らん
2017-08-01 02:14:40
2311文字
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ユゥカノ


どうせ陳腐でありきたりなものだろうと高を括っていたことを認めよう。
不覚にも潤んだ瞳を誤魔化そうと何度か素早く瞬きをしてみても、一向に改善される気配はなさそうだった。むしろ、そろそろ溢れて表面に露呈してしまいそうで、さり気なくを装いつつ口元に手を当ててあくびをかみ殺すフリをした。

カノジョが見たいと新作で借りてきたDVDはつい先日発売したばかりのラブストーリーものだった。キャッチコピーはなんだったっけ、多分、この純情に涙するとか、なんとか。
実力派若手女優とオレが過去に所属していた事務所の若手俳優が共演していることで話題になっていたその映画に、オレはこれっぽっちも興味がなかった。それでも一緒に観ることに決めたのは、主題歌と挿入歌を担当したのが懇意にしているバンドだったから。サウンドだけでも楽しめるだろうと安易な考えだったことも、認めよう。
帰宅して、夕飯や風呂などを済ませたところで二人隣り合う形でソファーに腰を下ろす。導入はやっぱりお決まりのもので、ああつまらないなと既に飽きようとしていた所から、話の流れがガラリと変わった。
何事も不自由なく過ごしていた二人に突然訪れたのは、「倦怠感」ただそれだけだった。ゆるやかに、けれど確かに変化していく二人の関係性に焦れ、最終的にどうせハッピーエンドなのだろうと勝手に思っていたことを後悔する。これは、失恋の物語だったのだ。どうやらとてつもなく後味の悪くて、ざらりと舌をすべるのは飲み込みづらいナニか。
映画のヒロインは一度も泣かなかった。それが逆にこちらの涙腺を刺激してくるのだ。気づけばカノジョと同じく食い入るように魅入っていた。いつもなら軽い雑談をまじえて、飲み物だって口にするのに、今日はそれさえ忘れたように、静かに経過を見守る。
「信じてくれるだけで良かったの。信じられるだけで良かったはずだった。でも、欲張りになっていく自分に呆れてしまった」
泣かないのに、まるで涙が見えるように吐露するヒロインの感傷は、オレが抱く感傷とあまりにも酷似している。
「強欲は罪だろうか」
「いいえ、けれど、疲れるわ」
感情に疲れたのだ。自分のものであるはずの感情が重荷になっていく様がどうにもカノジョとの事を連想させて、気づけば泣きそうになっていた。
ふと隣を見やればカノジョも瞬きを数度繰り返していて、やっぱりオマエは泣くんだな、なんて当たり前で容易だった予想の解答に心の何処かでホッとしていた。
(ここで泣くのは、オレだけじゃない)
感受性が豊かだとは自分では全く思っていないものの、こうしてリンクするとどうにも自分たちを思い返して泣きたくなる。すれ違ったことが一体どれだけあったと思ってるんだ?
もしかしたら、この映画のように、オレたちも互いを好いたまま関係を終わらせていたのかもしれない。甘い痛みに犯されたまま、誰とも交われない呪いを抱えたまま、面影を追いかけたのかもしれない。
そうならなかった運命だから、今隣に居てくれる奇跡がある。
エンドロールを眺めながら、今度はゆっくりと瞬きを繰り返した。ようやく引いた涙を振り切ってカノジョを見れば、ちょうど視線が交錯する。
いつもなら、泣いたデショ、そう声をかけた。けれど、今日ばかりはかけられなかった。
だって、オレも結局泣いてしまったから。
……思ってたより、悪くなかったカモ」
「もー、素直に面白かったって言えばいいのに」
からかわない代わりに、まだ終わらないエンドロールの中でカノジョの肩に頭を預ける。ああ、内容に集中してしまって挿入歌を全然聴いてないや。主題歌は相変わらず好みのメロディで、でも、歌詞は聴けなかった。きっといい歌詞を書いているだろうから、思い出して涙が引きずられないように。
遠慮がちに伸びてきたカノジョの掌はオレの掌に重なって、ぎこちなく指が絡まっていく。
大事な人を見つけたら、嘘じゃないと抱きしめてほしい。最後に抱きしめながら交わした映画の中の二人のセリフは、まさしくその瞬間こそ真理だったのに、離れたのだ。
それがフラッシュバックして、オレもカノジョの掌を握り返す。あたたかい。人肌のぬくもりだ。確かに存在していて、なによりも好きな体温。
華奢な肩はオレの頭の重みで潰れたりはしない。分かっているから、預けた。それだけの信頼があるから。
エンドロールの終わり、最後に映った二人の抱きしめた相手が、誰だったのかは分からなかった。
……あのさ、」
「うん?」
「やっぱ何でもない」
「えぇ……
好きだよ、言えない代わりに、メニュー画面に切り替わったそこには目もくれず、不意打ちでキスをした。突然どうしたの、笑うカノジョの頬を撫でて、もう一度。
……ユゥ、ほんとにどうしたの?」
「どーもしない。したくなったからしただけデス」
オレの運命は間違ってなんかないよ。離れてかないよ。大事な人を逃したくないから抱きしめて閉じ込めたんだ。もう二度と、間違えないように。
互いに潤んだ瞳は知らんぷりして、今度こそ受け入れられたキスを深くしていく。押し倒したソファの硬さなんか気にしてられなかった。
面影を追いかけることなんか出来やしない。もう、コイツに全部あげようと思ってしまったのだから。そして、全部貰うと決めたのだ。
掴むことの出来る手の甲にキスを落とせば、今日のユゥはちょっと変、なんて目尻を下げる姿さえオレのもの。
「ね、ユゥ」
抱きしめて。
囁かれたおねだりに、今日ばかりは素直に応えてあげよう。
嘘じゃないと、伝わりますように。



image song:ライア・クライア