打ち込みをしている時間は、突然糸が切れたように集中力の途切れる瞬間がある。今日もその悪癖が出て、目の前の打ち込み画面がぐにゃりと曲がる感覚に大きく溜息をついた。
自宅の作業部屋でいつものようにパソコン相手に音楽を打ち込んでいるときは、だいたいいつもこうだ。曲が降りてきて、そのまま作業に移行できれば起こらない事態だけれど、今回は既存曲のリマスターだから余計に悩むことが多かったのも原因だろう。
このまま見ていたって仕方ないが、期日はすぐそこまで迫っている。楽しくないわけではないし、少し目を休めて再開すればいい。
そう考えていたら、不意に肩を叩かれた。こんなことをしてくる相手はオレの家で一人しかいない。カノジョだ。
仕方なしにヘッドフォンを外して振り返る。無視してもどうせもう一度肩を叩かれるか、メモの走り書きを渡されるかの二択だからだ。面倒だけどその場で対応したほうが楽だということは、もう学んでいた。
「ジュダ、コンビニ行ってくるけど何かいる?」
予想通り、オレが軽く外出する時によく着る厚手のパーカーを羽織りながらカノジョが後ろに立って笑っていた。慣れた手つきでファスナーを上まであげて、完璧な防御力を作り出している。
そのパーカー、オレの。ていうか今何時だよ。言いたいことと聞きたいことがいくつかあるけれど、それは脇に置いておこう。
「別にいらねー。ていうか、欲しいのあったら自分で行く」
「じゃあ何も買ってこないよ。鍵開けとくから気をつけてね」
「んー」
行ってきますの声を聞いてから、もう一度ヘッドフォンをつけ直す。これでまた作業に取りかかれそうだ。煮詰まっていて、集中力なんか相変わらずこれっぽっちもないけれど。多分、アイツもそれが分かったから肩を叩いてきたのだろう。
長らく一緒に過ごしていたら、いつのまにかアイツはオレの気分を肌で感じることが出来るようになっていた。逆も然りで、オレもなんとなくカノジョの気分が見て取れるようになっている。相互理解はしてみたつもり、だったのに、無意識的にできている、に変化していた。
ふとパソコンに表示された時刻を見れば、そろそろ日付が変わる頃合いだ。こんな夜中に何を買いに行くんだろう。いや、それよりも。
「なあ、やっぱオレも行く」
作り途中で何度も上書き保存を繰り返した画面はそのままに、つけたばかりのヘッドフォンを脱ぎ捨てて声をかけてみたけれど反応は返ってこない。防音室だということをすっかり忘れていた。そりゃ返ってこねーよ。
しょうがねぇな、こぼした一言と共に、オレの足はアイツを追いかけようと動き出す。厚手のロングカーディガンを引っ張り出して着ながら、既に家を後にしていたアイツを探して。
「近所だからって油断すんなっつってんのに」
女が夜中に一人でぶらつくなって教わらなかったのか、アイツは。
*
「おい!」
背後から聴こえた声に振り返れば、ジュダが白い息を吐き出しながら小走りで追いかけてきていた。なにか忘れものでもしただろうか?財布とスマホと、念のために鍵は持っているけれど。
どうしたの、なんて聞く前に彼は私の隣に並んで、なんてことないように歩幅を合わせてくる。どうやら一緒に行く気になったらしい。
部屋着のハイネックに少し厚いカーディガンを羽織っただけのジュダは随分と寒そうに見えて、自然と私の手は自らの首に巻きついているマフラーに伸びていた。
「欲しいものあったの?」
「そんなとこ。つか、寒い。なんでこのクソさみー夜中に行こうと思ったワケ?」
「シチュー作ってたんだけどね、牛乳がなかったの。だからカレーにしようかなって思ったら、今度はルーがなくて」
大人しく私にマフラーを巻かれつつ、ジュダはふーん、あっそ。なんて適当な返しをうつ。聞いてきたのそっちなのになあ。相変わらず、ジュダは我が道を行く人だ。
「コートはどうしたの?」
「アンタがオレのパーカー着るから楽なのが無かったんだよ」
「あ、そっか、ごめん。マフラー貸すから許して」
「……これ貸したせいで、また風邪とか引くなよ。メンドーだし、今追い込み途中だから看病とか出来ねぇし」
続く
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.