3:ごめんねとさよならがきちんと言える子になりたかったんです
思えば、私は人よりも有難うを言う回数が多かった気がする。そしてジュダは、私に対してごめんと謝る回数が多かった。ありがとうは聞いた記憶も無い。好きだとか可愛いだとか歯の浮くような台詞は得意なくせに、感謝は知らないように彼の声が五文字を奏でることはなかった。
まあ、それがなんなんだ?と人は言うのでしょう。かく言う私だってそうだった。別に有難うなんかいらなかった。ただ、彼の愛があれば。
「ごめんね」
突きつけた謝りは何のために放出したのか。そんなの決まってる。ジュダに諦めてもらうためだ。許してもらうためじゃない。
突然私の家に来たと思ったらこの有様だ。もう無理だよ。どうしてジュダはいつも突然なんだろう?私にも非はあるから、謝るけれど。ーーなんて、わざと直前まで伝えなかったのだ。こうやって引き止められる可能性があったから。
「
……いやだ」
「駄々こねないでよ
……」
「なんで」
思い通りにいかないとすぐに怒りとして発散させることが癖になっているジュダの癇癪は今日も絶好調で、私はわざとらしくため息をひとつこぼした。機嫌が悪くなろうがもう構わない。だって、私のせいじゃないから。
それでもやっぱり私の手首を掴まえたままのジュダの手が心細そうに見えてしまうから、ついつい絆されてしまう。ずるい人なのだ。私を繋ぎ止めるためなら、私を傷つけない範疇でどんなことも出来てしまう。その優しさと無鉄砲さと奔放さを好きになったのだけれど、今は別問題。
「
……ごめんね?」
「じゃあここに居ろ」
「それは無理」
「なんで、」
「だからさっきも言ったでしょ?」
友達と旅行に行くの。
自分だって合宿とかで突然消えて旅行的なものして、私はそれに対して文句なんか言ってないのに。仕事とプライベートは違うとついさきほど喚かれたのでもう言わないけど。
片手に持った大きなボストンバッグの中身はやっぱり重くて、そろそろ両手で持ちたいところ。それをジュダはまだ許してくれないようで、掴まれた手首は更にジュダに引き寄せられる。
「なんでオレの長期オフと被せるワケ?」
「友達にも事情があって」
「オレとの予定優先しろよ」
「だから帰ってきたらなんでも言うこと聞くって言っ、」
キスで塞がれたその後は結局言葉にならなかった。ああもうほらコートのポケットの内側でスマホが鳴ってる。私の最寄り駅に着いた連絡だろう。本当にそろそろ行かなきゃいけないのに。
「ジュダ、!」
「
……よーやくアンタとずっと居れるって思ったのに」
確かにここ最近会っていなかったし、お仕事を頑張っていたのも知ってる。あまり好きではないテレビにも出て、ラジオだって頑張っていた。だから甘やかしてやりたいし、私だって一緒に長い時間を過ごしたい。けど、約束は約束。旅行が先約だったのだ。こっちもものすごく楽しみにしていたから今更リスケは無理です。
「お土産たくさん買ってくるから」
「ハ?オレが土産で釣れるかっつの」
「とちおとめ買って帰ってくるから」
「今はとちおとめよりアンタ、」
今度は私が皆まで言わせずにジュダの声を食べてやる。驚きで力が緩んだのを見計らって、私はジュダの髪を撫でてから玄関の扉を開けた。
「ありがと、ジュダ。じゃーね! 私の家の鍵持ってるよね?戸締まりよろしくね、行ってきます!」
「〜〜っ、帰ってきたらゼッテェ泣かす!
……じゃーな、」
ちゃんと帰ってこい。
言われなくたって帰ってくるよ。行ってらっしゃいも満足に言えない君のもとへ。ジュダのほうが得意なごめんねをたくさん言ったから、次会うときは私の得意なありがとうで埋めてあげる。
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