4:明日が来ない。上手に来ない。
オレが寝るまでは明日にカウントされない。そんなバカなことを真剣にのたまうのは徹夜明けのオレの脳みそだった。
大丈夫、まだだ、まだ朝日の出る時間じゃないし、仮に日の出を迎えようがオレが寝てないから明日じゃない。何度も言い聞かせながらオレはあとほんの数十秒のための旋律と格闘していた。締切は明日なのだ。あと数時間でどうにかしたい。
おそらく先に眠っているであろうカノジョに見つかったら呆れられることは必至で、パソコンのモニターを見すぎたせいで眼精疲労が蓄積された目頭をゆるく揉む。
「ブルーライトカット用のメガネでも買うか
……」
打ち込みで音楽を作るようになってから早数年。楽曲提供の頻度も増えているし、耳が聴こえなくなったり、目が見えなくなる事態は特に避けたいところだ。面倒だけど他人よりもパソコンに向かっている時間が長いのも事実なので今度カノジョとデートの時にでもメガネ屋に寄ろう。
ひとつ予定を勝手に増やしつつ、もう一度画面に向かう。メロディは今思いついた。あとはコードを打ち込んでミックスと編曲に取りかかれば終わりだ。この勢いなら最低三時間で区切りがつくだろう。
デスクの脇にいつの間にか置かれた電波時計は朝の5時を示していた。
「あー
……」
パソコン本体に保存、ついでに外部デバイス2つにバックアップ。そこまで終えたところでヘッドフォンを外し、大きく伸びる。ボキボキ鳴る骨の音が心地良さすら感じるが、肩の重さには舌打ちをかました。
電波時計は最後に見たときから四時間経っていて、これはもうまぎれもなく明日になっているのだろうと欠伸をかましつつ相手先にメールで添付。締切ギリギリセーフといったところか。あっちがまだ始業してないことを祈る。
カラカラに渇いた喉を潤そうと作業部屋から出ると、とたんに鼻腔を揺るがせた匂いはベーコンの焼けるそれだった。その匂いに反応してオレの腹の虫も鳴り響いて、こういう日にカノジョが居てくれることの有り難みを知る。
別に朝は食べなくてもいいけど、昼から何も食っていなかったんだった。ほぼ24時間に近い間飲まず食わずでも人間は生きていけるらしい。
リビングへと繋がる扉を開けば、更にダイレクトな匂いと音がオレを満たす。ポニーテールにした髪がキッチンで揺れていて、相変わらず手際よく動く姿はカノジョ以外ありえない。
お目当ての飲み物を取るために近くに寄れば、そこでようやくオレの存在に気づいたらしいカノジョとようやく目があった。
「おはよう」
「んー」
「その調子だとやっぱり寝てないでしょ
……。お疲れ様。トーストにして正解だったなあ、ホットサンドだと重すぎて胃もたれしちゃうよね」
「べつにー?朝いらねえって言ってんじゃん」
「昨日の夜も食べてないんだからダメです」
トースターで焼かれている薄切りのパンと、カノジョがせっせと作っているベーコンエッグに、先に作られていたグリーンサラダ。その横に並ぶポテトサラダは昨日オレが食べなかった夕飯の残りだ。オレにとってみればまだ寝ていないので「明日」は来てないし、これが夕飯兼朝食。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、一気に煽る。べこりと潰れたペットボトルをそのままゴミ箱に放って、ゆるりと揺れるカノジョのポニーテールに触れた。
「どうかした?」
「なんでもない。
……まだスッピン、だよな」
「え、うん。ジュダ、どうせ寝てないって思ってたから、今日はお出かけしないだろうって」
物分かりがいいというより、オレの傍に居ることが板につきすぎてていっそ感動すらしそうだった。それでホントにいいのかよ、何度だってそう思うくせに、オレはオレの事情でばかり動くからここまで理解してくれるコイツに流石、としか返せないのだ。あまつさえそこに愛しささえ感じるのだから救えない。
ただテールをもて遊ぶオレに不安になったのか、カノジョの顔が曇る。そういうところは、いつまでたっても理解しようとしないあたりがいじらしい。
「ホントに大丈夫?なにかあった?」
「だから、なんでもねーって。
……卵焦げんぞ」
「大丈夫ですー、そんなヘマしません。もうすぐ出来るから先座ってて」
カノジョの言葉には耳を貸さず、コンロを止めて皿に盛り付けている所を壁にもたれて観察していれば、カノジョはやっぱり苦笑するだけだった。じゃあ運ぶの手伝って。化粧をしないだけで幾分か目元が柔らかくなるせいか、今は綺麗よりも可愛いの似合う顔が笑う。オレしか知らない可愛らしさ。それに手を伸ばして、触れた。
「ジュダ?」
「
……ハラ減った」
「私も。はやくご飯にしよ」
油断しまくった、ゆるんだ顔にひとつキスを贈る。フリーズするかと思えば眠すぎて行動がおかしいと笑われるから、もう一度。
「
……はやくご飯食べて、寝たほうがいいよ」
「アンタも寝んの?」
「寝ません。食べてすぐ寝るのは太るもん」
「オレだって同じなんだけど。
……デブらないよーに運動すればいんじゃね?」
ようやく赤面して黙った顔が見れて、少しだけ胸が軽くなる。肩の重さもどうでも良くなって、ああ、やっぱりまだ明日にはならないみたいだ。寝ることなんて出来そうにもない。
「って、あ、トースト!」
慌てた姿も、笑顔も、困った顔も、温もりも、言葉も、オレのために与えられる何もかもがいとしい。少し焦げたトーストの味でさえ愛しかった。
まあ悪くはない、そんなある日。
titled by:ホームシッカー(
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