8:お砂糖隠す扉をひとつ
(あれ、)
気づいたのは本当にただの偶然だった。ユゥは向かいから歩いてくる女性の姿を認識し、そこで過去の記憶と照らし合わせた上で声をかける。
「お疲れ様です」
「お疲れ様、で
……?」
「やっぱり。ジュダの彼女だ」
進行方向を塞ぐように現れたユゥに驚いたのか、途中で止まってしまった挨拶と共に首を傾げたジュダのカノジョはユゥの顔をまじまじと見つめ、数秒後飛び退るように身を引いた。
「ユゥさん!お、お疲れ様です!」
「そんなビビられても困るんだけど」
こらえきれず笑ってしまったユゥに、カノジョもつられて笑い出す。気恥ずかしそうにしてはいるものの、物怖じしないところはジュダ譲りなのだろうか。
よぎった考えは一度置いて、二人は世間話に花を咲かせた。
「結構前のレコード主催ライブで挨拶したくらい?あの時はお世話になりました。キミが居なかったらあのバカ、もっと酷かったろーし」
「いえ
……。ただ説得しただけですし、あれくらいなら私以外にも出来ると思いますけど
……」
「少なくともこの事務所にはいないかな。あのシエルでさえ無理だし」
ユゥとカノジョが知り合ったきっかけは、まだ事務所でムチャブリ企画も進行する前のレコード主催ライブでのことだった。同じ事務所に所属しているとはいえ、当時は関わりなどなかったバンドのヴォーカリストの彼女など何故覚えているのかと言われれば、あまりにも鮮烈すぎたのだ。
篝火のヴォーカリスト、ジュダの癇癪と物を破壊する事に関しては同業者の間で有名だったとはいえ、ユゥが目の当たりにしたのはその日がはじめてだった。所属年数からすればJETはまだフレマやルミエには及ばず、こうしてレコード主催のライブに参加するのも初だったユゥにとって、篝火のその男の癇癪は絶対に関わりたくないもののひとつですらあったのだ。
それだというのに、直前で相方と喧嘩をしたのか、なんなのか。詳細は知らないが、今となっては慣れてしまったジュダの尋常ではないキレっぷりをはじめて見た時、ユゥはジュダの彼女を知った。
「うわ、篝火ってマジであんなに仲悪いんだ」
隣を歩くメンバーの呆れた声に同調するように、我関せずを貫こうとしたユゥの横を通り過ぎて暴動のような喧騒の最中に向かった女性は、篝火のTシャツを着ていた。ファンが紛れ込んでいたのだろうか。警備ザルかよ、こちらにも呆れつつ、女性の腕を取ってユゥは諭すように声をかける。
「ねえ、あそこ行こうとしてる?やめたほうがいいよ、さっきから色々物とか飛んでるし。つか、ここ関係者以外立入り禁止!」
振り向いた女性は随分と綺麗な顔立ちをしていて、好みではないにしても美人だとは思った。篝火のファンってこういう系統なんだ、内心そんなことを思いつつ女性の胸に下がったバックステージパスを見、ユゥは自分の早とちりをそこで知る。
「
……すみません、関係者でしたか
……」
「うっわユゥくん恥ずかしー」
メンバーのからかいに軽く肘鉄を食らわせ、ユゥはひとつ息を吐いた。いくらスタッフとはいえ、女性はマズい。
「うるさいよ!
……でも、女性が行くのはやっぱ危なすぎ。男性スタッフ呼んできてくれません?」
「あ、大丈夫です。行きます」
「いやいや、だから」
「ありがとうございます。でも、私の役目なので」
篝火ってスタッフまでマジで頭イカれてんじゃないの?そう露骨に顔に出た気もするが、女性は既に爆心地に走り出していた。ジュダ!彼女が呼ぶ声に、今まで誰が何を言っても手を止めなかった彼の手が緩んだのを見た瞬間、悟る。
「
……あれ、アイツの彼女か」
ユゥは思わず足を止めて、喧嘩が収束していく状況を見送った。暴れはしているものの、彼女に危害を加える気はないらしく先程よりも物は飛ばなくなったし、罵詈雑言も小さくなった。モデルというだけあって男から見ても整っている顔立ちはいっそ鬼の形相で、そんな相手に対して注意している彼女の強さに感心さえしてしまったのだ。
篝火のメンツが控室に戻っていくのを見届けて、女性はどうやら自販機に向かうようだった。その時、もう一度声をかける。
「ねえ、」
「はい?」
「キミ、ジュダの彼女なの?」
「
……えーと、
……?」
「あ、ごめん。篝火と同じ事務所のJET RAT FURYのヴォーカルやってます、ツーユゥです。ちょっと気になって。彼女連れてきて良いなら、オレも連れてきたいから」
「はあ
……えっと、彼女は連れてきても大丈夫だと思いますけど
……?あまりとやかく言われたことはないので」
「そーなんだ。ありがとーございます。喧嘩の仲裁も助かりました」
本心から伝えた一言に、ジュダの彼女は外見とは裏腹に優しく、ひどく可愛らしいという言葉が似合う笑みを浮かべた。あの気性の荒い怪物の彼女かと疑うほど、砂糖のような笑みが印象的なその人を忘れることなんて出来るわけもない。
それが、二人の知り合ったきっかけ。
今となっては事務所の方針でツイッターを同時期にはじめ、企画のために集まったり、合宿さえする仲になってしまった彼氏とはまだ続いているようだ。この前の新曲があまりにも失恋曲だったから別れたと思ってた、そう伝えるのは野暮すぎるので言わないが。
「今日はどーしたの?ジュダに呼ばれた?」
「あ、いえ、その逆です。ここ最近連絡なかったのでお昼ご飯持ってきたんですけど、寝てたから置いてきたところです」
「へえ。後でツイッターの企画あるから集まるし、来てたって伝えとこうか?」
「いえ、気づかれなくてもいいんです。集中したら与えないと食べない節があるので、ご飯食べたか確認出来れば、それで」
随分と控えめなのだと、はじめて会った時の潔さとは正反対の性質にほんの少し目を見張る。これが自分のカノジョだったなら、きっと主張していただろうに。前言撤回、やっぱりジュダ本人とカノジョはまったく似ていないかもしれない。
「じゃー食べたか確認しときマス」
「ふふ、ありがとうございます。あ、そういえば、さっきコンビニで買ったのでよければどうぞ。企画の時にでも皆さんでつまんでください」
袋詰された鈴カステラとクッキーは事務所近くにもあるコンビニのもので、お言葉に甘えて有難く受け取る。軽く二言三言交わし去っていく背中は追わず、ユゥは今しがたジュダのカノジョがお邪魔していた部屋へと無遠慮に足を踏み入れた。
寝ていると聞いたからてっきりまだ夢の中だろうと安直に考えていたが、その予想は外れていた。ひとり黙々と用意された昼食を食べているジュダの姿を目視し、ユゥはきょとんと二度ほど瞬きを繰り返す。
「起きてるじゃん」
「ア?ノックくらいしろよ」
「オマエだって普段ノックしないじゃん。寝てるって聞いたから別にしなくていっかなって」
「
……誰に聞いたワケ」
「誰って、」
ここでネタバラシするのも面白くない。それに、ジュダは何かと他人の弱みを握っているところが多いのだ。これくらいはオレも持っておこう、そう決めて、ユゥはにこりと片手に持ったコンビニの袋を上げてみせる。
「砂糖みたいな笑顔する子から」
「
……くっそウゼー」
おそらく手作りであろうサンドイッチの最後のひとくちを放り込み、ジュダはメッセージアプリを開いてカノジョにスタンプを送る。Thanks、おそらく一週間ぶりのジュダからの連絡に対する返事もまた随分と簡素なものだった。
「午後も頑張ってね」
その返信で綺麗に微笑むジュダを横目に、やっぱり似てないとユゥは認識を改めた。
「ほんっと、謎」
「つかユゥはさっさとカエレ。企画までまだ時間あるだろ」
「あーそんなコト言っていいんだ?差し入れ、オマエには絶対あげないから」
titled by:ホームシッカー(
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