らん
2017-04-11 23:57:24
2878文字
Public
 

ジュダとカノジョ

10日目

10:ピックは投げずに私に頂戴

歌っている最中の気分を例えるなら、それは最高以外でたとえられない。ライブは自分が生きていることを一番実感出来る発散場で、オレの世界を見せる劇場で、共有するための独壇場だ。今日もギターをかき鳴らしながら、ありったけのモノを叫ぶ。そんな瞬間が、最高。
「いってらっしゃい」
ライブが始まる前、控室を出る直前に貰ったカノジョの声と、右手の掌に与えられた唇の感触だけでもこの東名阪ツアーとしては最高のモチベーションだというのに、今日一番のアドリブのギターリフもキマって、warmsの歓声も最高潮だった。普段はギターの目立ちたがりにキレるところだが、今日くらいは大目に見てやろう。なんたってツアーファイナルだし。目立ち過ぎたらぶっ殺すけど。
アンコールも終えて余っていたピックを全て客席に投げるギターを余所に、普段からピックを投げないオレも今日だけは予備としてスタンドマイクにつけていたそれらを軽く投げた。関係者席からその様子を見ていたアイツの驚く顔ったらなくて、笑うつもりは毛頭なかったのに溢れた笑みでwarmsがまた湧く。
ダブルアンコールだったせいかいつもより声の通りも悪いし、演者全員が体力の限界だった。それはホールで2時間立ちっぱなし、腕を振り上げたまま、歓声とレスポンスさえも全力で行っていた奴等も同じはずなのに、どこからそんな声が出るんだか。
「また来いよ!絶対後悔させねェから」
メンバーが全員帰ったステージでそれだけ叫んで、今度こそ袖に捌けた。腕の疲労感も、喉の倦怠感も、纏わりつく汗の不快感さえも今だけは許せる。全身が悲鳴を上げているのに、心臓はいまだにバクバクと高鳴って、脳内を満たすアドレナリンはライブを求めた。
これだからバンドマンを止められないのだ。音楽を伝えるだけで良いのなら作曲家の道だってあった。それをせずに無期限停止を終わらせたのは、スポットライトに当たった瞬間を忘れられなかったから。それと、もうひとつ。
「おかえり、ジュダ」
カノジョが、一番の熱視線をくれる時がライブだから。
ステージから抜けて、控室への通路で待っていたカノジョは今日もオレの大好きな笑みを浮かべていた。満足したような、興奮を隠しきれないその笑みが可愛いと思う。カノジョが居ない時だってライブ自体は楽しいけれど、居るときのほうが何倍だってアガるのだ。
舞台袖で渡されていたタオルで粗方拭いた身体は良いとして、汗を吸収したままのTシャツはどうにもならない。抱きしめようと動かした腕は下ろした代わりにカノジョの頭を撫でた。
「お疲れ様」
「どーだった?」
「サイコーだった!」
「当たり前」
本心からの言葉はどこまでだって染み渡る。絶対に最高だと言わせる自負はあっても、それを実際に言葉にされるのはやっぱりワケが違う。どれだけ拙くても、言の葉は響く。最愛の声色なら、格別に。
「ただ、」
ただ?突如落とされたワードに軽く首を傾げれば、カノジョは言うか言わまいか悩んだ素振りを見せた。ものの数秒で至って普段通りの顔に戻ったけれど、そこに宿る感情が何かをオレは知っている。多分、きっと、
「ピック、投げるとは思わなかった。いつぶり?」
ほら、やっぱり。
関係者席だと届くことはないピック投げのことが気にかかってしょうがなかったのだろう。投げると知っていればホールに降りたのに。ムスっとふくれた面は普段ならブサイクとからかうところだけど、今日ばかりは可愛くて仕方ない。
「さぁ?なんとなく投げたくなった。アドリブキマったし」
「私もジュダのピック欲しいな」
「オレの家にいくらでもあるじゃん」
「違うの!ライブで使ったやつが欲しいの!投げたのをキャッチしたいの!」
篝火のファンでもあるコイツにどうこう言ったってしょうがないが、ライブで使って投げたものとこれから使うものの価値なんてさして変わらないのに。
そういう所はそこらへんの女と変わらない思考回路をしているコイツを疎ましいと感じないのは、よほど惚れているせいなんだろう。
まあ、そうやって拗ねることなんて想定済みだったけど。
ライブ中、オレがピックを持ち替えることはない。一度使えば終演までその一枚で弾くし、今日だって客席に投げたピックは未使用だった予備たちだ。おそらく関係者席からは枚数まで見えていなかったんだろう。オレが使用したものを含めて計5枚。投げたのは、4枚だけ。
握り拳の中に隠していたピックを取り出して、カノジョの眼前でゆらりと何度か揺らせば、途端にぽかんと口の開く様が面白い。とんだ間抜けヅラだ。
指の動きにつられる視線を受けたまま、今日使っていたピックにキスをした。
……今日のライブで使ったヤツ、だけど?」
弦を擦った先が軽くすれた使用感のあるソレ。キスをした瞬間のカノジョの顔ときたら傑作だった。アンタにしたわけじゃないのに、まるで奪われたような表情を見せるから。
「どうして、」
答える代わりに、カノジョの唇にピックを押し付ける。そんなこと言わなくても分かれよ、オレのカノジョだろ、アンタ。
オレの世界は音楽で、オレの音楽はカノジョで出来ている。カノジョの存在が無ければ生まれなかったメロディと詞がある。ただ、それだけ。
その音を奏でたピックを本人にあげて何が悪いというんだ。
「非売品だから、大事にしろよ」
ピックを挟んだままキスする素振りを見せるだけで、あまりにも頑なに閉じた目蓋すらいとしい。そんなことでやめるわけがないコト、知ってるくせに。
ピックはもう一度掌に閉じ込めて、掠め取るような口づけをした。重ねたカノジョの掌にピックを明け渡して、しっかりと握られたことを確認してから目蓋にもキスを落とす。触れた場所が熱いのは、オレの熱か、カノジョの熱か。多分、どっちも。
「着替えてくる」
あまりの事態に声すら出せなくなっているカノジョを見ていたら、もう一度ステージの上に立ちたくなった。この感情のまま、今ならどんなラブソングでも歌えそうだ。
ライブステージはオレの感情の発散場で、オレの衝動のなせる劇場で、オレの世界を共有する独壇場。その上で奏でるラブソングは、いつだってアンタだけのもの。
「どうにかありつきたいsexy lip、ねえ」
望むものは、アンタの唇が与えてくれる。
好きという言葉も、信頼の証も、体温も、新たなメロディをくれる声も、オレを満たす何もかも。
そしてオレの大好きな笑顔をくれるのだ。可愛くて仕方がなくて、溶かしてしまいたくなる、甘い悪魔のような、花と砂糖で形作られたような、そんな笑み。
ライブをしている瞬間と同じくらい、カノジョとの時間がオレにとって最高の瞬間だと伝えたらどうなるだろうか。
きっと、もう理解しているだろうけれど。
ピックは投げずに私に頂戴、それくらいの我儘さえないアンタには、オレの全部をくれてやる。


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