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らん
2017-02-16 20:48:11
1822文字
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モモチとカノジョ
ディアヴォ
まだ寝てなかったの。
暗闇に慣れない私の瞳の代わりに、声だけでモモチくんが起きていたことを知る。うっすら聴こえる紫煙を吐く音に、ああこの人はニコチンが切れてしまったんだなあ、なんてことはすぐに考えついた。そういう彼の行動だけ、私の脳みそはすぐに判別がついてしまう。
「
……
まだ夜だけど」
存外に寝てろとこぼされていることは分かっている。それでも一度目覚めてしまったものは仕方がなくて、私は少しだけ体を動かした。枕に広がっていた髪がはらりと目に被さって、せっかく暗闇に慣れてきた私の瞳がまた黒に覆われる。モモチくんの顔はまだ見えなかった。
「寝てていいってば。ほら、ねんね」
「
……
え、」
綺麗な指先が私の髪を払いのけながら、なんてことなく落ちてきた言の葉に思わず声を出してしまった。
鮮明になった視界で、しまったとでもいうように下唇を噛むモモチくんが映る。かんじゃだめだよ、なんて言う暇もなく、今度は髪なんかより厚くて、外気のおかげで冷えたモモチくんの掌が私の視界を奪った。黒の世界で、また私は声だけで彼の調子を伺う。
「
……
サイッアク
……
。ねえ、何も聞いてないよね」
「
……
」
「聞いてないよねえ?」
何度か紫煙を巻き込みながら問いかけてくるあたり、気恥ずかしさが勝っているのかもしれない。『ねんね』は、Veronicaのモモチのものだから。まさかこんなところで、ほぼ無意識に言ってしまったことが彼に煙草とキスをさせる回数を増やさせていた。
普段ならご機嫌を伺って、大人しく聞いてないよって答えていたかもしれない。
でも、今日は貴方が私の視界を覆うから。私は今、モモチくんの声だけを頼りに生きているから。それでいて、そう、眠い、から。明日にはきっと、忘れるだろうから。
沢山の言い訳を重ねて、閉じ込められた暗闇の中、私はささやかな抵抗をしてみた。
「
……
ねんね、します」
「
……
アンタさあ、」
オレのことおちょくるなんて随分と生意気になったんじゃない?
ベッドサイドに置かれた灰皿が甲高い音を立てて床に滑り落ちた音と共に、私の視界をジャックしていた掌が耳の後ろにかかって引き寄せられる。突然宵闇のうっすらと月の光が入った藍を取り込んだ瞳は、一度瞬きすればモモチくんのアメジストを映し出した。いや、アメジストなんて見えなかった。近すぎて焦点が合わない。ただ、唇に入り込む紫煙の名残と、吸い込む暇もなかった酸素が薄れていく感覚にむせそうだった。
彼の舌を噛んでしまいそうで、咳き込むことさえ許されない。代わりに鼻で息を整えようと思えば摘まれて、完全に私の自発的呼吸は断たれてしまった。必死にモモチくんの胸に縋って、放出することを許されている涙だけが外界に溢れていく。
モモチくん、苦しい。そう言うことも許されないほど深く求められて、煙を唾液と共に飲み込まされて、彼が与えてくれる二酸化炭素で死にそうだった。酸素はこれっぽっちもない。過呼吸にはならないけれど、このままじゃあ死んでしまう。
縋っていた指から力が抜けていく。このままじゃあねんねどころか失神だ。あ、もう、意識が、
そんなところで、彼はようやく私に呼吸を許してくれた。
「っ、ひゅ、ッ
……
か、ハ
……
っひ、」
突然吸うことを許された唾液と二酸化炭素とモモチくんの味以外にむせるはめになって、眠気はどこかへ飛んでいた。求めていたものを取り込むことがこんなに苦しいと教えてくれるのは、いつだってモモチくんだ。
私の頬を流れ落ちていく涙を優しく拭う彼の指先はやっぱりまだ冷たい。
「ねんね、する?無理だよねえ、もう起きちゃったでしょ?だからさっさと寝ろって言ったのにさ。アンタが悪いんだよ」
まだ根に持つようだ。ようやく焦点の合った彼の顔は随分と楽しそうだった。
そういえばさっき落ちた灰皿はどうなったんだろう。朝起きれば、きっと床は灰と吸い殻まみれなんだろうな。それを掃除するのは私で、床が汚いことに八つ当たりされるのも私で、それが、当たり前、で。
「
……
おやすみ、したいな」
チアーズに与える『ねんね』なんて、私達の当たり前じゃない。当たり前なんてこの世に存在しないのかもしれないけど、でも、『ねんね』は私と彼の言葉ではないから。
「やぁーだ」
おやすみも、あげない。
ようやく完全に開ききった瞳孔に示された彼の顔は、私が毎日見る、当たり前の、いつものモモチくんだった。
END
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