らん
2017-05-31 11:10:45
2409文字
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ユゥとカノジョ。

ディアヴォ

味噌汁が飲みたい。まるで駄々をこねるようなオレの声を拾ったのはマイクで、それを聞き届けたのはスタジオで一緒に練習していたメンバー達だった。
「あー、もう昼飯の時間か。どっか食いに行く?」
「コンビニでよくね?ユゥがインスタントの味噌汁でもいーならさ」
「とりあえず飲めればなんでもいいデス」
それぞれ楽器を定位置に置いて、貴重品だけ手に持つとスタジオを抜けてコンビニまで昼食を買いに行くことにした。歩いて数分もしないところにあるコンビニは名前とは打って変わって24時間営業の優れものだ。ここのインスタントは結構信頼している。
豆腐が入っていないことをよく確認してから、オレはワカメのカップ味噌汁を手に取った。ついでに弁当をひとつ選んで、メンバーよりもはやく会計を済ませると備え付けられているポットで味噌汁にお湯を注ぐ。もう一度カップに蓋をする頃には全員買い終わっていたようで、マジで味噌汁買ってる、というギターの声に脇腹を小突いた。
スタジオに帰って弁当を広げている中、オレはようやく飲みたくてたまらなかった味噌汁へと真っ先に手をつけた。
味噌を溶かすように割り箸で軽く混ぜて、合わせ味噌なのか家で飲むものよりも少し色の濃いスープを啜る。
……、」
なんか、違うな。声には出さないものの、飲みたいと思っていた味噌汁とは違うことに違和感を感じて手が止まった。もう一度口にしてみてもその違和感は拭えなくて、オレはがっかりと肩を落とす。
美味しくないわけではない。インスタントにしたら美味いほうだと思うし、ワカメと長ねぎもたっぷり入ってて値段よりも得した気分だ。ただ、オレが飲みたいと思ったそれではないだけ。
「味噌汁居るヤツ、あげる」
「は?飲みたいって言ってたのお前じゃん」
「んー、なんか違った」
「味噌汁に違いなんかある?」
「あるわ。和食ナメんな」
たった今飲んでいた味噌汁の味を誤魔化すように、弁当の中に入っていた沢庵で打ち消した。



「ただいま」
解錠してドアを開けると、瞬間的に漂ってくる出汁の匂いがここ最近の楽しみだったりする。カノジョ本人に直接伝えるのは照れが勝るから、言ったことはないけれど。
スニーカーを脱いで、手早く手洗いとうがいを済ませるとリュックを抱えたままリビングに向かった。
ただいま、もう一度言っても反応はなくて、これはきっと音楽を聴きながら調理してるんだと検討をつける。案の定、キッチンで何かを焼いているカノジョの耳からはイヤフォンが伸びていた。
リュックを定位置に放ってから気づかれないようにそっと近づくと、片方だけイヤフォンを外してやる。突然生活音が飛び込んで来たことに驚いたのか、カノジョからこぼれた素っ頓狂な声にたまらず笑ってしまった。
「ナニその声。オマエさあ、音楽聴きながらよく料理できるよね?つか、オレが帰ってきたコトくらい気づきなよ」
「本気でビビった……。集中してたから、ごめんね?おかえりなさい」
「ん、ただいま」
今日の夕飯はなにかというオレの問いかけに、カノジョはカツオの照り焼きだと焼いている音に負けないくらいの声で答えた。二人分の麦茶をグラスに注いでテーブルに置きつつ、小皿を用意したり、箸を用意したり。
「味噌汁はー?」
「お味噌汁?よくあるって分かったね?今照り焼きの匂いしかしなくない?」
「家入ってきた時に出汁の匂いした。オマエ和食の時は絶対味噌汁作ってくれんじゃん。で、具なに?」
「お豆腐」
「ハ?」
「冗談だよ……。今日はね、わかめとお揚げと長ねぎです」
昼飲んだのとほぼ一緒じゃん。まあほとんど残してあげてしまったから飲んでないのと変わりないけど。
へえ、そんな気のない返事をしてもカノジョが不思議に思うことはなかった。
「お待たせしました」
程よくこげ目と照りのついた鰹の照り焼きはオレの空腹を刺激して、食卓に並ぶだけでじわりと口内に唾液が分泌された。炊きたての白いごはんと、白味噌の味噌汁。ナスの煮浸しにキュウリとニンジンの浅漬け。彩りも悪くない。
どんどん上手くなってくよね、ポツリと呟いた言葉は本人に届かなかったようで、エプロンを外して向かいに腰をおろしたカノジョはお腹空いた、なんてのんきに言っている。たまにムカつくけど、そういうトコ、嫌いじゃない。
「いただきます」
律儀にお辞儀までしてから、二人ともまず手に取ったのは味噌汁だった。こういうのは一緒に暮らすようになってからますます似てきた気がする。オレの思考でも読んでるワケ?違うのは分かりきっているのに、そう感じてしまうほど。
ほわりと湯気のたつ味噌汁は、鰹だしの匂いが漂っていて、やっぱり帰ってきた時の匂いはコレだったんだとなんだか安心した。インスタントには感じなかったこの匂い。
軽く味噌と出汁を混ぜて口に含む。こくりと飲み込んだその味は、まさしくオレが飲みたいと想像した味噌汁そのものだった。
(いつのまにか、コイツの作る味噌汁が「味噌汁」になってたんだ)
おふくろの味、というものがオレの中にはある。一人暮らしをしていたとき、時たま自分で作っていた味噌汁はその味に似せていた。店で飲む味噌汁も好きだし、インスタントだってベツに嫌いじゃない。
でも、今は。明確にオレが求める味は、もうおふくろの味じゃない。カノジョの作る味が、オレの格別。
……美味い」
皮肉もなしに溢れた思いを舌に乗せれば、目の前のカノジョが何度か瞬きをした。徐々に緩んでいく顔はまるで花がほころんでいくようだ。そのカオ結構ーーいや、相当、好き。
「お口に合うなら良かったです」
同じものを食べて、消化して、同じ生活環境の中で人は似ていくのだと言う。もしかして既にオレ達はその段階なのかもしれない。それが愛しいと感じるとうまく言えない代わりに、もう一度噛みしめるように味噌汁を飲んだ。