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らん
2017-05-06 23:24:36
3326文字
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シエルとレオード。
ディアヴォ
「ふ、」
「
……
どうかしたのか、シエル」
向かい合わせに腰掛けていたシエルから漏れた息は確かに笑うときのもので、レオードは次のミーティングの内容を記した書類へ向けていた視線をシエルへと移した。
シエル本人もレオードと同じように書類に目を通してはいたが、彼の手の内にある書類はまた別のものである。つい先日バンドマンの身体について、ということで女性誌からのモデル依頼をされた際のものだ。社長たっての依頼を断ることも出来ず、数カットの上裸撮影とインタビューを受けることになっていて、シエルが今しがた見ていたのはそのインタビューの質問事項だった。
「いや、すまない。質問が面白くて」
「質問?なにかの雑誌のインタビューか?フレマ、ここ最近音楽雑誌でインタビュー受けてなかったろ」
「ああ、作曲に注力していたから紙面活動は抑えていたんだ。これは社長から頼まれた女性誌のインタビュー」
「女性誌
……
?そんなのジュダにやらせればいいのに。アイツ、モデルも兼業してるし」
「ジュダは身体を精力的に鍛えているわけではないからな。それに、アイツがこんなインタビューに体よく答えるとも思えない」
渡された質問事項を受け取ると、レオードはざっと目を通していく。鍛えるようになったきっかけ、音楽と身体の繋がり、そこまでは至って普通のものだったが、さすが女性誌といったところか、質問内容はどんどんと情欲を孕んだものになっていた。その中でも特に意表をつかれた質問に、たまらずレオードは素っ頓狂な声をあげる。
「初体験はいつ?って、バンドも音楽も関係なさすぎるだろ!」
「音楽雑誌ではないからな。まあ、さすがにこの質問はNGで返すが。第一草案だからとりあえず片っ端から聞きたいことでも入れたんだろう」
「これで笑ってたのか」
「世の中の女性は俺の初体験を知って何が楽しいんだろうな?」
すっかり冷えたタンブラーのコーヒーで乾いた唇を湿らせつつ、シエルはもう一度笑みを見せた。レオードは彼に書類を返すと、確かにジュダには圧倒的不向きな内容に大きな溜息をつく。
「社長はバンドマンをなんだと思ってるんだ
……
」
「多分、俺のスケジュールが合わなかったらお前にいってたと思うぞ」
「ハァ?どうして」
「フレマよりルミエは女性ファンが多いだろう。むしろ、基本は女性だろ?オレと同じで鍛えてるし、外見や知名度も申し分ない。それでお前もスケジュールがダメだったら奥の手でジュダだったろうな」
「ルミエールは音楽でしかやっていく気はない」
事務所内でも圧倒的な知名度を誇るフレマ、そしてモデルでもありマルチな活動をしている篝火のジュダは広告塔にされる回数が他バンドのフロントマンよりも圧倒的に多い。
顔だけバンドと言われていた時期もあるレオードは、それを払拭したくて紙面活動も基本インタビューのみだったりとスナップはつけないことが多かった。今はその恩恵にあやかっていることをこんな間近で体感するとは思っていなかったせいか、何度も溜息が出ては消えていく。
「初体験なんか知って楽しいのか
……
」
「自分の彼女の初体験なんか聞きたいと思わないから、俺は御免だがな」
「やめろ。そうやって身近な人で考えると余計に沈む」
「まあ、男と女では考え方も違うしな。楽しいんじゃないか?」
「
……
カノジョに聞かれたら、シエルは答えるのか?」
ふと思い至ったようなレオードの発言に、シエルは一度瞬きをした。その発想はなかったのだ。いかにもレオードらしい発想力に目を細めると、シエルは回答を口にせず質問で返した。
「そういうお前は答えるのか?」
「
……
聞きたいって言うなら、言うかも。隠したいことがあるワケじゃないし」
「お前、今の彼女に落ち着くまでは相当フラフラしてた印象だったんだが
……
。気性も随分と荒かったし。お前に泣かされたスタッフを数えたらキリがないぞ?」
フレマはほとんどが専属のスタッフを雇っているものの、ルミエは当時いまだ全員が専属というわけではなかったはずだった。その頃のスタッフ泣かせと来たら噂でも回ってくるものだから、いつだか昔馴染みとライバルのよしみで苦言を呈したこともあるほどだ。
その時のことが思い浮かんだのか、レオードは自分の手から書類を手放して誤魔化すようにアイスティに手を付ける。
「篝火とかNSFWよりはマシだろ。オレはアイツ等みたいに物壊したり、外部にまで迷惑かけるアホみたいなことしてなかった。ただ音楽に対して同じ気持ちじゃないヤツは嫌いなだけ」
「さすが王子様。
……
と、話がズレそうだな。フラフラしてたわりに隠したいことはないのか。確かに初体験、だしな。関係ないか」
「初体験って言われてもな。
……
すごく野暮なのは分かってるけど、シエルはいつ」
「中2。
……
おい、お前が聞いてきたのになんて顔してるんだ」
「いや、そんな即答されると思わなくて」
ぱちくりと大きな瞳が驚きに見開かれた。中性的な顔がぽかんと口を開けているのは中々に美形が台無しだと内心思うものの、シエルがとやかく言うことはなかった。
「そういうレオードは?」
「中1?とかだったと思う、多分。
……
この話マジでエーダッシュとかにはするなよ。絶対うるさい。やかましい。広められる。サイアク」
「さすがに俺にもそこらへんの良識はあるんで。お前と俺だから話せるんだろ」
それもそうか、というかそう思ったから聞いたんだけど。安堵したように腰かけている椅子の背もたれに背中を預けたレオードは、もう少しだけ踏み込むことにしたらしい。他の質問事項とNGラインにペンを走らせていくシエルに対して質問を投げかけていく。
「相手は?」
「同い年。学校内では面識が無かったが、塾が一緒だった。」
「中学から塾行ってたのか。受験生でもないのに
……
」
「厳格な家庭だったからな、成績の維持のためもあるが、やはり受験対策が主だった」
それは多分、親に従わなくてはならない無意識的な強迫観念に、無意識的に反抗していた結果だった。
親に対して反抗期を迎えたことがない代わりに、シエルは親から与えられた場で親には絶対に言えない背徳感を手に入れたのだ。
勉強の息抜きに、健全なお付き合い。どこに居てもどこか窮屈に思えてしまう自宅ではなく、彼女の家で。
互いに初めてだったせいかやけに手間取ったような気がするが、果たしてこの記憶が正確かどうかも定かではなかった。何しろ初体験をした相手とはそれっきりで別れ、定期的なスパンで彼女は入れ替わっていたから。さすがに中学三年生になる前には学校でも面識のあった彼女に落ち着いて、手の早い男なんて称号は戴かず、一途な男の印象を周囲に振りまいたのだけれど。
(それが多分、親への反抗期だったんだろう)
今更ながら考えれば随分と幼稚な反抗だった。
シエルは含んだ笑みを飲み込み、レオードは?と打ち返してみせる。
「えー
……
あの女誰だったっけ
……
。多分、ちゃんとその時好きだったヤツだと思う。クラスでも可愛いって言われてたコ」
「それ、可愛いって言われてたから選んでないよな?」
「
……
お似合いじゃん?って言われたから付き合ったような気も
……
」
「ま、初体験なんて夢もへったくれも無いな」
「オンナは結構夢見てるみたいだけど」
そこで同時に重なった溜息は、おそらく過去の女達の経験則から来るものなのだろう。それを打ち消すように今の彼女との話を持ち出せば途端に色づくレオードの表情を見るたび、シエル自身もここまでおおっぴらではないが、似た顔をしているのだろうという確信めいたものは胸のうちに閉まっておくことにした。
「まさかレオードとこんな話をするとは思わなかったが」
「オレも思ってなかった。まあたまにはいいかも。シエルなら誰かにバラすとか、そーいう心配ないし」
「信頼していただけて光栄です、王子」
「その呼び方ヤメロ」
初体験について、そう書かれた紙面に大きく描かれたバツ印を眺めながら、レオードはシエルも人間なんだな、とどこか浮世離れした気分のまま頭に入ってこなくなったミーティング内容をもう一度詰め込んだ。
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