らん
2017-04-02 20:33:10
1478文字
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ジュダとカノジョ。

ディアヴォ

1:セピアは明日、色づくよ


「クソが」
握りつぶした五線譜は黒いボールペンで塗りつぶされていて、所々破れたり、突き破った穴さえも見えていた。ジュダは勢いに任せて机の角を蹴り上げ、無意味に周囲を散乱させたところで唯一の避難所であるソファに身を転がす。
テンションが最低まで下がってしまえば思いつくものも何もない。それは長いこと自分と付き合ってきた本人が一番理解していることだ。ジュダは深夜に差し掛かる時計の長針を眺めながら、スタッフさえも帰宅した事務所でひとつ溜息をついた。
スタジオに行けばまだ収録もしているだろうし、もっと上層階なら遅番のエンジニアもいることだろう。気晴らしに知り合いのPAが来ていたりしないかと足を運ぶのも面倒で、もう一度溜息を吐いてから瞳を閉じる。
……アイツ、呼ぶかな)
夜は大体三コールも鳴らさない内にどうしたの?なんて声を弾ませる存在が居るのは不幸中の幸いか。ズボンのポケットに潜ませていたスマートフォンへ手を伸ばしたまでは良かったが、ちょうど電源が切れていたことを忘れていた。
「使えねー」
クソが。ナチュラルにスマートフォンを振りかぶったところで、以前も同じように壊して痛い目を見たので踏みとどまる。もう一度吐き捨てた罵詈雑言とともに、ジュダはだらりと腕を下げた。
……疲れた」
今日ばかりは気分が沈んでいて、苛立ちよりも疲れが色濃い。この状況ならカノジョに当たり散らすこともないだろう。こういう時こそ会いたいというのに相手からこちらに来ることはないし、自分から呼び出すこともできないのだ。都合の悪さだけは折り紙付きのようで、白けた笑いが飛び出る。
会いたい。会いたい。会いたい。考えるだけ、感じるだけ、思うだけ世界は色を失っていく。
触れたい。満たされたい。笑ってほしい。欲だけが溢れて、ジュダの中に残るのはいつだって渇ききったエゴイズムだけ。
「なんで居ねぇの」
大好きなら、24時間365日オレのことを考えてられるんだろ。そんな子供じみた我儘と本心から望む理想を押し付ける相手は、今頃何をしているんだろう?
会いたい。またあふれる感情さえも今は疲労として蓄積していくようで、眠気に抗わずジュダは意識を沈めた。



……風邪引くっていつも言ってるのに。また点滴受けたいの?」
ソファで何も羽織らずに眠りこけているジュダを発見し、カノジョはひとつ文句をつけた。電話もメールも反応がないのは日常茶飯事だが、今日ばかりは少し胸騒ぎがしたので終電で事務所に来てみればこの有様だ。
どうやら今日は作曲が上手く出来なかったであろうことは室内の惨状からとっくに把握している。
荒れた室内を片付け、ジュダに借りてきたブランケットをかけてやったところでカノジョ自身も向かいのベッドに寝転がった。いつもより寝息の大きい彼を見ていると、クマが酷いせいか顔色も悪く見える。片付けの最中出てきたゴミから鑑みるに、ろくな食事はしていないようだし、本当に冬場の点滴で懲りていないことも分かっていた。どうしようもない人だと呆れ返るが、そこまで入り込めるものがあることが、カノジョにとっては羨ましかった。
しょうがないから、明日はジュダの好きなものを買ってきてやろう。パンケーキがいいかな。
「おやすみ、ジュダ」
彼が明日目を開けた時、きっと世界はまた色づくのだろう。会いたいと願う相手はいつだってジュダの我儘通り、彼を思っているのだから。


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