らん
2017-02-15 19:47:53
2496文字
Public
 

朔間凛月と朱桜司

凛月卒業時の話

「俺とユニット組んでよ、」
ス〜ちゃん。
いつも通り気怠げで、それでいてブレない声。その一言は、つい今しがた卒業を祝った凛月から司に与えられたものだった。
……はい?」

つないだてのひら

桜の蕾が咲き始め、そんな決まり文句と共に先輩を送り出すこの季節が今年もやってきた。
司はKnightsが大枚をはたいて専有とし、それが常習化したスタジオで目の前の光景を見守っていた。今日の主役である凛月、嵐との別れを惜しみ泣き出す一年生達をあやす先輩達の姿は、多分去年のレオ、泉と司の姿とダブっているんだろう。
(なんだか懐かしい)
昨年は自分が一年生だったこともあり、周りを見る余裕なんてこれっぽっちも無かったけれど、今年は違う。次期リーダーは現Knights唯一の二年であり、来年度はようやく最高学年として華開く司自身だという自負がある。
覚悟していたことだから、だろうか。不思議と涙は出ない。感極まったのか一年生と共に嵐が泣いている姿を一歩引いて眺めつつ、司は微笑んだ。
そんな司を見兼ねてか、凛月がこちらにおいでというように手招く。長らくシンメトリーとして、コーチとして世話になった凛月の手招きにつられ、一年生達の背中を支えてやりながらメンバーの輪に加わった。
「ほら、そろそろ解放してやりなさい。卒業生はこのあと校門で集まるのでしょう?」
嗚咽が止まらないらしい後輩の頭をそれぞれ撫でてやりつつ司がそう問えば、名残惜しいけどねえ、と凛月が笑う。
「ほら、ナッちゃん。そろそろ行こうか」
「ええ、そうね。ごめんなさいねぇ、去年はこんなに泣かなかったんだけど……ダメねェ、歳取ったのかしら」
「え、おじいちゃんの俺に喧嘩売ってるの……?」
メイクよれてるよ、なんて軽口を叩く様を見るのも今日が最後だ。静の凛月、動の嵐と正反対の二人だったけれど、誰よりも頼もしい二人だった。
ああ、ここで終わる。また、Knightsが変わる。世代交代の日は、いつだってもの悲しい。
「リーダー、がんばれ」
「司ちゃんなら大丈夫よ。先にアタシ達は進むけど、たまに遊びに来るわ。皆もちゃんと支えてやるのよ?Knightsは個人主義だけど、独りで戦ってるわけじゃないから」
それじゃあ、いってきます。
重なる最後の「いってきます」に、司たちは答えなくてはならない。ここから始まるために、進むために、別れを言わなければならない。
「いってらっしゃい」
誰もが震えた声の中、凛と響いた司の音に凛月は微笑む。
(ああ、ス〜ちゃんの声だ。俺が灰になってもいいと思ったあの日から変わらない眩い光)
スタジオの扉を開ける前に、嵐が凛月の肩を叩く。
「今しかないわよ、いいの?」
「分かってるよ……。ちょっと深呼吸させて」
俺だってこわいんだ。
凛月の本心を知っているのは嵐と真緒だけだ。それ以外には一切言ってこなかった本音を、ようやく音にする。受け入れてもらえるかどうかはどうでもいい。ただ、伝えなければ何も進まない。
ひとつ深呼吸して、瞳を閉じた。そうしてもう一度、世界を映す。
「ス〜ちゃん」
何度も呼んだ後輩の愛称。末っ子だった君は、これから長男になる。
燃えるような黄昏の赤い髪に、アメジストの瞳。随分と凛々しくなったね、ス〜ちゃん。もう弟子なんて呼べないかもなあ。
射抜くように見つめれば、返すように射抜かれる。物腰柔らかにみえてどうにも勝ち気で強気なその性格はいまだ健在だ。そういうところが騎士らしい。
(だから俺は、目覚めたんだよ)
燃えて灰になってもいいと思わせてくれたから、この先も欲しいと思ったんだ。
「ス〜ちゃんが卒業したら、俺とユニット組んでよ」 
まるで時が止まったかのような、永遠の一瞬だった。
……はい?」
静まりかえったスタジオ内に、凛月の頭を叩いた嵐の平手の音と司の素っ頓狂な声が響く。その音でようやく意識を取り戻したかのように、後輩達がざわめき出した。当の本人はと言えば、理解が追いつかないのかそのままフリーズしていた。
「凛月ちゃん!茶化して言わないの!」
「だからって叩くことなくない?」
「こっちからお願いしてるのに、その態度はないでしょう!」
「え〜……
しょうがないなぁ。口ではそう言いつつも、若干猫背気味の背筋をただした凛月が一歩前に出る。それを見た司が無意識に一歩下がると、後輩達が背後に回って司の背を押した。
「え、あの、?!」
「司先輩!前出て!」
「朱桜先輩〜っ!卒業生のお願い聞いてやってください!」
立ち退くことも出来ないまま、ただ押されるがまま三歩前に出された司はただひたすら視線を泳がせた。つい先ほどの威厳はどこに行ったのか、これじゃあまるで一年生の時の司と大差ない。
ス〜ちゃん、後輩の前なのにみっともないなぁ。猫のように凛月が笑い、それで本調子を掴んだ司が胸を張るかと思えばそれもなかった。どうして、なんで、そんな疑問符がありありと見えて苦笑する。
(それでも、言うけどね)
「朱桜司」
はじめてフルネームで呼びかけたかもしれない。はじめて背筋を正して、お願いをするかもしれない。
全部司がはじめてだった。灰になることを厭わず、昼の世界で生きることを求めるようになったのも、進路としてアイドルを選ぼうという気持ちになったのも、全部、司が原因だ。
「卒業したら、俺とユニットを組んでください。……俺と、アイドルになってください」
あの華やかで、底無し沼のような戦場で。
ガーネットの瞳はただひたすらに、目の前の光を見つめ続けた。その顔が満面の笑顔と涙にまみれたことを、鮮明に、瞬きもせず。そして、ーー苦しそうな微笑みに変わっていく様さえも、全部。
「一年、考えさせてください」
それが、朱桜司の答えだった。
きっと後輩達には見えていないのだろう。尊敬している先輩の未来の姿を思い描けることに笑顔を見せている。そんな後輩達に悟られないように、凛月は勿論、嵐も微笑んだ。
「分かった。一年後、ス〜ちゃんが卒業する時まで待ってる」
それまでサヨナラだ。