らん
2017-04-06 20:00:07
2320文字
Public
 

ジュダとカノジョ。


5:ほらね、やっぱりきみだけ

「ヤベー」
ボソリとマスクの内側で呟いたそれは、仕事帰りのサラリーマンやこれから呑みに行く若者たちのざわめきに飲み込まれて誰の耳にも届かなかったようだ。
ジュダはキャップを被り直しつつ、足早に渋谷のスクランブル交差点を通り抜ける。カノジョとの待ち合わせ場所である有名な犬の像までは後少しだが、本来の集合時間はとうに10分ほど過ぎていた。事務所を出る時に遅れるとメッセージを打ったはいいものの、あの近辺はキャッチやナンパも多い。飼い主をずっと待ち続けた犬と同じようにカノジョもずっと待つタイプだが、あの犬とは違って男にモテる外見をしていることは贔屓目を抜きにしても言えることだった。
時間的にもナンパ目的の男は多いだろうし、なにより春先とはいえまだ夜は肌寒い。いつも早めに来ていることを知っているからこそ、余分に待たせていることも分かっている。ジュダはクランチを脇に抱え、小走りで人混みをかき分けた。
(居た)
見る度にチャチな犬だと思う像の脇、スマートフォンを眺めたまま無言で立っているカノジョを多くの人通りの中で見つける。ジュダは流れに抗いつつ近づこうとしたところで、カノジョの近くに居る男の存在に気づいた。
それなりに顔の良い、自分の顔の価値を分かっていそうな男だった。もちろんジュダ自身の方が顔が良いことなど分かっているし、カノジョがなびくとも思ってはいない。いないのだが、そこでイラつきやムカつきよりも興味が湧いてしまった。
(アイツ、どうかわすんだろ)
歩幅を緩め、人の流れにはなおも逆らいつつ観察しながらゆっくりと近づいていく。ちょうどスクランブル交差点が赤信号になったおかげで緩やかになった流れに感謝しつつ、ジュダはカノジョとナンパ男の行方を見守っていた。
声をかけた男の声が聞こえていないのか、カノジョはいまだにスマートフォンを眺めたままだ。イヤホンでもしているのかと思ったが、コードが伸びている様子もないし、大体ジュダを待つ時にカノジョが音楽を聴いたままでいることはほとんどないのでありえないだろう。
おそらく、いや確実に、声をかけられているのが自分だと理解した上で無視をしている。
そこで引かないあたりが渋谷のナンパ男の面倒なところと笑っていいだろうか。男の声はジュダに届かないものの、カノジョの目の前に立って手を振り始めた。その動作も全く見えていないように、まるで男が空気のように、カノジョは一度たりとも男に目線すらくれてやらない。
そこまで近づきながら見ていて、ついにジュダは吹き出した。諦めない男も男だが、完全無視をキメるカノジョもカノジョだ。あまりに可愛げも何もなくて、つい肩を震わせて笑ってしまう。
すると、そこでカノジョがジュダに気づいたらしい。ようやくスマホから上がった顔のおかげでナンパ男の肩越しに目が合い、ジュダはマクスを下げながら笑いを隠そうともしなかった。
肝心の男はようやく応えてくれるのだと勘違いしたらしい。近くまで来ていたジュダに気づかずお決まりの文句を並べようとしたところで、カノジョが満面の笑みで脇をすり抜けていく。セットされたカノジョの髪を追うように振り向いた男がまみえたのは、彼の前では一度も開かなかったサーモンピンクのグロスを塗った口からカノジョの声がこぼれた所だった。
「お疲れ様、」
「おー、……アンタも、オツカレサマ?」
カノジョに柔らかく笑いかけ、ジュダはナンパ男に目をくれてやる。男いんのかよ、そう言いたげに口の歪んだ相手に対して、ジュダは被っていたキャップを軽く脱いだ。
オレの惚れた女に目をつける審美眼は褒めてやろう。
……っ、えぇ?!」
悲鳴にも似たナンパ男の声を聞き、満足したところでキャップを被り、マスクをつけ直す。こんな人通りの多いところで!と怒るカノジョの手を取り、ジュダは人混みに紛れるよう歩き出した。
きっと今頃、あの男はたった今見た男の顔とすぐ近くのビルに掲示された巨大ポスターの男の顔を見比べている所だろう。今日ばかりはモデルの仕事を受けて良かったとすらジュダは思いはじめていた。
……それにしても、アンタ、ナンパをガン無視とか……ッふ、ふは、」
「そんなに笑わなくてもよくない?!ていうか、あんなところでキャップまで外しちゃダメだよ!」
「あー、マジ笑える。潔いほど無視、っくく、あー……ダメだ、笑い止まんね」
「ねえ、聞いてる?!色んな人にバレたらどうするの?!」
「ベツに、オレはいーけど」
絡めた指先が離れていくことはなく、満更でもないカノジョの顔でジュダはもう一度マスクの内で柔らかく笑った。
この目線も、声も、表情も、感情も、全部オレのモノ。誰にも明け渡さないカノジョの強さにもう一度惚れ直しそうだ。
言わずに繋いだ掌に力を込めれば、カノジョの顔が今度は怒りからむくれていく。
……助けてくれても良かったのに」
「どんな行動すんのかなーって気になったから」
「ジュダはカノジョがナンパされててもいいんだ」
「ハ?嫌だけど。でも、ま、そんだけお目が高いヤツってコトじゃね?」
そういう問題?なんて声はさきほどよりも棘が抜け、ジュダはもう一度声をあげて笑う。どうして笑うの?その理由は教えてやらない。
カノジョの質問に返すように、代わりに質問を重ねた。
「なあ、なんでガン無視だったワケ?」
……ジュダが大好きだから」
ほらね、やっぱりアンタだけ。
マスク越しにキスを贈れば、今度こそ真剣に怒られた。


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