたくなるかもしれないでしょ!」
「ねーわ。マジでありえねー。人間の食うモンじゃねえし」
「もー……そういうことじゃなくて、一昨日パンケーキ食べたんでしょ?」
なんで知ってんの、声に出さないけれど表情に出たのか、カノジョはツイッターでヨシュアが呟いていたのだと真相を明らかにした。自分の呟く時だけタイムラインを確認するから、直近の呟きさえほとんど見ないオレはその呟きを知らない。ていうかアンタ、全員フォローして、しかもちゃんと追ってるのかよ。というボヤキは溜息にして捨てた。
一昨日の昼は確かにヨシュアに誘われてメシに行ったし、とちおとめが無いから仕方なくパンケーキを選んだ。食べるなら甘いものを選ぶのは癖みたいなもので、それがいつから始まったのかと言われるとカノジョがホットケーキを朝食として作るようになってからかもしれない。
だって、メシに対する執着なんてかけらほどしか持ち合わせていないのだ。コメはダメで、とちおとめとビールがあればそれで良かった。いや、これは逆に特定のものに執着しすぎた結果なのかもしれない。とにかく、前までビールととちおとめ以外には無頓着だったオレが傾向だけでも掴んだのは、どう考えても一番近くに居るヤツの影響に他ならない。
店で食べるパンケーキはそれこそ外食クオリティで、味は悪くなかった気もするけど、食べ終わった後の結論はいつだって「カノジョの作ったホットケーキが食いたい」になる。ただホットケーキミックスを牛乳と卵と混ぜて焼いてるだけで、味なんか誰が作っても変わらないはずなのに、一枚ででっかく焼いてもらったそれが恋しくなるのだ。だから、今日もホットケーキが良かっただけ。
「パンケーキよりホットケーキが良い。ま、味も見かけもほとんど変わんねーケド」
……えーと、?」
「だぁから、ホットケーキが好きだっつってんの」
「私が作ってるのはホットケーキだよ?」
「知ってる」
「もしかして、褒められてる?」
「アンタしかホットケーキ作んねェだろ、バーカ」
呆けて油断しきったカノジョにキスをくれてやれば、それだけで満面の笑みになるから、そういうところも好きだと思う。随分とほだされて染められているのはオレの方かもしれない。
カノジョが食器を洗っている最中、寝室に戻って適当な服を見繕う。おそらく簡単に部屋の掃除と、ついでに軽い衣替えをしていたらしい。カノジョより後に起きたから、オレを起こさないようにという気遣いの元に素早く行われていたであろう一連のワークはほんの少しの名残を落としていた。
「アンタ、エアリリイベ行くのかよ」
リビングに戻ればちょうどカノジョもテレビをつけたところで、そこで声をかけたのはなんとなくだった。というのはウソで、確信めいたものがあったから聞いた。
寝室に落とされた衣替えの名残、薄手の長袖のトップスはマスタードの色合いだった。篝火のイメージカラーと、秋のトレンド色。昼前から何をしてるかと思えば、行く時の服装でも選んでるのだから笑える。バレたくないなら自分の家の服にすればいいのに。なんて、今じゃカノジョの生活品の半分くらいはオレの家にもあるのに無理な話か。
今日は午後から事務所に行こうと思っていたから昨夜の時点で家に呼んだけど、そのときはリリイベに行こうとする素振りなんてこれっぽっちも見せなかったのに、どういう風の吹き回しだろうか。
……行き、たい、なぁ」
「昨日は何も反応してなかったじゃん」
「だ、だって……ジュダは止めるかなって……」 
「当たり前だろ、仮にもアンタ関係者側だし」
「そうなんだけど……
ソファでほんの少し身を縮めるカノジョの横に腰を降ろす。オレから逃げずに距離が狭まるから、どうやらこの話題に関して引く気はないらしい。
エアリリースイベントの開催はオレ自身も昨日のツイッターで聞いたばかりのものだ。薄々やるだろうとは思っていたものの、実際に開催出来る運びになるかは謹慎処分を受けた身としては曖昧なところだった。
自分の音を、世界を拡げる機会が増えるのは素直に嬉しいと感じるし、そこから共感者が増えるのだって気分は悪くない。オレの音楽は分かるやつにだけ分かればいいけど、自分だけで留めておくべきものでもないと思うから。自分にだけ分かればいいのは、ただの自己満足のエゴだ。
そうオレが思っているからこそ、そんな拡張と共感の席に篝火のファンとしてカノジョは行きたい気持ちがあるのも理解しているつもりだけれど、いかんせんカノジョは「ヴォーカルの恋人」という称号がついてしまう。
特段オレは積極的に隠しているものでもないし、ライブでは関係者席に通せるからいいものの、オレ自身が行かないとはいえカノジョが「ただのファン」として行くのはいかがなものか。少なくともスタッフの一人や二人は気づきそうだ。
「オレが直接出るワケじゃねえけど、基本どのライブもただの客として行くのはナシって言ったじゃん。顔見知りのスタッフもアンタの扱いに困るし」 
「はい、分かってます」
「じゃあナニ、隠してまで行きたかったワケ?」
「ジュダの特別メッセージが見たいなあって」
「オレから聞けばよくね?」
「違うの、それじゃ全然意味ないの!ああいうのはその場でワームズの皆と楽しむから面白いの!」
「ふーん」
よく分からないファンの理論には適当な相槌しか返せないことをカノジョだって知ってるくせに、こういう時にそんな馬鹿げた感情をぶつけてくるから厄介だったりする。どうせ、コイツは行きたいって気持ちからもうブレないんだろうな。でもオレが否定し続ければやめてしまうんだろう。それだって分かっている。
カノジョの気持ちを表すように、さっきまで落としていた肩は今じゃ少し上がり気味だった。でもきっと止めれば萎んで落ち込むからいつもオレが負けるんだ。
オレに寄り添うくせに、受け入れるくせに、諦めてオレに従うくせに、なんて、全部オレがさせているコトなのに。そうやってがっかりさせたいわけじゃないから、ただ笑顔が好きだから、今日もオレが負ける。だから、ほんの少しだけ、譲歩してやろうか。
「あー……前も言った気がするけど、アンタだけで行くのは、止める」
…………友達と一緒なら?」
「アンタがワームズだって知ってんのに行かないトカ、そのダチが逆におかしいって思うことはしなくていい」
ここまで言えば悟ったようで、不安げに下がっていた眉が段々と持ち上がっていく様が現金で可愛いと思ったことは黙っておこう。からかう材料として、今日はストックしておくコトにした。
「じゃあ、」
ひどく甘く、弾んだ声でカノジョは最大級の嘘をつく。
「友達に誘われたから、エアリリイベ行ってもいい……?」
斜め下45度、潤んだ瞳とダブルパンチ。アンタ、今日の服胸元開きすぎじゃね?
ホットケーキの甘いミルクの匂いが残った髪を梳いて、その嘘に乗ってやる。
「トモダチが見つかればイーケドな」
TSK!TSK!そう吐き捨てるのは、甘すぎる自分とコイツに関しては欲望に忠実すぎる自分に対して。
珍しくカノジョから贈られたキスに噛みついて、仕事までのわずかばかりの時間を楽しんだ。